細胞分化・増殖・移動など多様な生命現象の組み合わせにより、複数の起源を有する前駆細胞から心臓・血管の発生・形態形成が行われ、多様な細胞群が協調して働く成熟機能システムが構築されるメカニズムは非常に複雑です。心血管発生・形態形成において働く分子機構は、その破綻が先天性心疾患・遺伝性血管病などの発症に直結するのみならず、成人の循環器疾患・脳血管疾患においても重要な意義を有します。また、血管機能異常や病的血管新生はあらゆる臓器に生ずる多様な病態に深く関与しています。
この見地より、分子生理部では心臓と血管の発生・形態形成・成熟機能獲得に働く分子メカニズムの研究を行っています。特に、発生期に発現する転写調節因子やシグナル伝達因子に焦点を当て、遺伝子組換え実験モデルマウスの分子生物学・組織学解析と細胞生物学実験・生化学実験を組み合わせることによって研究を進めています。
国立高度専門医療研究センターの一員として、脳卒中・循環器病対策基本法、成育医療等基本法、難病法などの対象となる先天性心疾患・循環器疾患・脳血管疾患に対する基礎医学・実験医学研究を推進するとともに、心血管系の基礎医学研究を担う次世代研究者の育成にも注力しています。
Notchシグナル伝達系は心血管発生制御の根幹となり、その機能異常はAlagille症候群・CADASILをはじめとするヒト疾患の原因となります。私たちが同定したNotchシグナル下流転写調節因子Heyファミリーは心血管の発生・形態形成・成熟機能に必須の役割を有し、これら疾患の病態でも重要であると想定されています。本年の研究において、様々なHey遺伝子conditionalノックアウトマウス系統の表現型比較解析を進め、Hey分子機能の細胞・組織特異性を明らかにするとともに、CRISPR/Cas9遺伝子編集マウス・転写レポーターマウスを用いてHey遺伝子の心血管特異的発現制御の分子機構の解析を行いました。
一方、Hey遺伝子の発現はBone Morphogenetic Protein(BMP)をリガンドとするALK1受容体シグナルによっても制御されますが、このALK1系も遺伝性出血性末梢血管拡張症・肺動脈性肺高血圧症の病因・病態に深く関与する臨床的に重要な血管シグナル伝達系です。本年の研究において、近年同定した新しいALK1シグナル下流遺伝子Sgk1(Serum/glucocorticoid-regulated kinase 1)の発現制御機構解析と新規基質探索を進めました。また、網膜血管新生モデルなどの実験系を導入し、胎生期血管内皮遺伝子Tmem100および他の血管系遺伝子の生理的意義の研究を行いました。
これらに加え、ES細胞を用いた血管内皮分化系によるエピゲノム遺伝子発現制御機構と血管内皮特異的遺伝子発現制御機構の検討、マイクロCT・組織標本3D再構築などを用いた心血管形成過程の立体観察、マウス胎仔心臓超音波解析を用いた胎生期心不全モデル研究など、新しい実験システムの積極的な活用にも取り組んでいます。
- Araki M, Hisamitsu T, Kinugasa-Katayama Y, Tanaka T, Harada Y, Nakao S, Hanada S, Ishii S, Fujita M, Kawamura T, Saito Y, Nishiyama K, Watanabe Y, Nakagawa O. Serum/glucocorticoid-regulated kinase 1 as a novel transcriptional target of bone morphogenetic protein-ALK1 receptor signaling in vascular endothelial cells. Angiogenesis. 21, 415-423, 2018.
- Tanaka T, Izawa K, Maniwa Y, Okamura M, Okada A, Yamaguchi T, Shirakura K, Maekawa N, Matsui H, Ishimoto K, Hino N, Nakagawa O, Aird WC, Mizuguchi H, Kawabata K, Doi T, Okada Y. ETV2-TET1/TET2 Complexes Induce Endothelial Cell-Specific Robo4 Expression via Promoter Demethylation. Scientific Reports. 8, 5653, 2018.