脳内には、新たな神経細胞(神経)を創り出す能力を持つ神経幹細胞がある。脳の中で、神経を新たに創り出すことができれば脳の再生に生かせるかもしれない。「てんかん(癲癇)重積」(注、てんかん(痙攣)発作が止まらなくなった状態)や「脳虚血(脳の血流不足)」といった病的状況は脳の中にある神経幹細胞を活性化させ、脳の一部で神経をわずかに増やしていることが最近報告され、世界の注目を浴びた(Parent JM, et al., J Nerurosci., 1997)。しかし、もっと多くの神経を産生させようと、それら(てんかん重積あるいは、脳虚血)刺激を与え続けると脳に損傷を与え、逆に神経の数を減少させてしまう。脳の中にある神経幹細胞を活性化させ、神経を新たに創り出すことのできる安全な刺激はないかと考えた。本研究では、半世紀以上も前に発見されながら、未だにその生体での意義が不明である、脳の中で起こる不思議な現象、“電位の波”に注目した。
脳神経細胞に傷害が及ぶと、細胞外でのカリウム(K+)濃度が上昇し、Spreading depression(拡延性抑制)と呼ばれる“電位の波”が発生する(Leão,A.A.P, J.Neurophysiol.1944)。この脳で生じる“電位の波”とは、局所の細胞で生じた電位変化(細胞内外の電圧の低下)が脳全体へ波紋のように広がり、消えていく現象である。頭部外傷、「てんかん(癲癇)重積発作」や「脳虚血」といった脳へ傷害が生じる時に脳の中で生じている。塩化カリウムを脳に触れさせることで、この現象のみを引き起こすことが可能であり、また、この“電位の波”は、単独に生じさせた場合、脳に対しては無害であることが知られていた。
脳内の一箇所に極微量の塩化カリウムを48時間にわたり持続注入することで “電位の波”を長時間断続的に発生させることができる。この塩化カリウムで生じさせた“電位の波”がラット脳内にある神経幹細胞にいかなる影響を及ぼすかを検討した。局所で生じた“電位の波”は30−40分間隔で断続的に発生し、それぞれの波はゆっくりと脳全体へ広がった。その刺激の12日後には、脳の広範囲に細胞分裂を終えた幼弱な(生まれたばかりの)神経細胞(図)が多数出現していた。すなわち、この“電位の波”単独を意図的に長時間発生させることで、脳の中にある神経幹細胞を活性化させ、幼弱な神経細胞を脳内で多数出現させることが可能であった。(Stroke, 2005;36:1544-1550, Yanamoto H et al.)
「てんかん重積発作」と「脳虚血」に共通の随伴現象である“電位の波”の存在意義は長らく不明であったが、神経幹細胞を活性化させたのは、この随伴現象であった可能性がある。すなわち、脳傷害が生じるような危機的な状況において、傷害された神経の再生を促そうと、脳は“電位の波”を発生させる、と解釈することもできる。現在、塩化カリウム注入以外のさらに安全な方法で“電位の波”を発生させる手段の開発に取り組んでいる。
研究実施部門 病因部、脳血管外科
共同研究施設、洛和会音羽病院基礎科学研究室
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