国立循環器病研究センターでは、血液製剤の約90%が心臓血管外科手術で使用されています。大動脈瘤破裂などによる大量出血や長時間人工心肺管理などによって急性消費性、希釈性凝固障害をきたす症例も少なくなく、大量輸血が必要な症例にしばしば遭遇します。これら症例における早期止血の達成、輸血量減少の方策を確立することは、予後改善や血液製剤の有効利用につながります。そのため、大量出血症例に対する最適な輸血療法の確立を目指した研究を継続しています。2016 年は、日本医療研究開発機構(AMED)委託研究費の「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン作成に関する研究」の研究代表者として、関連学会と連携しながら、科学的根拠に基づいた大量出血症例に対する輸血治療ガイドライン策定を目指し、研究を続けています。1995年以降に報告された関連する論文を抽出し、定性的ならびに定量的systematic reviewを実施し、エビデンス総体の抽出を行うことで、エビデンスの強さ、推奨度を決定する研究をつづけています。さらに、本邦における医療実態にも配慮し、関連学会の外部評価などを経て、最終的な大量出血症例における輸血ガイドライン策定を行う予定です。また、大量出血に関連するいくつかの臨床研究も継続して実施しています。
もう一つの重要なテーマであるヘパリン起因性血小板減少症(HIT)について、感度特異度に優れた機能的評価法を確立、運用し、全国的なコンサルテーションに対応するとともに、国立循環器病研究センター倫理委員会承認のもと全国登録調査(HITレジストリ)を継続しています。これは、世界でも最大級のHITに関する大規模臨床データであり、診断基準、治療指針策定のための基礎データとして、解析を進めています。また、近年、HITは、血小板第4因子(PF4)が細菌表面に結合した構造のパターン認識によるinnate immune responseによって誘導される抗体が、細菌をopsonize(オプソニン化)するすることで、白血球による貪食を誘導するという免疫応答の誤誘導による疾患であることが明らかになりつつある。このようなHIT発症メカニズムの解明に関する研究も続けており、それらの成果も併せて、国内のみならず海外に向けて発信しています。
2016年には、主に以下のテーマで研究を行いました。
- 「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン作成に関する研究」
日本医療研究開発機構委託研究費(AMED) 医薬品等規制調和・評価研究事業(研究開発代表者) - 「さらなる適正使用に向けた、血液製剤の使用と輸血療法の実施に関する研究」
AMED委託研究費 医薬品等規制調和・評価研究事業(研究開発分担者) - 「血栓塞栓症合併回避に重点を置いた新たなヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の診断基準、治療指針の確立のための研究」
循環器病研究開発費(主任研究者)
- ヘパリン起因性血小板減少症の免疫学的特異性の解明と、それに基づく的確な診断、治療法の検討
- 科学的エビデンスに基づく大量出血症例に対する輸血ガイドラインの策定
ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は、循環器治療に必須な抗凝固薬であるヘパリン投与を契機とし、PF4に依存した血小板活性化能を持つHIT抗体が誘導され、患者の約半数に血栓塞栓症を合併するという重篤な有害事象である。近年、HITにおけるHIT抗体産生の免疫応答には、marginal zone B cellによると考えられるT cell-independent innate immune responseが関与し、ヘパリン再投与の際のanamnestic responseを欠くなどの免疫学的特異性を有することが、明らかになりつつある。我々は、待機的人工膝関節全置換術患者で、理学的予防法(フットポンプなどの間欠的空気圧迫法)のみによる術後静脈血栓予防治療を受けた患者群でも、ヘパリン投与なしに、15%程度の症例で術後10日目に抗PF4/heparin抗体が検出されることを見出した。また、理学的予防法が抗体産生の独立したリスク因子であり、すでに細菌感染(歯周病など)、組織損傷などを通じて誘導され、immune toleranceの状態にある抗PF4/ヘパリン抗体を産生するB cellを、術後の刺激、炎症などがadditional danger signalとして、再活性化させ、抗PF4/ヘパリン抗体産生に導くことを大規模臨床データにより世界で初めて示した (Blood. 2016;127:1036-1043) 。また、大規模HITレジストリのデータを解析した結果、我々が確立、実施しているHIT抗体検出する機能的測定法が、HIT診断に対し、感度100%、特異度98%と、非常に高いHIT診断確度を持つこと、また、このアッセイで検出されるHIT抗体の血小板活性化能の強さが、HIT患者の血栓塞栓症発症のリスク因子となること、また、予後予測因子となることを明らかにした(Thromb Haemost. 2017;117:127-138)。今後、これらの最新のエビデンスを含めて、最終的にHIT診断基準、治療指針策定につなげていく予定である。
大量出血症例に対する血液製剤使用指針の改定をめざし研究を行っている。患者予後に関わる重要な臨床的課題決定し、関連する論文を網羅的に検索することで、5322論文を抽出し、それらの論文の定性的、定量的systematic reviewを実施し、エビデンス総体を抽出した。最終的に、本邦における輸血療法の独自性にも配慮したガイドラインとして、関連学会と連携、調整しながら、推奨グレードを明示した輸血ガイドラインとして上梓する予定である。また、大血管外科手術におけるフィブリノゲン濃縮製剤の有効性、安全性を検討する治験(国際共同多施設共同プラセボ対象ランダム化比較試験)に貢献し、その結果が報告された(Br J Anaesth. 2016;117(1):41-51)。さらなる本邦におけるエビデンスを構築すべく、いくつかの臨床研究も継続して進めている。
- Bito S, Miyata S, Migita K, Nakamura M, Shinohara K, Sato T, Tonai T, Shimizu M, Shibata Y, Kishi K, Kubota C, Nakahara S, Mori T, Ikeda K, Ota S, Minamizaki T, Yamada S, Shiota N, Kamei M, Motokawa S. Mechanical prophylaxis is a heparin-independent risk for anti-platelet factor 4/heparin antibody formation after orthopedic surgery. Blood. 127, 1036-1043, 2016.
- Maeda T, Takeuchi M, Tachibana K, Nishida T, Kagisaki K, Imanaka H. Steroids Improve Hemodynamics in Infants With Adrenal Insufficiency After Cardiac Surgery. Journal of Cardiothoracic and Vascular Anesthesia. 30, 936-941, 2016.
- Maeda T, Sakurai R, Nakagawa K, Morishima K, Maekawa M, Furumoto K, Kono T, Egawa A, Kubota Y, Kato S, Okamura H, Yoshitani K, Ohnishi Y. Cardiac Resynchronization Therapy-Induced Cardiac Index Increase Measured by Three-Dimensional Echocardiography Can Predict Decreases in Brain Natriuretic Peptide. Journal of Cardiothoracic and Vascular Anesthesia. 30, 599-605, 2016.
- Nagatsuka K, Miyata S, Kada A, Kawamura A, Nakagawara J, Furui E, Takiuchi S, Taomoto K, Kario K, Uchiyama S, Saito K, Naga T, Kitagawa K, Hosomi N, Tanaka K, Kaikita K, Katayama Y, Abumiya T, Nakane H, Wada H, Hattori A, Kimura K, Isshiki T, Nishikawa M, Yamawaki T, Yonemoto N, Okada H, Ogawa H, Minematsu K, Miyata T. Cardiovascular events occur independently of high on-aspirin platelet reactivity and residual COX-1 activity in stable cardiovascular patients. Thrombosis and Haemostasis. 116, 356-368, 2016.
- Nakamori Y, Maeda T, Ohnish Y. Reiterative ventricular fibrillation caused byR-on-T during temporary epicardial pacing:a case report. JA Clinical Reports. 2, 3, 2016.
- Maeda T, Sasabuchi Y, Matsui H, Ohnishi Y, Miyata S, Yasunaga H. Safety of Tranexamic Acid in Pediatric Cardiac Surgery: A Nationwide Database Study. Journal of Cadiothoracic and Vascular Anesthesia. Epub, 2016.
- Hattori K, Maeda T, Masubuchi T, Yoshikawa A, Ebuchi K, Morishima K, Kamei M, Yoshitani K, Ohnishi Y. Accuracy and Trending Ability of the Fourth-Generation FloTrac/Vigileo System in Patients With Low Cardiac Index. Journal of Cadiothoracic and Vascular Anesthesia. Epub, 2016.
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- 宮田 茂樹. 大量出血に対する輸血戦略. Thrombosis Medicine. 6, 11-16, 2016.
- 宮田 茂樹, 前田 琢磨. 免疫学的特異性に基づいたヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の適切な診断と治療. 臨床血液. 57, 322-332, 2016.
- 小川 覚, 宮田 茂樹. フィブリノゲンが止血に果たす役割 -希釈性凝固障害における補充療法-. 日本血栓止血学会誌. 27, 328-338, 2016.
- 乾 恵美, 小宮山 豊, 山原 英樹, 河野 啓子, 前田 琢磨, 宮田 茂樹, 柴原 伸久. Functional assayの陰性化を待ち,ヘパリン再投与が可能になったヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia)既往血液透析の1症例. 日本透析医学会雑誌. 49, 279-283, 2016.
- 宮田 茂樹. フィブリノゲン補充はどのように行うか. 目標値はいくつか?. 麻酔科クリニカルクエスチョン101. 175-176, 2016.
- 宮田 茂樹. massive transfusion protocol(MTP)とはどのようなものか?. 麻酔科クリニカルクエスチョン101. 180-181, 2016.
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