循環器疾患の病態解明を目指すためには、心臓・血管の発生から循環器の恒常性維持機構を解剖学的・生理学的・生化学的に調べる必要がある。このため、研究テーマとして、特に心臓発生・血管新生の分子メカニズムと形態学的成熟過程を調べることに注力している。
心臓の心筋細胞も単一な心筋細胞ではなく、心房筋・心室筋・刺激伝導系心筋などで分類されるだけでなく、個々の心筋細胞の情報伝達系を調べることで、さらに詳細な分類が必要と考える。実際、single cell RNA sequenceを行うことで心臓のなかでも血管・心筋・線維芽細胞に分類され、さらにこれらも細分化されることが示されている。根本的な心筋細胞の差は、他の細胞、特に血管内皮細胞との相互作用や、循環血液中のホルモンによる制御に依存することを明らかにしている。
この多様性をもった細胞群からなる心臓・血管構築細胞の細胞間あるいは組織間の機能的調節作用の破綻や、解剖学的欠損が循環器疾患の原因となっていると考える。従って、生体を観察することなくして生理学・病態生理学を理解することは不可能であると考え、生きたままの個体を用いて如何に心筋細胞・血管内皮細胞・周細胞が機能しているか?徹底的に調べている。観察結果の解釈が間違いなければ、どのような異常が疾病の原因になるか導き出すことができる。したがって、メージングを研究手法の中心に据えて、「見ることから知ること、さらに治療・予防にまで発展させるべく」研究を行っている。
令和元年からは、基盤研究だけではなく、薬剤開発の共同研究を開始して、心不全治療薬抗老化を目指したnicotinamide mononucleotide(NMN)輸送体(NMN-T)活性化薬の開発を目的として、ゼブラフィッシュを用いてNMN-Tの生体での機能解析も開始した。
主な研究テーマは
- 血管新生における細胞形態・運動を調節する情報伝達の解明
- 血流依存性血管恒常性維持機構についての検討
- ゼブラフィッシュ心臓のWntシグナルの意義
- 左右非対称性発生原理の解明
- 骨膜由来の分泌性ペプチドOsteocrin(Ostn)による骨形成機構と荷重による調節
- angiopoietin-Tie受容体シグナルの全貌解明
- NMN-Tの生体での機能解明
- 膜脂質phosphatidyl InositolのpH依存性局在変化の生理学的意義
Osteocrin(Ostn)による骨形成調節の解明
Osteocrin(Ostn)が骨膜細胞から特異的に分泌されることを明らかにしてきた。Ostnの欠損個体の詳細な観察により、Ostnが内軟骨骨化・膜性骨化の両者で機能を果たしていることを突き止めた。OstnはNa利尿ペプチドファミリー分子(NP)のclearance受容体に結合し、NP分子のclearanceを阻害することで、NP分子群の作用を増強することが考えられた。したがって、Ostnによる骨への作用(内軟骨骨化で軟骨細胞へのC type-NPの作用の増強効果)がCNPの作用の増強であることが示唆された。実際に、Ostnのノックアウトマウスの表現型は膜性骨化・内軟骨骨化の抑制によるものと矛盾しないことが判った。心臓内Wnt シグナル陽性細胞の機能
Beta-catenin依存性の転写活性化細胞を生体で可視化できる転写レポーターゼブラフィッシュを作成して調べたところ、心房―心室間の限定された部位にBeta-catenin依存性転写、すなわちWntシグナル陽性心筋細胞を見出した。同部位に局在する刺激伝導系細胞(Tbx2 陽性の特殊心筋細胞)とも異なる細胞であることが判った。心筋拍動依存性にWntリガンドが房室間で発現が増加し、拍動を止めるとWntリガンドの発現も抑制された。さらにWnt依存性の転写レポーターの活性化も低下した。このWntシグナル陽性細胞を欠失させることで冠状動脈の発生が抑制されることから、内膜内皮細胞の心外膜層への遊走にこれらの細胞が寄与していることを明らかにした。ゼブラフィッシュでは哺乳類と異なりTie1 チロシンキナーゼ受容体が血管(静脈・リンパ管)の形成に不可欠である
マウス Tie1 Tie2 チロシンキナーゼファミリー受容体は、リンパ管形成に不可欠であることが報告されている。一方でTie1受容体のリガンドが明確に同定されておらず、これまでもAngiopoietin(Ang1-4)ファミリー分子が結合することだけは示唆されてきた。ゼブラフィッシュでは、Tie2遺伝子破壊よりもTie1遺伝子欠損により、重篤なリンパ管形成阻害が生じることを突き止めた。Tie1受容体の欠損個体とAng1欠損個体がともにリンパ管形成が阻害されることからAng1-Tie1のリンパ管形成における重要性を示すことができた。
情報伝達の詳細について令和元年からさらに検討継続中である。pH依存性の膜脂質の局在変化と発生における役割
生体のpH調節は、肺と腎臓で主に調節されるが、循環が成立する前には、組織でのpH調節機構が整備され、また細胞内・外pHに依存して細胞応答が変化する可能性がある。ゼブラフィッシュは数日で循環系が形成されるが、体節が形成される発生初期には盛んな細胞分裂が生じpHの変化も起きていることが判った。この際、phosphatidylinositol4,5-bisphosphateの局在をPLC-delta1 Pleckstrin Homology(PH)ドメインプローブで検討したところpH変化によりPIP2の局在変化がおきることがわかった。
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