臨床検査部
研究活動の概要

 国立循環器病研究センターでは、血液製剤の約90%が心臓血管外科手術で使用されています。大動脈瘤破裂などによる大量出血や長時間人工心肺管理などによって急性消費性、希釈性凝固障害をきたす症例も少なくなく、大量輸血が必要な症例にしばしば遭遇します。これら症例における早期止血の達成、輸血量減少の方策を確立することは、患者予後改善や血液製剤の有効利用につながります。そのため、大量出血症例に対する最適な輸血療法の確立を目指した研究を継続しています。2017 年は、日本医療研究開発機構(AMED)委託研究費の「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン作成に関する研究」の研究代表者として、関連学会と連携しながら、科学的根拠に基づいた大量出血症例に対する輸血治療ガイドライン(案)を策定いたしました。今後、本邦における医療実態にも配慮し、関連学会の外部評価などを経て、最終的な大量出血症例に対する輸血ガイドラインとして上梓する予定です。患者予後改善ならびに血席製剤の適切な使用につながることを期待しています。

 関連して、血液製剤使用削減につながる可能性のある抗線溶薬(トラネキサム酸)やフィブリノゲン製剤、クリオプレシピテートの有効性、安全性についての臨床研究も実施しています。特に、トラネキサム酸投与は、心臓血管外科手術において、痙攣の有害事象の増加につながる可能性があるものの、死亡率には関係せず、輸血量削減につながることを報告しています。

 もう一つの重要なテーマであるヘパリン起因性血小板減少症(HIT)について、感度特異度に優れた機能的評価法を確立、運用し、全国的なコンサルテーション依頼に対応するとともに、国立循環器病研究センターなどの倫理委員会承認のもと全国登録調査(HITレジストリ)を継続しています。これは、世界でも最大級のHITに関する大規模臨床データであり、診断基準、治療指針策定のための基礎データとして、解析を進めています。一つの結果として、我々が確立、実施しているHIT抗体検出のための機能的測定法が、HIT診断に対し、感度ほぼ100%、特異度98%と、非常に高い診断確度を持つこと、また、このアッセイで検出されるHIT抗体の血小板活性化能の強さが、HIT患者の血栓塞栓症発症のリスク因子、治療予後予測因子となることが明らかになりました。今後、これらの最新のエビデンスを含めて、HIT診断基準、治療指針策定につなげていく予定です。

2017年には、主に以下のテーマで研究を行いました。

  • 「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン作成に関する研究」
    日本医療研究開発機構委託研究費(AMED) 医薬品等規制調和・評価研究事業(研究開発代表者)
  • 「さらなる適正使用に向けた、血液製剤の使用と輸血療法の実施に関する研究」
    AMED委託研究費 医薬品等規制調和・評価研究事業(研究開発分担者)
  • 「血栓塞栓症合併回避に重点を置いた新たなヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の診断基準、治療指針の確立のための研究」
    循環器病研究開発費(主任研究者)
2017年の主な研究成果
  • ヘパリン起因性血小板減少症の感度、特異度に優れた機能的測定法の臨床評価と、それに基づく的確な診断、治療法の検討
  •  ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は、循環器治療に必須な抗凝固薬であるヘパリン投与を契機とし、血小板第4因子に依存した血小板活性化能を持つHIT抗体が誘導され、患者の約半数に血栓塞栓症を合併するという重篤な有害事象である。HIT疑い患者の全国登録調査(HIT registry)を進めており、詳細な臨床推移、正確な診断、治療、アウトカム情報を含むHIT疑い症例のdatabaseとして集積している。これは、世界でも最大級のHITに関する大規模臨床データであり、その解析の結果、我々が確立、実施しているHIT抗体検出のための機能的測定法が、HIT診断に対し、感度ほぼ100%、特異度98%と、非常に高い診断確度を持つこと、また、このアッセイで検出されるHIT抗体の血小板活性化能の強さが、HIT患者の血栓塞栓症発症のリスク因子となること、また、治療予後予測因子となることを明らかにした(Thromb Haemost. 2017;117:127-138)。また、急性期HIT患者に対する血小板輸血の是非、HIT既往患者における心臓血管外科手術への対応に関する研究なども実施した。
     現在、日本血栓止血学会のHIT部会を中心に、これらの最新のエビデンスを含めた、本邦におけるHIT診断基準、治療指針策定に向けた研究も進めている。

  • 科学的エビデンスに基づく大量出血症例に対する輸血ガイドラインの策定
  •  大量出血症例に対する血液製剤使用指針の改定を最終目的として研究を行っている。患者予後に関わる重要な臨床課題(Clinical Question:CQ)を決定し、CQに関連する論文を網羅的に検索することで、5322論文を検討対象とした。それらの論文の定性的(場合によっては定量的)systematic reviewを実施し、エビデンス総体を抽出した。その結果に基づき、本邦における輸血療法の独自性にも配慮したガイドラインとして、科学的根拠に基づいた大量出血症例に対する輸血治療ガイドライン(案)を策定した。今後、関連学会の外部評価などを経て、最終的な大量出血症例における輸血ガイドラインとして上梓する予定。また、大血管外科手術におけるさらなるエビデンスを構築すべく、血液製剤使用の削減につながる血液製剤使用の削減につながる抗線溶薬(トラネキサム酸)やフィブリノゲン製剤、クリオプレシピテートの有効性、安全性についての臨床研究も実施しました。特に、トラネキサム酸投与は、心臓血管外科手術において、痙攣の有害事象の増加につながる可能性があるものの、死亡率には関係せず、輸血量削減につながることを報告した。

研究業績
  1. Kawakami S, Takaki H, Hashimoto S, Kimura Y, Nakashima T, Aiba T, Kusano KF, Kamakura S, Yasuda S, Sugimachi M. Utility of High-Resolution Magnetocardiography to Predict Later Cardiac Events in Nonischemic Cardiomyopathy Patients With Normal QRS Duration. Circulation Journal. 81, 44-51, 2017.
  2. Maeda T, Nakagawa K, Murata K, Kanaumi Y, Seguchi S, Kawamura S, Kodama M, Kawai T, Kakutani I, Ohnishi Y, Kokame K, Okazaki H, Miyata S. Identifying patients at high risk of heparin-induced thrombocytopenia-associated thrombosis with a platelet activation assay using flow cytometry. Thrombosis and Haemostasis. 117, 127-138, 2017.
  3. Maeda T, Sasabuchi Y, Matsui H, Ohnishi Y, Miyata S, Yasunaga H. Safety of Tranexamic Acid in Pediatric Cardiac Surgery: A Nationwide Database Study. Journal of Cardiothoracic and Vascular Anesthesia. 31, 549-553, 2017.
  4. Nakamura M, Kamei M, Bito S, Migita K, Miyata S, Kumagai K, Abe I, Nakagawa Y, Nakayama Y, Saito M, Tanaka T, Motokawa S. Spinal anesthesia increases the risk of venous thromboembolism in total arthroplasty Secondary analysis of a J-PSVT cohort study on anesthesia. Medicine. 96, e6748, 2017.
  5. Sato T, Seguchi O, Kanaumi Y, Kumai Y, Matsuda S, Sunami H, Kuroda K, Matsumoto Y, Nakajima S, Arai K, Wada K, Hata H, Fukushima S, Yanase M, Ishibashi-Ueda H, Fujita T, Kobayashi J, Fukushima N. Clinical Implication of Non-Complement-Binding Donor-Specific Anti-HLA Antibodies in Heart Transplant Recipients -Risk Stratification by C1q-Binding Capacity. Clinics in Surgery. 2, 1703, 2017.
  6. Takeda S, Makino S, Takeda J, Kanayama N, Kubo T, Nakai A, Suzuki S, Seki H, Terui K, Inaba S, Miyata S. Japanese Clinical Practice Guide for Critical Obstetrical Hemorrhage (2017 revision). The Journal of Obstetrics and Gynaecology Research. 43, 1517-1521, 2017.
  7. 幸山 佳津美. 先天性心疾患. 判断力を高める!循環器超音波検査士への最短コース. 85-100, 2017.
  8. 宮田 茂樹. HIT(ヘパリン起因性血小板減少症). Coagulation & Inflammation. 3, 3-11, 2017.
  9. 宮田 茂樹. ヘパリン起因性血小板減少症. 日本臨牀 増刊号4 動脈・静脈の疾患(上). 75, 291-296, 2017.
  10. 宮田 茂樹. One Point Advice⑤ヘパリン起因性血小板減少症. ハートチームのための心臓血管外科手術 周術期管理のすべて. 2017.
  11. 橋本 修治. 大動脈弁位人工弁逆流. 心エコー. 18, 230-243, 2017.
  12. 松下 正, 長谷川 雄一, 玉井 佳子, 宮田 茂樹, 安村 敏, 山本 晃士, 松本 雅則. 科学的根拠に基づいた新鮮凍結血漿(FFP)の使用ガイドライン. 日本輸血細胞治療学会誌. 63, 561-568, 2017.
  13. 前田 琢磨. フローサイトメトリーを用いた機能的測定法によるヘパリン起因性血小板減少症関連血栓塞栓症リスクの高い患者の同定. 日本血栓止血学会誌. 28, 527-536, 2017.
  14. 柳 善樹, 橋本 修治, 福田 和弘, 佐藤 恵美子, 水田 理香, 田中 教雄. 左室収縮能低下を合併した巨大左室憩室の1例. 超音波検査技術. 42, 193-199, 2017.
  15. 柳 善樹. Ultrasound 偶然に発見された冠動脈瘤の1例. 日本放射線技術学会雑誌. 73, 36, 2017.
  16. 柳 善樹, 橋本 修治. 左室前方に認めた巨大腫瘤の1例. 心エコー. 18, 1262-1265, 2017.
  17. 齋藤 伸行, 八木 貴典, 松本 尚, 宮田 茂樹, 横田 裕行. 救命救急センターにおける大量輸血プロトコルに関する実態調査. 日本救急医学会雑誌. 28, 787-793, 2017.