分子生理部
研究活動の概要

 細胞分化・増殖・移動など多様な生命現象の組み合わせにより、複数の起源を有する前駆細胞から心臓・血管の発生・形態形成が行われ、多様な細胞群が協調して働く成熟機能システムが構築されるメカニズムは非常に複雑です。心血管発生・形態形成において働く分子機構は、その破綻が先天性心疾患・遺伝性血管病などの難病の発症に直結するのみならず、成人の循環器疾患・脳血管疾患においても重要な意義を有します。また、血管機能異常や病的血管新生は、癌・認知症を含めた多様な病態に深く関与しています。

 この見地より、分子生理部では心臓と血管の発生・形態形成・成熟機能獲得に働く分子メカニズムの研究を行っています。特に、発生期に発現する転写調節因子やシグナル伝達因子に焦点を当て、遺伝子組換え実験モデルマウスの分子生物学・組織学解析と細胞生物学実験・生化学実験を組み合わせることによって研究を進めています。

 国立高度専門医療研究センターの一員として、脳卒中・循環器病対策基本法、成育医療等基本法、難病法などの対象となる先天性心疾患、遺伝性疾患、成人循環器・脳血管疾患に対する基礎医学・実験医学研究を推進するとともに、心血管系の基礎医学研究を担う次世代研究者の育成にも注力しています。

2019年の主な研究成果

 Notchシグナル伝達系の異常はAlagille症候群・CADASILをはじめとするヒト疾患の原因となりますが、私たちが同定したNotchシグナル下流転写調節因子HEYファミリーは心血管の発生・形態形成・成熟機能に必須の役割を有し、これら疾患の病態でも重要であると想定されています。本年度の研究において、HEYファミリー遺伝子のconditionalノックアウトマウス・誘導型ノックアウトマウスの解析を進め、その分子機能を明らかにするとともに、CRISPR/Cas9遺伝子編集マウス・転写レポーターマウスを用いてHey遺伝子の心血管特異的発現制御の分子機構、転写調節エンハンサー領域の同定に成功しました。

 一方、Bone Morphogenetic Protein(BMP)をリガンドとするALK1受容体シグナルも遺伝性出血性末梢血管拡張症・肺動脈性肺高血圧症の病因・病態に深く関与する臨床的に重要な血管シグナル伝達系です。本年度の研究において、新しいALK1シグナル下流遺伝子SGK1の発現制御機構解析を進め、新規の転写調節エンハンサー領域候補を見出しました。また、リン酸化酵素であるSGK1の新規基質の候補を複数同定しその意義を検討しています。他に、胎生期血管内皮遺伝子TMEM100の分子機能メカニズムを明らかにするため、複合体形成パートナー因子の網羅的探索のための生体モデルマウス系統を樹立しました。

 これらに加え、筋細胞因子の未同定発生期機能研究、血管内皮細胞のエピゲノム遺伝子発現制御機構の検討、マイクロCT・組織標本3D再構築などを用いた心血管形成過程の立体観察、マウス胎仔心臓超音波解析を用いた胎生期心不全モデル研究など、新しい実験プロジェクトにも取り組んでいます。

研究業績
  1. Urasaki A, Morishita S, Naka K, Uozumi M, Abe K, Huang L, Watase E, Nakagawa O, Kawakami K, Matsui T, Bessho Y, Inagak N. Shootins mediate collective cell migration and organogenesis of the zebrafish posterior lateral line system. Scientific Reports. 9, 12156, 2019.
  2. Miyoshi T, Hisamitsu T, Ishibashi-Ueda H, Ikemura K, Ikeda T, Miyazato M, Kangawa K, Watanabe Y, Nakagawa O, Hosoda H. Maternal administration of tadalafil improves fetal ventricular systolic function in a Hey2 knockout mouse model of fetal heart failure. International Journal of Cardiology. Epub, 2019.