血管生理学部では、炎症・血管新生に関連する増殖因子・サイトカインシグナルに焦点を当てて、循環器疾患の病態解明と新規の治療法開発を目指して研究を進めている。現在の研究テーマは以下の1~6の6つである。
- angiopoietin-1(Ang1)による血管恒常性維持、血管新生の分子機構の解明
- 肺高血圧症の炎症シグナルによる病態形成機構の解明
- 難治性高安動脈炎に対するIL-6阻害療法の有効性・安全性に関する検討
- 大型血管炎の疾患活動性を反映する新規治療法と新規バイオマーカーの開発
- 心血管系におけるGabドッキング蛋白質の機能解明
我々は心筋細胞の分泌する血管内皮増殖(保護)因子の1つであるangiopoietin-1(Ang1)が胎生期での冠静脈発生に必須であること、心房形成に必須であることを以前報告した(Arita, Nakaoka et al. Nat Commun. 2014 Jul 29; 5: 4552; Kim KH, Nakaoka Y, et al. Cell Reports, 23, 2455-2466, May 22, 2018)。
最近、膵β細胞由来のAng1が血糖の恒常性維持に重要な役割を担う事を報告しており(Park HS, Nakaoka Y, et al. Diabetes. 68, 774-786, 2019)、現在は血管周皮細胞由来Ang1による血管恒常性維持と造血の関連性を検討している。
低酸素誘発性肺高血圧症モデルマウスの系で炎症性サイトカインのIL-6/IL-21のシグナル軸が肺動脈平滑筋細胞の増殖を促進して、肺高血圧の血管リモデリングが誘導することを報告した(Hashimoto-Kataoka, Nakaoka et al. Proc Natl Acad Sci USA. 112: E2677-86, 2015)。現在、重症肺高血圧症モデル動物であるSugen/Hypoxia/Normoxiaラットの系を用いて、肺高血圧症の重症化とIL-6/IL-21シグナル軸の関連性、これらの上流、下流因子の探索・同定を進めている。
難治性高安動脈炎患者に対して抗IL-6受容体抗体トシリズマブ(TCZ)皮下注製剤の有効性と安全性を検討する臨床試験(治験:TAKT試験)を2014年から日本の18施設で進めて、プラセボに比してTCZは高安動脈炎の再発を抑制する傾向が示唆され(Nakaoka et al. Ann Rheum Dis. 2018; 77: 348-354)、2017年8月に保険適応の追加承認がされた。
さらに、TAKT試験での約2年にわたるTCZ治療の長期成績を検討した所、顕著なステロイド減量効果と患者のQOL改善が認められたほか、画像検査での増悪は約17%に見られたのみで、TCZの安全性、有効性を報告した(Nakaoka et al. Rheumatology accepted)。
高安動脈炎と巨細胞性動脈炎に対して2017年よりTCZがわが国では保険適応となり、治療に用いられる様になっているが、TCZ使用下では血清マーカーのCRPや血沈は陰性化して、バイオマーカーの役割を果たせなくなる問題点が存在する。我々は血清IL-6と頚動脈病変のある患者での頚動脈エコーのIMT(内膜中膜複合体肥厚)が活動性と相関する可能性を見出している(投稿中)。
現在、新しい高安動脈炎の疾患活動性を反映するバイオマーカーを探索中で、新しい治療標的となる分子も併せて探索中である。
心血管系におけるレセプター型チロシンキナーゼの下流で働くGabドッキング蛋白質の機能解析をこれまで進めて来たが、現在は内皮細胞特異的にGab1およびGab2を欠損するマウスを作製して、その血管恒常性維持、造血における役割を検討している。
- 2014年から日本の18施設で難治性高安動脈炎に対してTCZ皮下注製剤の有効性と安全性を検討する治験(TAKT試験)が進められ、プラセボに比してTCZは高安動脈炎の再発を抑制する可能性が示唆された(Nakaoka et al. Ann Rheum Dis. 2018; 77: 348-354)。さらに、二重盲検期間から非盲検期間までの96週間のTCZ投与の効果に関する長期成績を検討すると、顕著なステロイド減量効果と患者のQOL改善が認められたのに対して、画像検査での増悪は16%の症例に見られるのみであった(Nakaoka et al. Rheumatology (Oxford) accepted)。
- 膵β細胞の分泌する血管新生因子angiopoietin-1(Ang1)が血糖の恒常性維持に重要であることを報告した(Park HS, Nakaoka Y, et al. Diabetes. 2019 Apr; 68(4):774-786; 韓国のKorean Advanced Institute of Science and Technology(KAIST)及び延世大学と共同研究成果)。
- 高安動脈炎、巨細胞性動脈炎をはじめとする血管炎症候群に対する診療ガイドラインの改訂を進めて、日本語版(2017年版)は2019年3月に改訂出版されていたが、その英語版を論文として報告した(難治性血管炎に関する調査研究班と日本循環器学会などの合同研究班の事業:Isobe M, Nakaoka Y et al. JCS 2017 Guideline on Management of Vasculitis Syndrome - Digest Version. Circ J. accepted)。
- Park HS, Kim HZ, Park JS, Lee J, Lee SP, Kim H, Ahn CW, Nakaoka Y, Koh GY, Kang S. β-Cell-Derived Angiopoietin-1 Regulates Insulin Secretion and Glucose Homeostasis by Stabilizing the Islet Microenvironment. Diabetes. 68, 774-786, 2019.
- Nakaoka Y. Response to: 'Aortic ulceration in a tocilizumab-treated patient with Takayasu arteritis' by Liebling et al. Annals of the Rheumatic Diseases. 78, e117, 2019.
- Nakaoka Y. Response to: 'Efficacy and safety of tocilizumab in patients with refractory Takayasu arteritis' by Lee and Song. Annals of the Rheumatic Diseases. 78, e10, 2019.
- Ueda T, Yokota T, Okuzaki D, Uno Y, Mashimo T, Kubota Y, Sudo T, Ishibashi T, Shingai Y, Doi Y, Ozawa T, Nakai R, Tanimura A, Ichii M, Ezoe S, Shibayama H, Oritani K, Kanakura Y. Endothelial Cell-Selective Adhesion Molecule Contributes to the Development of Definitive Hematopoiesis in the Fetal Liver. Stem Cell Reports. 13, 992-1005, 2019.
- 中岡 良和. 心筋-内皮細胞間クロストークによる心臓の発生・恒常性維持の制御機構 Neuregulin-1/ErbBシグナルを中心に. 実験医学. 37, 751-758, 2019.
- 中岡 良和. 肺循環の動的恒常性とその破綻 肺動脈性肺高血圧症の発症機構. 実験医学. 37, 1062-1069, 2019.
- 中岡 良和. 血管炎症候群. 日本医師会雑誌 特別号2 動脈硬化診療のすべて. 148, S147-S150, 2019.
- 中岡 良和. 高安動脈炎と巨細胞性動脈炎. 日本臨床. 77, 522-530, 2019.
- 中岡 良和. 高安動脈炎の病態とIL-6阻害治療. 免疫・炎症病態×治療Update. 157-164, 2019.
- 中岡 良和. 肺動脈性肺高血圧症における炎症性シグナルの役割. 新しい臨床を開拓するための分子循環器病学 Cutting Edge of Molecular Cardiology. 196-202, 2019.
- 中岡 良和. 肺高血圧症の病態制御から治療へ―炎症性サイトカインに焦点を当てて―. 医学のあゆみ. 271, 1267-1272, 2019.