創薬オミックス解析センターは平成27年4月に設立され、オミックス解析推進室、ゲノム系解析室、プロテオーム系解析室、統合オミックス情報解析室の4つの室からなる。循環器疾患により引き起こされる組織、細胞、体液中の生体分子の変化や変動を、ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、エピゲノム解析などの方法で網羅的かつ高精度に測定し、蓄積された生体分子情報に基づき、1)疾患原因や発症に関わる分子機序を明らかにする、2)疾患や病態を正確に診断あるいは評価できる方法を開発する、3)創薬標的となる分子を発見し、医薬品開発に応用する、4)これらの情報を総合して予防法、治療法の開発、個別化医療の実現に貢献することを目標としている。設立2年目となる平成28年度には、新規機器の購入・設置、実験室の改善をはじめとする研究環境の整備、研究者の採用や配置換え、技術トレーニングを進め、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオームの各解析領域で数多くの試料の解析を行い、データの評価や検討を進めた。特に、日本医療研究開発機構(AMED)の予算を得て、心不全のリバースリモデリング研究、臨床オミックス検査を推進するための標準作業手順(SOP)の作成研究、未同定病因遺伝子の探索研究、バイオマーカー探索研究等を推進した。各研究室における研究概要は以下の通りである。
オミックス解析推進室では28年1月に専任室長が着任し、業務の推進に努めた。ゲノム医療の推進を図り、臨床オミックス検査の実現を目指すために、当センターが対象とすべき疾患、実施内容、解析必要数、外部医療及び研究機関、学会との連携を基盤として、大型研究費の申請を行った。遺伝子検査・研究用検体の登録と管理、遺伝子検査結果の記録・報告の基盤となる遺伝子検査情報管理システム構築を情報統括部、遺伝子検査室、バイオバンクと推進した。バイオバンクへ試料や情報を効率的に登録し、オミックス解析を含む研究利用が促進されるように、システム作りに努めた。外部機関との連携においては、大阪大学微生物病研究所(阪大微研)と連携協定、東北メディカルメガバンク(ToMMo)と共同研究契約を締結した。
ゲノム系解析室では、ゲノム解析、トランスクリプトーム解析、エピゲノム(DNAメチル化:メチローム)解析を中心としたオミックス研究を推進するために、機器の更新、外部機関との連携や解析の実施、分析技術の導入、活用に努めた。また、AMED予算により、数多くの組織試料からDNAやRNAを調製し、品質評価を行った上で、次世代シーケンサ(NGS)を用いた標的遺伝子に対するパネル化遺伝子解析、エクソーム解析、RNA-seq解析、SNPアレイ解析、DNAメチル化アレイ解析などを、阪大微研、ToMMo、慶応大学とも共同して実施した。非常勤研究員を採用し、DNAの調製や品質の向上、解析精度の向上に努めた。
プロテオーム系解析室では、これまでに実施した拡張型心筋症、大動脈瘤の多層的疾患オミックス解析研究を基盤に、トランスクリプトーム解析、メチローム解析を繋ぐ要として、統合オミックス解析のデータ解析手法を検討した。心不全リバースリモデリング研究、臨床オミックス検査のSOP作成研究においては、プロテオーム解析を基盤として、トランスクリプトーム、メチローム解析を含む多層オミックス解析を実施し、リバースリモデリングの予測法作成や検体収集条件の設定に必要となる解析データを提供した。新しいバイオマーカー探索研究を外部機関と共同で、あるいは独自に実施した。測定法の構築では、複数の内在分子型を持つペプチドについて、それぞれの分子型に対する高感度特異的測定法を確立し、各分子型の測定意義の解明と検証を進めた。流動研究員を採用し、特に測定法開発研究を強化した。
統合オミックス情報解析室では、ゲノムをはじめとする大規模データの解析研究を推進した。本年度途中で室長が病態ゲノム医学部に転出したので、研究所から配置換で新しい室長を迎えた。臨床部門や研究所と協力して、遺伝性不整脈、家族性高コレステロール血症、重症心不全をはじめとするさまざまな循環器疾患の発症に関わる分子機序を同定するため、ゲノムだけではなく、トランスクリプトーム、メチローム、プロテオーム解析データを用いて原因遺伝子や分子経路の同定、診断用バイオマーカーの探索などを、他の解析室と協力して実施した。臨床オミックス検査用のSOP作成のため、オミックス解析データの品質に関わる要因と、その評価用マーカーについて検討を進めている。
【オミックス解析推進室】
- ゲノム医療研究をはじめとする研究を推進し、AMEDなどの新規公募研究に提案するために、病院診療科、研究所、外部医療・研究機関、難治性疾患研究班や関連学会から情報を収集し、対象疾患、研究目標、オミックス解析内容と解析数、多機関の連携体制、データベース化やデータ共有方法などについて検討し、研究計画案を作成、提案した。
- 遺伝子検査室や情報統括部、バイオバンクと共同して、内外より遺伝子検査を受け付け、検査を実施し、結果の登録、報告までを記録、管理する遺伝子検査情報管理システムの構築をほぼ終了した。
- 阪大微研との間で、循環器病に対する感染症関与の解明を目指して相互に協力すること、特にゲノム、メタゲノム、トランスクリプトーム解析とデータ解析で協力することを中心とする連携協定案に合意し、次年度より開始することになった。ToMMoとジャポニカアレイのデータ解析に関する共同研究契約を締結し、オミックス解析用心筋組織の品質管理基準やSOPの作成について検討を進めている。
- オミックス解析を推進するために、倫理的な問題に十分配慮した同意の取得、試料の収集・管理及び提供、ゲノムDNAの調製法や保存法、解析情報の管理、活用に向けてバイオバンクと協議を進め、一部については実施できた。
【ゲノム系解析室】
- 調製するDNAやRNAの品質評価と品質の向上に努め、ゲノム系解析におけるSOP作成用の基礎情報を収集した。解析技術の導入や向上に努め、多様なゲノム関連解析を実施可能とした。
- 保有するNGSの機能が低下し解析コストも高額となることから機器の更新を決定し、当センターでのゲノム解析の実施内容と必要性を踏まえて、NextSeq500(イルミナ)を導入した。
- 阪大微研では、最新のNGSを設置してゲノム解析拠点を構築しつつあるので、連携協定を作成し、RNA-seq解析、エクソーム解析、メタゲノム解析などを迅速かつ効率的に実施できる体制を構築することになった。この試行として、約120検体のRNA-seq解析を行い、約1.5億リードの超高密度で実施できた。発現量の解析は実施したが、今後non-coding RNAやトランスクリプトの詳細な解析を進める予定である。
- 慶応大学の金井教授との共同によりメチル化アレイを約120検体、ToMMoの安田教授との共同によりジャポニカアレイ約50検体のデータ解析を実施した。RNA-seq解析やプロテオーム解析データと合わせ、臨床オミックス検査を可能とする心筋組織の収集、保管条件に関するSOP作成の基盤となるベストプラクティス案を提出した。
- 心筋症の原因遺伝子を中心としたパネル化遺伝子解析を約150検体で実施し、遺伝子変異の検出効率やエラー率などを評価し、検査法として臨床応用する際の問題点を明確にした。
【プロテオーム系解析室】
- 国立国際医療センター、国立精神神経医療センターと共同で、尿あるいは脳脊髄液中の診断用バイオマーカーの探索研究を進めた。プロテオーム解析における比較定量法として、従来の2DICAL法に加えてSWATH法を使用し、より多くのタンパク質変動情報を収集可能とした。
- 重症心不全における左室補助人工心臓(LVAD)装着によるリバースリモデリングの予測法の開発研究を推進し、プロテオームに加えてトランスクリプトーム、メチローム解析データを用いることで高確率にリバースリモデリングを予測できることを確認し、精度高い予測アルゴリズム作成を進めている。
- 拡張型心筋症モデルである4C30マウスの左心室組織のプロテオーム、トランスクリプトーム解析を実施し、解析データを用いて心不全の重症度マーカーを探索し、血液中で測定可能なバイオマーカー2種を同定した(文献4)
- 心肥大、心不全のモデルラットを用いて新しい心不全バイオマーカーを探索し、不全心ではタンパク質へのO型糖鎖付加状態が変動し、それが特定経路の糖添加酵素群の変動に由来することを明らかにした。この変動が、B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)前駆体のプロセシングや内在分子型の割合を変動する原因である可能性を示した(文献1)。
- 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の血中主要分子3種に対する高感度測定系を開発し、安定した測定のために改良を加え、血中濃度データを集積した。急性非代償性心不全の入院から退院間において、ANPとBNPの変動プロファイルが異なること、ANPの中ではβ-ANPがBNPとは類似した変動を示すことが明らかとなった(文献5)。
【統合オミックス情報解析室】
- AMED予算で実施している致死性遺伝性不整脈疾患2種、家族性高コレステロール血症などの新規病因遺伝子の研究に参加し、情報解析を推進した。
- 重症心不全におけるLVAD装着によるリバースリモデリングの予測法の作成研究や、臨床オミックス検査を可能とするSOPの作成研究において、関連病因遺伝子に対するパネル化遺伝子解析における遺伝子変異の効率的検出法の作成などを行っている。また、使用したパネル化遺伝子解析キットの問題点も明らかにし、対応策の検討を開始した。
- プロテオーム系解析室と共同して、リバースリモデリングを評価可能とするバイオマーカーの探索、及び変動する分子経路の同定に関する研究をプロテオーム、メチローム、トランスクリプトーム解析データを用いて推進し、それぞれについて複数の候補を得た。
- 臨床オミックス検査を可能とするSOP作成研究において、解析対象とする生体分子より、凍結までの処理時間、保存状態等を鋭敏に反映する分子を選択し、さらに3種のオミックス解析における品質基準となる生体分子を絞り込み、具体的な使用・評価方法を検討した。
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