国立循環器病研究センター

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呼吸鎖酵素に隠された阻害機構の解明 〜病原菌特異的な新規抗菌薬の合理的創出を目指して〜

 

 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)分子薬理部の西田優也上級研究員、新谷泰範部長らのグループは、大阪大学、理化学研究所、兵庫県立大学、筑波大学、国立感染症研究所、千葉大学、SPring-8、東邦大学との共同研究により、地球上の生命に広く保存されるエネルギー産生機構を構成する呼吸鎖(注1)酵素に保存されたアロステリック阻害機構(注2)を発見し、その作用機序を解明しました。現在、世界的に薬剤耐性(AMR: Antimicrobial resistance)が広がっており、有効な治療薬がなくなることが現実的脅威となっている病原菌が複数存在します。研究グループは、今回の研究成果を応用し、生命体である細菌にも共通する呼吸鎖酵素を標的とし、既存の抗菌薬が効かないスーパー耐性淋菌に有効な新規抗菌薬の創出に成功しました。
 本研究成果は、2022年12月8日に、国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

■背景

 薬剤耐性病原菌は世界保健における一大脅威であり、薬剤耐性菌を原因とする年間死亡者数は2050年には1000万人を超え、人類の死因のトップになることが予測されています(図1)。2013年以降の世界規模の対策にもかかわらず、急速な感染拡大により特に問題視されている薬剤耐性菌の一つに淋菌があります。現在の日本でも、淋菌感染症は産道感染した新生児が角結膜炎により失明に至るなど、稀ではありますが重篤な症状を引き起こしています。そして、すでに既存の抗菌薬の効果がないスーパー耐性淋菌が世界中で広がっています。
 薬剤耐性病原菌に対抗するには、細胞壁・膜阻害、タンパク質合成阻害など従来の抗菌薬の作用機序とは異なる新規機序に基づく抗菌薬の開発が必須です。しかし、抗菌薬が標的とする重要な生理機能の多くはヒトにも保存されており、基質も共通であるため、基質結合部位(注3)を標的とした抗菌薬は投与されたヒトの細胞への副作用が問題となります。これに対し、タンパク質のアロステリック部位を標的とした阻害薬は高い特異性が期待できますが、標的部位を合理的に特定することが困難であり、創薬手段として実用的な解決策が求められていました。

■研究手法と成果

 本研究の対象は、細胞内部でおこなわれる酸素を使った呼吸において重要な膜タンパク質である呼吸鎖酵素です。研究チームは、ミトコンドリアの呼吸鎖酵素の一つである、シトクロムc酸化酵素(mtCcO)(注4)の新規アロステリック阻害剤を発見し、X線結晶構造解析(注5)を用いてmtCcOとの複合体構造を決定しました。ヒトを含む真核生物のミトコンドリアは、約25億年前に呼吸鎖をもつ細菌を別の細胞がとりこんで細胞内共生を成立させた細胞内小器官です。そのため細菌とヒトの呼吸鎖酵素のコア構造は非常に似ています。しかし、ヒトでは進化の過程で獲得したタンパク質により、コア構造の外側を覆われた構造をしています(図2)。本研究で発見したmtCcOのアロステリック阻害部位はそのコア構造の表面に位置するため、コア構造が共通な細菌の呼吸鎖酵素にも本研究で発見した阻害機構が保存されていることが予想されました。これを利用すると、最初に発見したmtCcOの阻害剤と構造的に似た化合物のなかから、細菌の呼吸鎖酵素の同部位に結合し、酵素機能を阻害する化合物を合理的に選出することが可能となります。加えて、化合物が結合する場所は、ヒト細胞のミトコンドリアでは真核生物だけが持つサブユニットによって覆われることで細菌とは大きく異なることとなり、ヒトには作用せずに、病原菌特異的な抗菌薬の開発に結びつくのではないか、と考えました。
 生化学実験とクライオ電子顕微鏡を用いたタンパク質構造解析、計算化学、分子シミュレーションを集学的に組み合わせて、実際にヒト型呼吸鎖酵素(mtCcO)には作用せず、淋菌標的酵素に特異的なアロステリック阻害剤を合理的に見出しました(図3)。さらに、既存の抗菌薬の効果がないスーパー耐性淋菌に抗菌作用を示す抗生物質となることを示しました。

■今後の展望と課題

 呼吸鎖酵素を含む多くのタンパク質は、細菌型とヒト型とでコア構造が共通でありながら、進化の過程でヒトに特徴的なサブユニットを獲得しています。本研究で示したように、コア構造と追加のサブユニットの境界部分には、酵素活性を調節するようなアロステリック阻害部位が隠されている可能性があり、本研究の成果は抗菌剤の標的となりうる他のタンパク質への応用が期待できます。ヒトへの副作用がない、病原菌特異的なアロステリック抗菌薬の早期開発・複数のパイプラインの創出、そして薬剤耐性の解決の一助となることが期待されます。

図1 薬剤耐性菌による世界の年間死者数は年々急増することが予想され、2050年には現在のガンによる死者数を超え1000万人に達するとされています。 (Tackling Drug-Resistant Infections Globally: final report and recommendations (2016) より改変)

 

図2 ヒト型呼吸鎖酵素(mtCcO)と新規なアロステリック阻害剤との複合体構造を決定しました。mtCcO(左、PDB 7XMB)と病原菌の標的酵素(右、PDB 6FWF)の立体構造を比較すると、コア構造(青色)はとても似ています。本研究で発見したアロステリック阻害部位(赤丸)は、mtCcOでは追加のタンパク質(左図の赤色)で覆われていますが、病原菌では露出していることがわかります。

図3 ヒトでは覆われたアロステリック部位を利用することで、ヒト型呼吸鎖酵素(左)には作用せず淋菌の標的酵素(右)のみを阻害する化合物を発見しました。この化合物は、ヒト細胞には作用せず、薬剤耐性淋菌に抗菌作用を持ちます。(発表論文より改変)

 

注釈

(注1)呼吸鎖    
細菌からヒトまで幅広く生命に保存されている取り込んだ食事源(炭素源)から取り出したエネルギーをATPというエネルギー通貨に変換して使用します。そのために、炭素源から取り出した電子を下図に示す5つのタンパク質酵素複合体を使って酸素まで伝達する呼吸鎖酵素が存在し、生物界に幅広く保存されています。
図4

(注2)アロステリック阻害機構  
酵素反応の阻害機構の一つとして、基質結合部位ではない部位に結合し、タンパク質の形(構造)を変化させ、結果として酵素反応自体を阻害させるアロステリック阻害機構があります。

(注3)基質結合部位  
タンパク質の種類の一つに酵素があります。酵素は標的物質(基質)と結合し(基質結合部位)、化学反応により別の物質へ変換します。従来の医薬品は、基質に似た化合物で基質結合部位をブロックするタイプの阻害剤が多いのですが、呼吸鎖酵素のようにヒトと細菌で同じ基質を使う場合は、ヒト型酵素も阻害する可能性があり、このアプローチは困難となることがあります。

(注4)呼吸鎖複合体IV シトクロムc酸化酵素(mtCcO) 
この呼吸鎖の4番目に位置する酵素がシトクロム酸化酵素でヒトを含む哺乳類ではミトコンドリアに存在します(図4 〇で囲っているもの)

(注5)X線結晶構造解析  
タンパク質を純粋に精製して、濃度をあげると、ある限定的な条件で塩の結晶のように結晶をつくることができます。このタンパク質結晶に高エネルギーX線を照射することで、結晶内部のタンパク質の構造情報を得ることができます。タンパク質構造解析の中心技術の一つです。

■発表論文情報

著者: Yuya Nishida, Sachiko Yanagisawa, Rikuri Morita, Hideki Shigematsu, Kyoko Shinzawa-Itoh, Hitomi Yuki, Satoshi Ogasawara, Ken Shimuta, Takashi Iwamoto, Chisa Nakabayashi, Waka Matsumura, Hisakazu Kato, Chai Gopalasingam,  Takemasa Nagao, Tasneem Qaqorh, Yusuke Takahashi, Satoru Yamazaki, Katsumasa Kamiya, Ryuhei Harada, Nobuhiro Mizuno, Hideyuki Takahashi, Yukihiro Akeda, Makoto Ohnishi, Yoshikazu Ishii, Takashi Kumasaka, Takeshi Murata, Kazumasa Muramoto, Takehiko Tosha, Yoshitsugu Shiro, Teruki Honma, Yasuteru Shigeta, Minoru Kubo, Seiji Takashima, Yasunori Shintani
題名: Identifying antibiotics based on structural differences in the conserved allostery from mitochondrial heme-copper oxidases
掲載誌: Nature communications

■謝辞

 本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
・日本学術振興会 (JSPS)「科学研究費助成事業 (KAKEN)」「酸化的リン酸化酵素群の分子構造機構の解明と創薬展開に向けた基盤研究」、「呼吸鎖酵素の新規アロステリック調節機構の証明と抗菌剤開発への展開」
・科学技術振興機構 (JST)「戦略的創造研究推進事業 (CREST)」「新たなる臓器保護剤の開発に向けたATP産生制御の構造生命科学」
・日本医療研究開発機構 (AMED) 医療分野研究成果展開事業「呼吸鎖を標的とした新規抗結核剤の開発」、難治性疾患実用化研究事業「チトクロムCオキシダーゼを標的としたミトコンドリア病の新規治療薬開発」、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「薬剤耐性淋菌・緑膿菌に有効な新規抗菌剤の開発」

 

報道関係の方からのお問い合わせ

国立循環器病研究センター企画経営部広報企画室
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最終更新日:2022年12月16日

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