病態代謝部
研究活動の概要

病態代謝部においては循環器疾患の克服を目的として、重篤な循環器疾患発症の基礎となる脂質代謝異常の発症機序や病態生理を解明すること、さらに動脈硬化症発症や進展へのメカニズムを解明し、有効な治療法の開発に関わる研究を、循環器および代謝内科学、病理学、分子生物学、材料工学、薬学、生化学、細胞生物学などの知識および技術を用いて実施している。

病態代謝部では、特に重篤な循環器疾患を合併する脂質代謝異常症として、家族性高コレステロール血症(FH)を主軸として、臨床研究とそれに基づく診療指針の作成、FHの啓蒙活動による日本人FHの診断率向上、適正な治療法の流布を行ってきた。また、脂質異常症の動脈硬化症発症、進展のメカニズムについて、モデル動物を用いた基礎研究を行い、核酸を用いた新しい治療法の開発に取り組んでいる。

FHについては、臨床的にFHと診断された例についてLDL受容体およびPCSK9遺伝子の解析を行い、解析結果により重症群が選別できることを明らかにした(Ohta et al, J Clin Lipidol. in press)。また小児FHに対するスタチンの治験について、治験調整医師として参画し(Harada-Shiba M et al, JAT, 2016)、小児適応承認に至った。さらに、小児FH診療ガイド作成委員長として、動脈硬化学会と小児科学会による診療指針を作成した。善玉コレステロールとされているHDLの、マクロファージからのコレステロール引き抜き能や抗酸化力のアッセイを確立し、FHにおいてはアキレス腱厚や頚動脈硬化、心血管疾患の存在とHDL機能が関連することを初めて明らかにした (Ogura M, et al. Arteriosclr Thromb Vasc Biol 2016)。Suita Study、心血管イベント患者、糖尿病患者、慢性腎臓病患者などを対象に、HDL機能測定のプロジェクトが進行中である。

FHに対する新しい治療法の開発として、当部では新規架橋型人工核酸医薬の開発を行なっている。当部と大阪大学薬学部との共同研究により従来のアンチセンス核酸の、特異性の低さ、体内での易分解性を克服した架橋型人工核酸(BNA)の開発に成功している。当部では、LDL受容体に対する分解活性を有し、機能上昇変異によりFHを呈するPCSK9遺伝子、およびLDL粒子の主な構成蛋白であるアポリポプロテインB(ApoB)、高TG血症に深く関わり、動脈壁に直接作用して動脈硬化の発症を促すアポリポプロテインCⅢを標的遺伝子として、疾患モデル動物を用いた治療実験を行い、高い効果と安全性を示すことを報告した。

PCSK9遺伝子を標的としたアンチセンスについては、非ヒト霊長類において高い治療効果を示し、ラットを用いた毒性試験を施行中である。また、標的指向性を持ったアンチセンスを開発することにより、より安全でより効果の高いアンチセンスの設計および作製を行っている。

2015年の主な研究成果
  1. 家族性高コレステロール血症(FH)の臨床研究(1)遺伝子解析
    当センターにてフォロー中の FH ヘテロ接合体のうち 269 例の遺伝子解析結果から、LDLR 変異と PCSK9 V4I バリアントの両方を有する患者は、LDLR 変異のみ有する患者に比較して、LDL-C 値が高く、冠動脈疾患の頻度が高いことを明らかにし、論文発表を行った (Ohta N et al. J Clin Lipidol. in press)。これらの結果より、遺伝子解析によって重症患者を選択することができ、予後の改善に大きく寄与できることとなった(6.その他の新聞記事参照)。
  2. 家族性高コレステロール血症(FH)の臨床研究(2)LDLアフェレシス治療効果のメカニズム解析
    FH 患者 3 例の LDL アフェレシス治療後のカラム排液を用いて、LC-MS/MS 解析を行い、3名に共通して 66蛋白質、2名に共通して 41蛋白質が同定された。これらの蛋白質の中から疾患関連蛋白質について検索している。また、閉塞性動脈硬化症患者(ASO)において、LDL アフェレシスの治療効果について検証すること、FH の解析結果と比較することを目的とし、5名の LC-MS/MS 解析を実施中である。ASO患者の予後やLDLアフェレシス治療反応性予測への応用が期待される。
  3. 新規架橋型人工核酸搭載アンチセンス医薬の開発(1)PCSK9
    PCSK9を標的とした核酸医薬の開発を行っており、現在、AMED研究として非臨床試験を施行している。昨年度に配列選択をした開発化合物について、カニクイザルを用いた薬効確認試験及びラットを用いた予備毒性試験を実施した。非ヒト霊長類に対する投与試験は今回が初となったが、顕著な血中PCSK9及びLDLコレステロール低下作用が3週間以上持続し、有用性が示された。
  4. 新規架橋型人工核酸搭載アンチセンス医薬の開発(2)ApoCⅢ
     昨年度までの成果より、抗apoC-IIIアンチセンス分子が優れた高中性脂肪血症の治療薬となることが期待されたため、本年度は臨床化を目指してヒトapoC-IIIに対するアンチセンス分子のスクリーニングを実施した。In silico解析及びマウスを用いた毒性検討試験より、最終的に開発候補となる化合物を2種類の選定に成功した。現在、特許出願準備中である。
  5. 動脈硬化モデルマウスにおける動脈硬化のイメージング
    薬効評価や遺伝子改変マウスの病態解析のために、CTや超音波を用いて動脈硬化のイメージングと病理組織学的解析を行っている。本年度は、CT計測値と生体内の実際の脂肪量が良い相関を示すことを示した。また、CT画像による動脈硬化病変の石灰化の定量に成功した。CT画像による石灰化定量は、非侵襲的に継時的なfollow-upにおいて有用な解析手法の一つと考えられた。
  6. 遺伝子改変マウスを用いたニューロメジンU(NMU)の脂質代謝及び炎症との関わりに関する研究
    NMU の脂質代謝における役割を明らかにするため、Apoe-/-Nmu-/- マウスを作製し、病態解析を行った。Apoe-/-Nmu-/- マウスでは、Apoe-/- マウスに比較して、血清脂質の顕著な上昇が認められたが、動脈硬化性病変の進展に差は認められなかった。一方、Nmu-/- マウスは、高コレステロール食負荷により、肝細胞にコレステロール及びコレステリンが蓄積し、WT に比較して重度の脂肪性肝炎が誘発された。脂肪肝発症、進展についてのNMUの関わりが示唆され、脂肪肝に関わる新しい分子メカニズムの一端が明らかになった。
  7. 高比重リポ蛋白(HDL)の機能に関する臨床研究
    善玉リポ蛋白と考えられているHDLの機能のうち、マクロファージからのコレステロール引き抜き能や抗酸化力のアッセイを確立した。現在、予防検診部、心臓血管内科、脳神経内科、動脈硬化・糖尿病内科との共同研究を進めており、HDL機能が心血管疾患のみならず、種々の疾患における新しいリスクマーカーおよび治療ターゲットとなりうるかについて検討を進めている。FHにおけるHDL機能の重要性についてATVB誌に発表し、プレスリリースを実施した(6.その他の項の新聞記事参照)。
  8. 間葉系幹細胞培養上清(MSC-CM)を用いた新規動脈硬化性疾患予防及び治療法の開発
    高脂肪食を負荷した Ldlr-/-マウスに MSC-CM を血中投与し、MSC-CM の抗動脈硬化作用について検証した。MSC-CM 投与群では対照群と比較して大動脈および大動脈弁における動脈硬化巣の進展および血管壁へのマクロファージの浸潤が有意に低下し、MSC-CMの血中投与が抗動脈硬化作用を示すことが明らかとなった。現在、このメカニズムについて解析を行っている。
  9. アンチセンス核酸の修飾
    肝実質細胞の細胞膜上に豊富に局在する受容体と特異的に結合する糖(GalNAc)を、肝臓ApoBをターゲットとするアンチセンス分子に搭載することで、肝特異的なデリバリーを試みた。構造最適化を行ったGalNAc搭載型アンチセンス分子は非修飾体と比べ4倍もマウス肝組織へ蓄積し、また20分の1にまで投与量を抑えても十分な血清総コレステロール値の低下効果が得られることが明らかとなった。アンチセンスの実用化において、より安全で高い効果を示すアンチセンスの修飾に成功したと言える。
研究業績
  1. Hopkins PN, Defesche J, Fouchier SW, Bruckert E, Luc G, Cariou B, Sjouke B, Leren TP, Harada-Shiba M, Mabuchi H, Rabes JP, Carrie A, van Heyningen C, Carreau V, Farnier M, Teoh YP, Bourbon M, Kawashiri M, Nohara A, Soran H, Marais AD, Tada H, Abifadel M, Boileau C, Chanu B, Katsuda S, Kishimoto I, Lambert G, Makino H, Miyamoto Y, Pichelin M, Yagi K, Yamagishi M, Zair Y, Mellis S, Yancopoulos GD, Stahl N, Mendoza J, Du YL, Hamon S, Krempf M, Swergold GD. Characterization of Autosomal Dominant Hypercholesterolemia Caused by PCSK9 Gain of Function Mutations and Its Specific Treatment With Alirocumab, a PCSK9 Monoclonal Antibody. Circulation: Cardiovascular Genetics. 8, 823-831, 2015.
  2. Hori M, Ishihara M, Yuasa Y, Makino H, Yanagi K, Tamanaha T, Kishimoto I, Kujiraoka T, Hattori H, Harada-Shiba M. Removal of Plasma Mature and Furin-Cleaved Proprotein Convertase Subtilisin/Kexin 9 by Low-Density Lipoprotein-Apheresis in Familial Hypercholesterolemia: Development and Application of a New Assay for PCSK9. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism. 100, E41-E49, 2015.
  3. Ohshima M, Taguchi A, Tsuda H, Sato Y, Yamahara K, Harada-Shiba M, Miyazato M, Ikeda T, Iida H, Tsuji M. Intraperitoneal and intravenous deliveries are not comparable in terms of drug efficacy and cell distribution in neonatal mice with hypoxia ischemia. Brain & Development. 37, 376-386, 2015.
  4. Pang J, Sullivan DR, Harada-Shiba M, Ding PYA, Selvey S, Ali S, Watts GF. Significant gaps in awareness of familial hypercholesterolemia among physicians in selected Asia-Pacific countries: A pilot study. Journal of Clinical Lipidology. 9, 42-48, 2015.
  5. Stefanutti C, D'Alessandri G, Petta A, Harada-Shiba M, Julius U, Soran H, Moriarty PM, Romeo S, Drogari E, Jaeger BR. First on-line survey of an international multidisciplinary working group (MightyMedic) on current practice in diagnosis, therapy and follow-up of dyslipidemias. Atherosclerosis Supplements. 18, 241-250, 2015.
  6. Vallejo-Vaz AJ, Seshasai SRK, Della Cole, Hovingh GK, Kastelein JJP, Mata P, Raal FJ, Santos RD, Soran H, Watts GF, Abifadel M, Aguilar-Salinas CA, Akram A, Alnouri F, Alonso R, Al-Rasadi K, Banach M, Bogsrud MP, Bourbon M, Bruckert E, Car J, Corral P, Descamps O, Dieplinger H, Durst R, Freiberger T, Gaspar IM, Genest J, Harada-Shiba M, Jiang LX, Kayikcioglu M, Lam CSP, Latkovskis G, Laufs U, Liberopoulos E, Nilsson L, Nordestgaard BG, O'Donoghue JM, Sahebkar A, Schunkert H, Shehab A, Stoll M, Su TC, Susekov A, Widen E, Catapano AL, Ray KK. Familial hypercholesterolaemia: A global call to arms. Atherosclerosis. 243, 257-259, 2015.
  7. Yamamoto T, Yahara A, Waki R, Yasuhara H, Wada F, Harada-Shiba M, Obika S. Amido-bridged nucleic acids with small hydrophobic residues enhance hepatic tropism of antisense oligonucleotides in vivo. Organic & Biomolecular Chemistry. 13, 3757-3765, 2015.
  8. Shibata MA, Kusakabe M, Shibata E, Morimoto J, Fujioka S, Harada-Shiba M, Iinuma M. Treatment with Tenascin C Antibody and/or α-Mangostin Reduces Tumor Growth and Lymph Node Metastasis in a Model of Metastatic Mammary Cancer. BAOJ Cancer Research & Therapy, an open access journal. 1, 011, 2015.
  9. 小倉 正恒, 斯波 真理子. 家族性高コレステロール血症ホモ接合体. 難病事典. , 387-390, 2015.
  10. 斯波 真理子. 脂質異常症. 今日の診断指針. 7, 121-124, 2015.
  11. 小倉 正恒, 斯波 真理子. PCSK9阻害薬. 糖尿病診療マスター. 13, 960-962, 2015.
  12. 小倉 正恒, 槇野 久士, 玉那覇 民子, 斯波 真理子. 冠動脈三枝病変を合併した家族性高コレステロール血症ヘテロ接合体高齢初産の1例. The Lipid. 26, 104-108, 2015.
  13. 和田 郁人, 山本 剛史, 斯波 真理子. PCSK9抗体および核酸医薬品. The Lipid. 26, 81-87, 2015.
  14. 小倉 正恒, 斯波 真理子. 常染色体優性遺伝性高コレステロール血症. Pharma Medica. 33, 15-19, 2015.
  15. 槇野 久士, 斯波 真理子. 代謝疾患. 内科. 116, 77-80, 2015.
  16. 小倉 正恒, 斯波 真理子. 家族性高コレステロール血症に対する新しい治療戦略. Medical Science Digest . 41, 14-17, 2015.
  17. 斯波 真理子. なんと三人に一人が、動脈硬化を招く資質異常症!?. 月刊茶の間 初夏号. , 80-81, 2015.
  18. 小倉 正恒, 斯波 真理子. 家族性高コレステロール血症を診る. Heart View. 19, 14-19, 2015.
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