細胞生物学部
研究活動の概要

 循環器疾患の病態解明を目指すためには、心臓・血管の発生から循環器の恒常性維持機構を解剖学的・生理学的・生化学的に調べる必要がある。このため、研究テーマとして、特に心臓発生・血管新生の分子メカニズムと形態学的成熟過程を調べている。遺伝子による臓器形成制御と環境依存性の応答性の両面から、臓器発生機構を解明することにより循環臓器形成の普遍性の解明を目指している。

 心臓の心筋細胞も単一な心筋細胞ではなく、single cell RNA sequence(scRNA-seq)解析の結果から心室筋だけでも少なくとも5種類の細胞群に分けられることが報告された。同様に、心房筋も5種類の細胞群に分類される。このなかで、明らかに心室・心房ともに第5番目が刺激伝導系心筋であることが報告されている。ただし、これは遺伝子発現から分類して5群の分類であって、機能的分類ではないことから、我々はイメージングと機能を解析することにより、詳細な心臓構成細胞や血管構成細胞である血管内皮細胞・平滑筋細胞の機能的分類が重要である。

 この多様性をもった細胞群からなる心臓・血管構築細胞の細胞間あるいは組織間の機能的調節作用の破たんや、解剖学的欠損が循環器疾患の原因となっていると考える。従って、生体を観察することなくして生理学・病態生理学を理解することは不可能であると考え、生きたままの個体を用いて如何に心筋細胞・血管内皮細胞・周細胞が機能しているか発生期のゼブラのまるごと個体を用いて形態イメージングとともに機能イメージング(情報伝達系の解析)を行うことで、形態形成機構を徹底的に調べている。イメージングを研究手法の中心に据えて、「見ることから知ること、さらに治療・予防にまで発展させるべく」研究を行っている。さらに、本年度からは、血管のscRNA-seqを行うことで、遺伝子発現調節と機能の解離や同調性の有無を調べる研究を開始した。

 上記基盤研究だけではなく、薬剤開発の共同研究を開始して、心不全治療薬の解発(Cardurion社)、抗老化を目指したnicotinamide mononucleotide(NMN)輸送体(NMN-T)活性化薬の開発(帝人)を開始した。いずれも、ゼブラフィッシュを用いて薬剤の生体への効果と薬剤効果のメカニズム解明をめざした個体観察研究を実施している。

 主な実験内容は

  1. 血管新生における細胞形態・運動を調節する情報伝達の解明
  2. 血流依存性心臓・血管恒常性維持機構についての検討
  3. ゼブラフィッシュ心臓のWntシグナルの意義
  4. 左右非対称性発生原理の解明
  5. 骨膜由来の分泌性ペプチドOsteocrin(Ostn)による骨形成機構と荷重による調節
  6. angiopoietin-Tie受容体シグナルの全貌解明
  7. NMN-Tの生体での機能解明
  8. pH依存性の細胞応答を制御するphosphatidyl inositol局在変化誘導分子の生理学的意義
2020年の主な研究成果
  1. Osteocrin(Ostn)による骨形成調節の解明
    Osteocrin(Ostn)が骨膜細胞から特異的に分泌されることを明らかにした。Ostnの欠損個体の詳細な観察により、Ostnが内軟骨骨化・膜性骨化の両者でメカノシグナル(過重負荷依存性)により発現調節を受けて骨形成にかかわることが判った。OstnはNa利尿ペプチドファミリー分子(NP)のclearance受容体(NPR3)に結合し、NP分子のclearanceを阻害することで、NP分子群の作用を増強することをNPR3の発現抑制細胞で証明した。本年度は、Ostnの転写調節をFoxO1転写因子が抑制することを突き止め、FoxO1の恒常的活性型FoxO1の発現により骨形成が抑制されることもマウスで証明した。Ostnのノックアウトマウスの表現型である骨形成抑制の結果であることから、Ostnが膜性骨化・内軟骨化を調節する骨膜由来分泌ぺプチドであることを報告した(Cell Reports in revision)。

  2. 房室間の弁形成機構の解明(メカノシグナルを介した心内膜内皮細胞の弁形成への貢献)
    房室弁は、哺乳類でもゼブラフィッシュでも2弁からなり、心室から心房への逆流を生じさせないための特殊な形態を有する組織である。心内膜内皮細胞が、内皮―間葉転により弁を形成すると考えられている。我々は、房室間に局在する心内膜内皮細胞がCa2+シグナルが特異的に活性化することを突き止め、それが血流依存性であることを明らかにした。血流を停止すると心内膜内皮細胞のCa2+シグナルが抑制され、ビーズを心房に挿入して心内膜との接着を誘導すると異所性にCa2+シグナルを認めたことから、mechanosignalがCa2+の活性化に必要であることが示唆された。Mechanosignalにより心内膜から遊離されたATPがATP受容体を活性化して、Ca2+チャンネルを開放することにより内皮細胞のCa2+増加が起きることが判った。このmechanosignalからATP受容体の活性化―Ca2+の増加というシグナル転換が弁形成の必須シグナルであることを詳らかにした(Science in revision)。

  3. 心臓内Wntシグナル陽性細胞の機能
    Wntシグナルは、心臓発生に重要である。われわれは、すでにゼブラフィッシュ血管内皮細胞では、体幹から尾側の広範な静脈で腹側の内皮細胞が特異的にBeta-catenin依存性シグナルが活性化していることを報告していた。心筋細胞でも、部位特異的活性化を予想して、依存性の転写活性化細胞を生体で可視化できる転写レポーターゼブラフィッシュの心筋細胞特異的レポーター発現系を用いて検討した。心房ー心室間の限定された部位(房室間)に非常に特異的にWntシグナル陽性心筋細胞が局在し、発生初期から生後一か月を経ても同部に局在する心筋細胞がWntシグナル陽性であることが判った。また、房室間に同様に局在する刺激伝導系細胞(Tbx2陽性の特殊心筋細胞)とは、蛍光の色を変えることで観察しても、同一細胞ではないことから、生体での機能がTbx2要請細胞とは異なることが判った。Wntシグナル陽性細胞を蛍光で検出可能なので、同細胞をFACSで回収することにより、Wntシグナル陽性細胞が発現する遺伝子を同定し、その機能を調べることで、Wnt陽性細胞の機能を突き止めることにした。その結果、Endothelinを分泌することが、判明しこのEndothelinが血管や心臓の構築に如何にかかわるかを解明する研究を行っている。

  4. 内胚葉由来細胞の血管内皮細胞
    通常は中胚葉由来の細胞が、循環臓器となる(心臓、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、血球)。我々は、Isl1陽性内胚葉細胞が、ゼブラフィッシュの尾部血管の背側の内皮細胞集団を形成することを明らかにした。Isl1依存性に蛍光蛋白質を発現するTg(isl1:EGFP)を観察したところ血管に陽性細胞を認めた。この細胞群の由来を検討したところ、sox32,sox17陽性細胞であることが、photoconversionによる細胞系譜追跡により明らかとなった。またこれらの細胞は、中胚葉マーカーであるdraculinの発現とは一致せず、中胚葉になるのではなく、内皮細胞前駆細胞のマーカーであるEtv2陽性細胞となることから、通常の内皮細胞とは異なる性質のEtv2陽性細胞になることが判った。尾側の静脈内皮細胞は腹側では、Wntシグナル陽性の内皮細胞群をこれまで我々は報告しているが、この細胞とも一致せず、これらの細胞の背側に位置することから、静脈細胞でも全く性質の異なる細胞であることが判った。

  5. pH依存性の膜脂質の局在変化と発生における役割
    生体の恒常性に関わる生体pH調節機構は、臓器では肺と腎臓で主に調節される。しかし、細胞レベルでも細胞外pH依存性の細胞応答を示すことがわかった。細胞外pHにより、細胞内H+濃度を調整することがこれまでも報告されてきたが、我々はphosphatidylinositol4,5-bisphosphate(PIP2)の局在をpH依存性に変化させるfloppaseを同定した。その局在は、細胞膜二重膜の内葉に多いPIP2を外葉に移動させる分子である。細胞膜を複数回貫通する分子TM9SF3をPIP2 floppaseとして同定した。細胞内、外PIP2を可視化するPLC-delta1 Pleckstrin Homology(PH)ドメインプローブを開発することで、pH変化によるPIP2の局在変化を調べることが可能となり、TM9SF3の機能もこのプローブで探ることで同定につながった。

研究業績
  1. Fukushima Y, Nishiyama K, Kataoka H, Fruttiger M, Fukuhara S, Nishida K, Mochizuki N, Kurihara H, Nishikawa SI, Uemura A. RhoJ integrates attractive and repulsive cues in directional migration of endothelial cells. The EMBO Journal. 39, e102930, 2020.
  2. Kondrychyn I, Kelly DJ, Carretero NT, Nomori A, Kato K, Chong J, Nakajima H, Okuda S, Mochizuki N, Phng LK. Marcksl1 modulates endothelial cell mechanoresponse to haemodynamic forces to control blood vessel shape and size. Nature Communications. 11, 5476, 2020.
  3. 望月 直樹. 血管新生と維持機構の分子メカニズム. 炎症と免疫. 28, 356-359, 2020.