分子病態部
研究活動の概要

 分子病態部は4つの研究室から構成される。各研究室は協力し合い、循環器疾患の克服に向けて、分子レベルから個体レベルまで幅広い手法を用いて研究を進めている。主に、1. 止血および血栓形成に関する研究、2. 循環器疾患に関連する細胞機能に関する研究、3. 脳循環代謝に関する研究を行っている。

  1. 止血および血栓形成に関する研究
    1. 血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)に関する研究
       血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura; TTP)は多数の細小血管に血小板血栓が生じる難病である。血漿タンパク質フォンビルブランド因子(von Willebrand factor; VWF)を切断する酵素ADAMTS13の活性が失われることで、超高分子量VWFマルチマーが増加し、血小板の過剰凝集につながる。我々は、ADAMTS13遺伝子解析、活性測定法開発、構造機能解析、遺伝子改変マウス作製・解析などを行ってきた。先天性TTP患者の遺伝子解析における日本の拠点施設として、奈良県立医科大学と協同してこれまで約60家系を解析している。
    2. 静脈血栓塞栓症および血栓性素因に関する研究
       静脈血栓塞栓症の発症には遺伝的背景が関わっている。我々は、日本人の約55人に1人の頻度で見られるプロテインS-K196E変異が静脈血栓塞栓症のリスク要因であることを明らかにし、変異保有者のプロテインS抗凝固活性は平均で約16%低いこと、日本人特有の変異であることなどを報告してきた。この変異を含め、日本人に見られる血栓性素因の研究を行っている。
    3. 後天性von Willebrand症候群(AVWS)に関する研究
       VWFは止血初期段階の血小板凝集において重要な血漿タンパク質である。巨大マルチマー構造を形成し、そのサイズが大きいほど血小板凝集能は高い。種々の機構でVWFの活性は調節されており、VWFの活性低下は出血性疾患の原因となる。近年、大動脈弁狭窄症や補助人工心臓装着の患者に見られる重篤な消化管出血に後天性von Willebrand症候群(acquired von Willebrand syndrome; AVWS)が関与すると考えられるようになってきたが、そのメカニズムは十分に分かっていない。我々は、AVWSにおけるVWFマルチマーの動態と出血の関連性についての研究を行っている。

  2. 循環器疾患に関連する細胞機能に関する研究
    1. 小胞体ストレスに関する研究
       我々は、血管内皮障害性因子ホモシステインで発現誘導されるタンパク質としてHerp等を発見し、これらに関する研究を継続している。Herpは小胞体ストレスで強く発現誘導される小胞体膜タンパク質であり、主に小胞体関連タンパク質分解(ERAD)で機能する。小胞体ストレスは虚血や動脈硬化、糖尿病などで見られる現象である。Herp、Derlin-1、Derlin-3の各遺伝子欠損マウスを作製し、それらの表現型を解析した。現在、HerpおよびDerlin群の機能解明に向けた研究を継続している。
    2. VWFの細胞内輸送に関する研究
       VWFは、血管内皮細胞特異的なオルガネラWeibel-Palade小体にマルチマー分子として貯蔵され、適時に血液中へ分泌される。VWFの分泌異常はvon Willebrand症候群と呼ばれる出血症を引き起こすが、VWFの合成から分泌に至るまでのメカニズムには不明な点が多い。我々はVWFのマルチマー化および細胞内輸送に焦点をあて、それらの分子機構について研究を行っている。
    3. 血漿タンパク質のクリアランスに関する研究
       血漿タンパク質には、血中プロテアーゼによる分解で代謝されるものだけでなく、マクロファージや肝実質細胞表面上の受容体と結合してエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれることで代謝されるものが存在する。我々は、VWF切断酵素ADAMTS13のクリアランス機構の解明を目指した研究を行い、クリアランス受容体候補として、SIGLEC5とSIGLEC14を同定した。現在、その詳細な解析を進めている。
    4. 肝星細胞における血漿タンパク質発現調節機構の研究
       血液凝固因子の増加と凝固制御因子の減少は血栓症のリスクに、その逆は出血症のリスクになり得る。VWFを切断することで血小板血栓形成を抑制的に調節するADAMTS13は、肝星細胞で特異的に合成されるが、その発現調節機構は不明である。ADAMTS13の発現調節機構を調べる過程で、血液凝固因子の発現減少をもたらす肝線維化に関与するα-smooth muscle actinの肝星細胞での発現調節機構との関連性が見出されたので、その詳細を調べている。
    5. 血液凝固とリン脂質輸送分子に関する研究
       血液凝固反応は、血液凝固因子群が逐次的に活性化することで引き起こされる。その活性化反応は液相中でも起こるが、細胞膜の主要成分であるリン脂質が存在することで、爆発的に加速される。すなわち血液凝固は細胞膜表面をその反応の場として必要とするが、必要なリン脂質が必要な部位にどのようにもたらされるのかについては、ほとんど研究されてこなかった。我々は血液凝固反応制御の視点から、リン脂質輸送メカニズムについて研究を開始した。

  3. 脳循環代謝に関する研究
  4.  脳血管攣縮の成因の解明、虚血性脳卒中時に生じる虚血性ペナンブラ領域の病態解明、一過性局所脳虚血モデルの開発、虚血耐性の誘導と認知症の予防や改善効果を有する脳由来神経栄養因子BDNFの脳内産生を促進させる医療機器の開発、およびBDNF産生促進物質の探索を行ってきた。独自開発した局所脳虚血モデルでは、再現性の高いラット局所脳虚血モデルを開発し(2001年)、その後、マウスモデルへと発展させた(2003年)。行動解析に関しては、各個体の記憶学習能を定量化できる独自の改良を加えた水迷路変法を開発した(2006年)。マウス脳虚血モデルは、その後の各種ノックアウト動物の神経脆弱性の判定に用い、脆弱性関連遺伝子を報告した(2011年、2012年)。脳虚血マウスは、無血外科操作にまで進化し(2014年)、虚血負荷後の脳梗塞巣の再現性向上と致死率の極限までの低下に成功した。

     連続的な拡延性抑制現象が脳内BDNFを増加させて脳梗塞体積を縮小させる現象の発見(1998年)に基づく脳内BDNFの安全な産生増加法の研究では、特定の電圧レベル帯を有する電位刺激が脳内BDNF産生を促進し、それが脳梗塞を縮小させ(2005年)、記憶力を増強させることを見出した(2008年)。虚血耐性誘導時の観察において、脳皮質表面(軟膜下層)に神経幹細胞様動態を示すグリア系細胞の活性化と神経新生現象を世界に先駆けて発見した(2009年)。脳血管攣縮の成因解明に関しては、血管炎に集積するマクロファージから産生される血小板由来成長因子PDGFが遅発性の脳血管攣縮の原因と成り得ることを示した(2011年)。

     既存薬剤の脳保護作用の探索に関して、Ⅱ型糖尿病薬(DPP-4阻害剤、ネシーナ)が脳内BDNFの産生を促進して脳保護作用を示し(2013年)、特定電圧の生体への印加刺激が抗肥満効果を示すこと(2013年)、慢性疼痛治療剤ERV(REV:ノイロトロピン)が脳梗塞耐性を誘導して記憶学習能を向上させ(2015年)、適切な高電位治療がマウス脳内のBDNFを増加させるとともにneuronal calcium sensor-1(NCS-1)の発現とCaMKII-αのリン酸化を増強させること(2017年)、活性化プロテインCが脳保護作用を示し、低用量側に至適用量が存在することを発見した(2017-8年)。

     画像診断医学部と脳外科との共同研究により、小動物専用7T-MRIを用いてマウス脳梗塞モデルを解析し、虚血/再灌流開始より不可逆的壊死巣(脳梗塞巣)の検出に資する超早期脳梗塞診断原理を開発した(2019)。

2018年の主な研究成果
  1. 止血および血栓形成に関する研究
    1. 血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)に関する研究
       これまでに引き続き、先天性TTP患者のADAMTS13遺伝子解析を行い、国内外で未報告の変異を複数同定するとともに、診断に対するサポートを行った。また、厚労科研費研究班のメンバーとして、TTP診療ガイド2017の改訂を開始した。
    2. 静脈血栓塞栓症および血栓性素因に関する研究
       静脈血栓塞栓症の遺伝的要因として、プロテインS-K196E変異がある。日本人によく見られるリスク変異であり、その有無を知ることは血栓症予防の点で重要である。我々は、遺伝子解析を行わずに変異の有無を判別できる検査法を確立したので(特許出願済)、知的資産部および国内企業と協同して、実用化を視野に入れた共同研究を開始した。これと平行して、静脈血栓塞栓症の原因となる遺伝子変異の探索を進めている。
    3. 後天性von Willebrand症候群(AVWS)に関する研究
       AVWSの病態解析に必要となる超高分子量タンパク質VWFマルチマーの動態を正確に分析することを目的として、東北大学および奈良県立医科大学と協同し、VWFマルチマー解析法を標準化し、その結果を評価した結果、VWFマルチマー解析に用いる血漿量が解析結果に大きな影響を与えることを明らかにした。同一試料の反復解析による評価では、解析結果に高い再現性がみられ、高い施設間相関性も実現した。さらに、血漿量と抗原量のどちらに合わせて解析する方がAVWS重症度の指標として適するかを調べるため、同一検体を定血漿量および定抗原量で解析し、臨床データと照合する研究を開始した。大動脈弁狭窄症および左室補助循環装置(LVAD)装着患者を対象としている。定血漿量解析は完了し、現在、定抗原量解析を進めている。
  2. 循環器疾患に関連する細胞機能に関する研究
    1. 小胞体ストレスに関する研究
       低酸素ストレスに対して脆弱性を示すHerpおよびDerlin-3欠損マウスを利用し、HerpおよびDerlin-3が関与する小胞体ストレス応答および小胞体関連タンパク質分解(ERAD)の研究を継続している。画像診断医学部およびチリ大学との共同研究として心エコーやMRI等による心機能評価を行った結果、Herp欠損マウスおよびDerlin-3欠損マウスにおいて心臓の収縮異常による機能低下が明らかとなった。発症時期を特定するために、出生後からの経時的なMRI撮影を実施した。データ収集が完了したので、詳細な解析を開始する。一方、HerpおよびDerlin-3欠損マウスのストレス脆弱性を幅広く解析したところ、低酸素ストレスだけでなく、高脂肪食負荷での耐糖能低下や、血中脂質レベル異常などを見出した。これらの異常の発症機序を調べるため、各臓器からタンパク質やRNAを抽出し、関与が示唆される代謝経路やシグナル伝達経路の解析を開始した。心臓生理機能部や創薬オミックス解析センターとの共同研究として、RNA-seqによる遺伝子発現の網羅的解析も開始した。
    2. VWFの細胞内輸送に関する研究
       VWFはWeibel-Palade小体(WPB)にマルチマーとして貯蔵される。VWFマルチマーはヒスタミンなどの刺激により細胞外へ放出され、VWF stringsとよばれる紐状構造を形成する。WPBは内腔pH5.4の酸性オルガネラである。WPBの酸性環境はその機能発現に重要であると考えられているが、その責任分子は不明である。我々は、プロトンポンプV-ATPaseがWPBの酸性環境を形成する分子であることを見出し、研究を進めている。V-ATPaseの活性を阻害すると、ヒスタミン刺激によるVWF stringsは適正に形成されない。興味深いことに、V-ATPaseを阻害するとVWFダイマーが選択的に分泌されるようになった。現在、その分子メカニズムを明らかにすることを目的に研究を進めている。
    3. 血漿タンパク質のクリアランスに関する研究
       ヒトADAMTS13のクリアランス機構研究の過程で、ADAMTS13のクリアランスに関与すると報告されていたヒトCD163の発現細胞よりも、ヒトSIGLEC5発現細胞の方が高効率でADAMTS13を取り込むことを見出した。取り込まれたADAMTS13は初期エンドソームマーカーのEEA1と共局在した。また、ヒトADAMTS13はヒトSIGLEC5細胞外ドメインとin vitroにおいて直接結合した。SIGLEC5のマウス相同遺伝子は存在しないため、マウス肝臓にハイドロダイナミクス法でヒトSIGLEC5を強制発現させたところ、血漿中のADAMTS13が減少した。これらの結果から、生体内でもSIGLEC5がADAMTS13のクリアランスに関与すると考えられた。さらに、細胞外ドメインのアミノ酸配列がSIGLEC5とほぼ相同なSIGLEC14もADAMTS13の細胞内取り込みに関与するが、SIGLEC3やSIGLEC9はADAMTS13を取り込まないことが明らかになった。
    4. 肝星細胞における血漿タンパク質産生発現調節機構の研究
       ADAMTS13は生体において主として肝星細胞で産生され分泌されるが、その発現調節機構に関してはあまり分かっていない。我々はヒト肝星細胞株であるLX-2あるいはTWNT-1にホスホジエステラーゼ(PDE)阻害薬3-isobutyl-1-methylxanthine(IBMX)を投与すると、ADAMTS13の発現量が3倍以上増加することを見出したので、その発現調節機構の解析を開始した。さらに、IBMXと同時にDexamethasone(Dex)を加えるとα-smooth muscle actin(ASMA)のmRNA発現量が著しく増加することを見出した。IBMXとDexそれぞれ単独ではASMA発現量は上昇しなかったため、IBMXとDexが協調的に働く機構についてエピジェネティックな関与も含めて解析中である。
    5. 血液凝固とリン脂質輸送分子に関する研究
       ビタミンK依存性血液凝固因子のN末端には、Glaドメインとよばれる領域が存在する。これらの凝固因子はGlaドメインを介して細胞表面の酸性リン脂質と結合し、細胞表面で凝固反応を進行させる。一方、フォスファチジルセリンなどの酸性リン脂質は、通常細胞膜の内側に限局している。すなわち血液凝固反応を進行させるためには、細胞膜内側から表面へ酸性リン脂質を輸送するメカニズムが必要である。TMEM16ファミリーおよびP4-ATPaseファミリーは、一部の分子がリン脂質輸送分子であることが報告されている。我々は、これら分子群が血液凝固反応に関与する可能性について研究を開始した。現在、候補分子の発現系および測定系の確立を目指して研究を進めている。
  3. 脳循環代謝に関する研究
  4.  臨床薬として、深部静脈血栓症、急性肺血栓塞栓症、電撃型紫斑病に対する政府認可を得ているヒト血液製剤(活性化プロテインC、APC)を、独自開発したマウス局所脳虚血(3血管閉塞)モデルの急性期静脈内投与によって、虚血時の脳血流(虚血ストレスの深度)には影響を与えずに、慢性期の脳梗塞を縮小させ、脳神経脱落症状を改善させることを見出した。また、2001年から臨床使用されている政府認可を有する世界で唯一の脳保護薬Edaravoneの急性期静脈内投与のマウス脳梗塞および脳神経機能障害への影響を調べたところ、慢性期の脳梗塞体積に関しては有意な縮小効果が認められたが、神経機能障害(神経脱落症状)においては有意な改善が見られなかった。すなわち、すでに観察されていたAPC投与による急性虚血性脳卒中に対する脳保護効果に比し、機能保護の面で劣る可能性が示唆された。Edaravoneの虚血性脳卒中急性期投与が示す脳保護効果に関する研究成果は、2019年日本脳卒中学会(Brain 2019)および2018年米国神経科学学会(SFN)にて報告した。

研究業績
  1. Navarro-Marquez M, Torrealba N, Troncoso R, Vasquez-Trincado C, Rodriguez M, Morales PE, Villalobos E, Eura Y, Garcia L, Chiong M, Klip A, Jaimovich E, Kokame K, Lavandero S. Herpud1 impacts insulin-dependent glucose uptake in skeletal muscle cells by controlling the Ca2+-calcineurin-Akt axis. Biochimica et Biophysica Acta-Molecular Basis of Disease. 1864, 1653-1662, 2018.
  2. Fujisawa M, Kato H, Yoshida Y, Usui T, Takata M, Fujimoto M, Wada H, Uchida Y, Kokame K, Matsumoto M, Fujimura Y, Miyata T, Nangaku M. Clinical characteristics and genetic backgrounds of Japanese patients with atypical hemolytic uremic syndrome. Clinical and Experimental Nephrology. 22, 1088-1099, 2018.
  3. Nagaya S, Akiyama M, Murakami M, Sekiya A, Asakura H, Morishita E. Congenital coagulation factor X deficiency: Genetic analysis of five patients and functional characterization of mutant factor X proteins. Haemophilia. 24, 774-785, 2018.
  4. Yamamura T, Nozu K, Ueda H, Fujimaru R, Hisatomi R, Yoshida Y, Kato H, Nangaku M, Miyata T, Sawai T, Minamikawa S, Kaito H, Matsuo M, Iijima K. Functional splicing analysis in an infantile case of atypical hemolytic uremic syndrome caused by digenic mutations in C3 and MCP genes. Journal of Human Genetics. 63, 755-759, 2018.
  5. Urisono Y, Sakata A, Matsui H, Kasuda S, Ono S, Yoshimoto K, Nishio K, Sho M, Akiyama M, Miyata T, Okuchi K, Nishimura S, Sugimoto M. Von Willebrand Factor Aggravates Hepatic Ischemia-Reperfusion Injury by Promoting Neutrophil Recruitment in Mice. Thrombosis and Haemostasis. 118, 700-708, 2018.
  6. Tsuda M, Shiratsuchi M, Nakashima Y, Ikeda M, Muta H, Narazaki T, Masuda T, Kimura D, Takamatsu A, Matsumoto M, Fujimura Y, Kokame K, Matsushima T, Ogawa Y. Upshaw-Schulman syndrome diagnosed during pregnancy complicated by reversible cerebral vasoconstriction syndrome. Transfusion and Apheresis Science. 57, 790-792, 2018.
  7. Maruyama K, Akiyama M, Miyata T, Kokame K. Protein S K196E mutation reduces its cofactor activity for APC but not for TFPI. Research and Practice in Thrombosis and Haemostasis. 2, 751-756, 2018.
  8. 丸山 慶子, 小亀 浩市. PS Tokushima(K196E)変異の検査. 臨床に直結する血栓止血学 改訂2版. 85-87, 2018.
  9. 小亀 浩市. ADAMTS13. 日本血栓止血学会誌. 29, 586-588, 2018.