病態代謝部においては循環器疾患の克服を目的として、重篤な循環器疾患発症の基礎となる脂質代謝異常の発症機序や病態生理を解明すること、さらに動脈硬化症発症や進展へのメカニズムを解明し、有効な治療法の開発に関わる研究を、循環器および代謝内科学、病理学、分子生物学、材料工学、薬学、生化学、細胞生物学などの知識および技術を用いて実施している。
病態代謝部では、特に重篤な循環器疾患を合併する脂質代謝異常として、家族性高コレステロール血症(FH)の臨床研究とそれに基づく診療指針の作成を行ってきた。 FHに対する遺伝子解析は700例を超え、診断に役立てるとともに遺伝子解析結果による重症群の選別(Ohta et al, J Clin Lipidol 2016)、既知の遺伝子変異を有しない 150家系のWhole genome解析およびexome解析を行い、FHの新しい病因候補遺伝子の絞り込みを行っている。一方、FHにおいて、HDL機能が独立した動脈硬化性心血管疾患のリスクになることを報告(Ogura M et al, Arteriosclr Thromb Vasc Biol 2016)している。斯波は家族性高コレステロール血症ガイドライン作成委員会の委員長、小倉は委員として動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017のFHの項の作成に携わった。斯波は小児 FH 診療指針検討委員長として小児FH診療指針を作成し、発表(日本小児科学会雑誌 2017年1月号)するなど、日本におけるFHの診療基盤整備に大きな役割を果たしている。FHの国際ガイドライン作成にも尽力し、重症FHという概念を提唱している (Lancet Diabetes and Endocrinol 2016)。イタリア・英国との国際共同研究でFHホモ接合体の妊娠・出産の管理にLDLアフェレシスの実施が重要かつ安全であることを報告した(Ogura M, et al. Atheroscler 2016)。
FHに対する新しい治療法の開発として、当部では新規架橋型人工核酸医薬の開発を行なっている。当部と大阪大学薬学部との共同研究により従来のアンチセンス核酸の、特異性の低さ、体内での易分解性を克服した架橋型人工核酸(BNA)の開発に成功している。当部では、LDL受容体に対する分解活性を有し、機能上昇変異によりFHを呈するPCSK9遺伝子、LDL粒子の主な構成蛋白であるアポリポプロテインB(ApoB)、高TG血症に深く関わり、動脈壁に直接作用して動脈硬化の発症を促すアポリポプロテインCⅢを標的遺伝子として、疾患モデル動物を用いた治療実験を行い、動物におけるPOCを確立するとともに、高い効果と安全性を示すことを報告した(Yamamoto T, et al 2012)。PCSK9をターゲットとした核酸医薬の開発においては、カニクイザルを用いた薬効確認試験、ラットを用いた毒性試験を通じ、従来のものの40分の1量でも高い効果を示すアンチセンスの作製に成功している。現在、臨床化に向けた開発に取り組んでいる。
- 家族性高コレステロール血症(FH)の臨床研究(1)遺伝子解析
FH の新規原因遺伝子を同定することによる FH の診断率の向上を目的として、既知原因遺伝子 LDLR、PCSK9 に変異を認めない FH 127家系 204名について、次世代シークエンサーを用いてエクソーム解析を実施した。現在、遺伝統計学的解析を実施し、候補遺伝子を絞りこんでいる。 - 家族性高コレステロール血症(FH)の臨床研究(2)遺伝子解析による冠動脈疾患リスク層別化
FH ヘテロ接合体において、LDLR 変異に PCSK9 V4I バリアントが重なることにより、LDL-C 値が高値となり、冠動脈疾患の頻度が40%上昇することを示し、FH における遺伝子解析により冠動脈疾患高リスク群を選択し、より早期に積極的に治療することの重要性について報告した (Ohta N, Hori M et al. J Clin Lipidol.)。 - 家族性高コレステロール血症(FH)の臨床研究(3)LDLアフェレシス治療効果のメカニズム解析
閉塞性動脈硬化症患者において LDL アフェレシスの治療効果について検証し、FH の解析結果と比較することを目的とし、LDL アフェレシス有効例3名、無効例2名のLC-MS/MS 解析を実施した。有効・無効例に共通する蛋白質146個が同定され、有効例のみでは9個、無効例のみで8個同定された。これらの蛋白質の中から疾患関連蛋白質について検索するとともに、FH の解析結果と比較している。 - 新規架橋型人工核酸搭載アンチセンス医薬の開発(1)PCSK9
昨年度にカニクイザルを用いた薬効確認試験において顕著な血中PCSK9及びLDL-C低下作用を認めた開発化合物についてラットを用いた安全性試験を実施したところ、重度の腎障害が認められた。本開発化合物の安全域を広げるため、研究課題9の成果であるGalNAcユニットを開発化合物に対して修飾した。その結果、従来のものの40分の1の量で、高い治療効果を示し、毒性を認めないことを明らかにした。病理学的解析からもコントロール群と差は認められず、安全なLDL-C低下薬となりうる可能性が示唆された。 - 動脈硬化モデルマウスにおける動脈硬化のイメージング
薬効評価や遺伝子改変マウスの病態解析のために、CTや超音波を用いて動脈硬化のイメージングと病理組織学的解析を行っている。本年度は、CT計測値と生体内の実際の脂肪量が良い相関を示すことを示した。また、動脈硬化病変の石灰化の定量に成功し、非侵襲的に継時的なfollow-upにおいて有用な解析手法の一つと考えられた。 - 遺伝子改変マウスを用いたニューロメジンU(NMU)の脂質代謝及び炎症との関わりに関する研究
NMU の脂質代謝における役割を明らかにするため、Apoe-/-Nmu-/- マウスを作製し、病態解析を行った。Apoe-/-Nmu-/- マウスでは、Apoe-/- マウスに比較して、血清脂質の顕著な上昇が認められたが、動脈硬化性病変の進展に差は認められなかった。一方、Ldlr-/-Nmu-/-マウスでは、Ldlr-/- マウスに比し、体重増加、血清 LDL-C 値の上昇及び早期の動脈硬化の促進が認められた。Nmu-/- マウスは、高コレステロール食負荷により、WT に比較して重度の脂肪性肝炎が誘発された。 - 高比重リポ蛋白(HDL)の機能に関する臨床研究
善玉リポ蛋白と考えられているHDLの機能のうち、マクロファージからのコレステロール引き抜き能や抗酸化力のアッセイを確立した。現在、予防検診部、心臓血管内科、脳神経内科、動脈硬化・糖尿病内科、小児科との共同研究を進めており、HDL機能が新しいリスクマーカーおよび治療ターゲットとなりうるかについて検討を進めている。FHにおけるHDL機能として新たに抗酸化能がコレステロール引き抜き能とは独立した残余リスクマーカーであることを見出した(ESC2017)。 - 間葉系幹細胞培養上清(MSC-CM)を用いた新規動脈硬化性疾患予防及び治療法の開発
MSC-CMの抗動脈硬化作用機序について検証した。高脂肪食を負荷した Ldlr-/-マウスに MSC-CM を血中投与したところ、対照群と比較して大動脈血管壁における接着関連分子の発現が有意に低下しており、このことが血管壁へのマクロファージの浸潤および動脈硬化巣の進展の抑制に繋がることが示唆された。さらにin vitroの試験において、MSC-CM中の分泌蛋白質およびエクソソームの両者が、炎症刺激下の血管内皮細胞におけるMAPK経路、NFκB経路の活性化を阻害することで接着関連分子の発現亢進を抑制することが明らかとなった。 - アンチセンス核酸の活性向上を目的とした単量体型GalNAc技術の開発
本年度は昨年度に作製した単量体型GalNAcユニットの化学構造や、切断を効率化するリンカー構造を最適化することでアンチセンス分子の更なる活性向上を目指した。GalNAcリンカーの立体的嵩高さや糖までのリンカーの長さ、さらには立体的配向性を改変した場合においても非常に高いApob mRNAの抑制効果や血中総コレステロール値低下効果及び優れた肝臓移行能を示すことを明らかとした。 - アンチセンス核酸におけるコンジュゲート分子の最適化
アンチセンス分子の肝移行性を高めることで知られるコレステロール修飾に関して、生体内で切断を受け修飾部位の分離が可能である構造を加えることでコレステロール修飾型アンチセンス(chol-ASO)の肝臓における薬効への影響を評価した。通常のchol-ASOでは標的mRNAの抑制が全く見られなかったのに対し,切断可能な構造を有するchol-ASOでは同用量で97%の抑制が見られた。また、chol-ASOは腹腔内マクロファージへの移行性が向上することも明らかにした。 - コレステロール逆転送活性化を目指したlncRNA標的型人工核酸の開発
HDLのコレステロール逆転送系の活性化を目的として、本過程で必須なタンパク質であるABCA1の発現に関わるlong non-coding RNA(lncRNA)標的型人工核酸の開発に着手した。これまでにABCA1 mRNAをコードする相補鎖から転写されlncRNAがABCA1の発現に関わる可能性を見出しており、これを標的とした人工核酸を40種設計した。それらをマウスのマクロファージ様細胞株に導入すると、数種の人工核酸でABCA1をmRNA及びタンパク質レベルで増加することに成功した。 - Glucagon-like peptide-1受容体作動薬が血清 LDL-コレステロール値に及ぼす影響についての検討
2型糖尿病 (T2D) 治療薬 Glucagon-like peptide-1 受容体作動薬 (GLP-1RA) の LDL-C 値に及ぼす影響とその機序について検討している。動物実験では、GLP-1RA 投与により、肝臓の LDLR 蛋白質の発現が増加し、血清 LDL-C 値が低下した。T2D患者では、GLP-1RA 投与により血清 LDL-C 値は低下するが、その作用は体重減少に加え、LDLR 蛋白質の発現増加作用も関与することが示唆された。
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