臨床検査部
研究活動の概要

 国立循環器病研究センターでは、血液製剤の約90%が心臓血管外科手術で使用されています。大動脈瘤破裂などによる大量出血や、長時間人工心肺管理などによって急性消費性、希釈性凝固障害をきたす症例も少なくなく、大量輸血が必要な症例にしばしば遭遇します。これらの症例における早期止血の達成、輸血量減少の方策を確立することは、患者予後改善や血液製剤の有効利用につながります。そのため、大量出血症例に対する最適な輸血療法の確立を目指した研究を継続しています。
2018年は、日本医療研究開発機構(AMED)委託研究費の「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン作成に関する研究」の研究代表者として、関連学会と連携しながら、科学的根拠に基づいた大量出血症例に対する輸血治療ガイドラインを策定いたしました。本ガイドラインの知見に基づき、厚生労働省策定の「血液製剤の使用指針」が2019年3月に改訂され、大量出血時への対応の項が新設されました。
本ガイドラインが、本邦での、予後の悪い重篤な大量出血症例に対する最適輸血療法の検討に貢献し、問題点の整理、実施体制の再構築につながることを期待しています。

 もう一つの重要なテーマであるヘパリン起因性血小板減少症(HIT)について、感度特異度に優れた機能的評価法を確立、運用し、全国的なコンサルテーション依頼に対応するとともに、国立循環器病研究センターなどの倫理委員会承認のもと全国登録調査(HITレジストリ)を継続しています。これは、世界でも最大級のHITに関する大規模臨床データであり、診断基準、治療指針策定のための基礎データとして、解析を進めています。
HITはヘパリン(外来抗原)に対するadaptive immune reactionではなく、血小板第4因子(PF4)を介した細菌貪食を促進させるための、marginal zone B-cellを中心としたT cell-independent innate immune reactionの誤誘導が主病態であることが明確となりつつあります。
過去の細菌感染(歯周病など)、組織損傷などを通じて、抗PF4/ヘパリン抗体を産生するB cellがすでに誘導されているがimmune toleranceの状態にあり、炎症や術後の刺激によりperipheral toleranceの解除が起こり、必ずしもヘパリン投与に依存せずHIT抗体を誘導し得ることをすでに明らかにしています(Blood. 2016;127:1036-1043)。
HITにおけるimmune reactionの特異性をより明確にするため、患者重症度とHIT抗体のseroconversion率の関係の詳細を検討するmulticenter prospective cohort studyを実施しています。

 HITを発症した患者は、その後ヘパリン再投与は禁忌とされています。よって、HIT既往患者で、人工心肺使用手術等、ヘパリン再投与が必要な場合の対応に混乱が生じています。
HIT抗体産生には、主にT cell-independent innate immune responseが関与し、急速に産生され、消失する特性を持つこと、特異的なmemory B cellによる強い反応を欠くことが指摘されています。
実際、HIT既往患者で、HIT抗体陰性化後、人工心肺中の一時的なヘパリン投与が可能なことをが指摘されています。ただ、HIT抗体が陰性化するまで(2~3か月)待機できない症例に対する対応が課題として残っています。このような症例では、新鮮凍結血漿を用いた血漿交換や、高用量IVIg投与により、選択的にHIT抗体の除去もしくはその機能抑制を図れる可能性があることに対し検討を加えています。

 本邦におけるデビデンスに配慮しながら、日本血栓止血学会HIT部会において、1990年から2018年末までのHITに関する文献のsystematic reviewを実施し、エビデンスに基づいた本邦におけるHIT診断、治療に関するガイドラインの策定作業を行っており、その作業に参画しています。

2018年には、主に以下のテーマで研究を行いました。

  • 「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン作成に関する研究」
    日本医療研究開発機構委託研究費(AMED) 医薬品等規制調和・評価研究事業(研究開発代表者)
  • 「さらなる適正使用に向けた、血液製剤の使用と輸血療法の実施に関する研究」
    AMED委託研究費 医薬品等規制調和・評価研究事業(研究開発分担者)
  • 「ヘパリン起因性血小板減少症に対する新たな診断・治療指針確立」
    循環器病研究開発費(主任研究者)
2018年の主な研究成果
  • ヘパリン起因性血小板減少症の的確な診断、治療法の検討
  •  HITにおけるimmune reactionの特異性をより明確にするため、患者重症度とHIT抗体のseroconversion率の関係の詳細を検討するmulticenter prospective cohort studyを実施しています。
     現在、日本血栓止血学会のHIT部会を中心に、これらの最新のエビデンスを含めた、本邦におけるHIT診断基準、治療指針策定に向けた研究も進めています。

  • 胎児および新生児の同種免疫性血小板減少症(FNAIT)の国際的な診断ガイドラインの策定
  •  国際血栓止血学会(ISTH)のThe Scientific and Standardization Committee (SSC)の活動の成果として、The subcommittee on platelet immunology のco-chairmanとして参画した、胎児および新生児の同種免疫性血小板減少症(FNAIT)の国際的な診断ガイドライン
     「Investigations for fetal and neonatal alloimmune thrombocytopenia: communication from the SSC of the ISTHJ Thromb Haemost. 2018 Dec;16(12):2526-2529.」
    を出版した。

  • 科学的エビデンスに基づく大量出血症例に対する輸血ガイドラインの策定
  •  大量出血症例に対する血液製剤使用指針の改定を最終目的として研究を行っている。患者予後に関わる重要な臨床課題(Clinical Question:CQ)を決定し、CQに関連する論文を網羅的に検索することで、5322論文を検討対象とした。それらの論文の定性的(場合によっては定量的)systematic reviewを実施し、エビデンス総体を抽出した。その結果に基づき、本邦における輸血療法の独自性にも配慮したガイドラインとして、科学的根拠に基づいた大量出血症例に対する輸血治療ガイドライン(案)を策定し、関連学会の外部評価などを経て、最終的な大量出血症例における輸血ガイドラインを上梓した。
    (日本輸血細胞治療学会誌2019;65(1):21-92)
     また、このガイドラインのエビデンスに基づいて、厚生労働省策定「血液製剤の使用指針」が2019年3月に改訂され、大量出血時への対応の項が新設されました。
     本ガイドラインが、本邦での、予後の悪い重篤な大量出血症例に対する最適輸血療法の検討に貢献し、問題点の整理、実施体制の再構築につながることを期待しています。

研究業績
  1. Maeda T, Ishihara T, Miyata S, Yamashita K, Sasaki H, Kobayashi J, Ohnishi Y, Nishimura K, Shintani A, Iso H. Evaluating the Effect on Mortality of a No-Tranexamic acid (TXA) Policy for Cardiovascular Surgery. Journal of Cardiothoracic and Vascular Anesthesia. 32, 1627-1634, 2018.
  2. Koizumi S, Kohno H, Watanabe M, Iwahana T, Maeda T, Miyata S, Kobayashi Y, Matsumiya G. Left ventricular assist device implantation after plasma exchange for heparin-induced thrombocytopenia. Journal of Artificial Organs. 21, 462-465, 2018.
  3. Petermann R, Bakchoul T, Curtis BR, Mullier F, Miyata S, Arnold DM. Investigations for fetal and neonatal alloimmune thrombocytopenia: communication from the SSC of the ISTH. Journal of Thrombosis and Haemostasis. 16, 2526-2529, 2018.
  4. Maeda T, Michihata N, Sasabuchi Y, Matsui H, Ohnishi Y, Miyata S, Yasunaga H. Safety of Tranexamic Acid During Pediatric Trauma: A Nationwide Database Study. Pediatric Critical Care Medicine. 19, e637-e642, 2018.
  5. Maeda T, Hattori K, Sumiyoshi M, Kanazawa H, Ohnishi Y. Accuracy and trending ability of the fourth-generation FloTrac/Vigileo SystemTM in patients undergoing abdominal aortic aneurysm surgery. Journal of Anesthesia. 32, 387-393, 2018.
  6. Tsukinaga A, Maeda T, Takaki S, Michihata N, Ohnishi Y, Goto T. Relationship between fresh frozen plasma to packed red blood cell transfusion ratio and mortality in cardiovascular surgery. Journal of Anesthesia. 32, 539-546, 2018.
  7. 森口 奈美子, 児玉 真由美, 奈須 正人, 太田 直孝, 美代 有史, 新井 浩司, 古田 賢二, 宮田 茂樹. グリコヘモグロビン分析装置ADAMS Alc HA-8190Vの基礎性能評価と利点. 医療と検査機器・試薬. 41, 521-530, 2018.