分子生理部
研究活動の概要

分子生理部では、循環器病に関与する疾患関連蛋白質の構造・機能と病態的意義を明らかにする研究を行っており、研究成果を将来の循環器病の新しい予防・診断法、創薬につなげることを目指している。一般的な生理学、生化学、遺伝子工学的手法に加え、疾患モデルマウスの作製と解析を含む多方面からのアプローチによる基盤研究を行っている。近年、疾病の予防・診断・治療に直接つながるような方向性の研究も進展しており、応用を意識した研究の下地はできつつある。たとえば私達の基盤研究から生まれたストレッチ活性化Ca2+透過チャネル(TRPV2)は筋変性疾患の治療標的として有効と考えられ、内外のさまざまな研究費を活用して研究を推進してきた。また、もう一つの柱である心筋のイオン輸送体、Ca2+制御蛋白質およびその制御因子の構造・機能と病態的意義の研究に関しては、分子細胞生理学的技術のほかに、遺伝子改変動物作製や薬理学的実験などの手段を用いて着々と進行している。

2014年の主な研究成果

拡張型心筋症や筋ジストロフィー症などの筋変性疾患に関わるストレッチ活性化Ca2+チャネル(TRPV2)は一つのテーマである。TRPV2は筋変性疾患に伴って形質膜に移行し活性化されるので、1)膜移行を阻害するか、2)チャネル活性そのものを阻害することによって、病態を軽減できると考えられる。TRPV2のN末端ドメインは心筋形質膜移行を阻害することが判明し(特願:2009-186219)そのトランスジェニックマウスを作製してN末端ドメインを過剰発現することでマウス心筋症の病態が改善すること見出した(Cardiovasc. Res. 2013、特許5644026号「TRPV2の部分ペプチド」2014年11月14日登録)。N末端ドメインの過剰発現はジストロフィン複合体異常により発症する心筋症だけでなくアドリアマイシン誘導心筋症または収縮蛋白質異常による心筋症においても心筋細胞形質膜で活性化されているTRPV2を抑制し各々の病態を改善することが明らかになった(Cardiovasc. Res. 2013、薬理学会2014発表、論文執筆中)。一方、チャネル活性を直接阻害するものとして数個の化合物を同定した(特許5667223号「TRPV2阻害剤、疾患の予防又は治療剤、薬剤探索用リード化合物、及び薬剤探索方法」2014年12月19日登録)。またTRPV2蛋白質細胞外側エピトープを認識する抗体作成も試み、TRPV2を特異的に阻害する抗体作成に成功した(特願2010-016760)。これらの化合物及び抗体は筋ジストロフィー筋細胞のストレッチ刺激による筋変性を阻害した(論文執筆中)。さらに阻害剤、阻害抗体の生体内投与によりTRPV2を阻害すると心筋症モデル動物の病態が改善されることが判明した(AHA2014発表及び論文執筆中)。

心疾患発症に関与するイオン制御蛋白質の研究はもう一つのメインテーマである。これまで、ノックアウト(KO)マウスの解析からCa2+結合蛋白質neuronal calcium sensor 1 (NCS-1)がCa2+放出チャネルであるIP3受容体に直接作用することによって未成熟期の心筋収縮および心肥大形成に重要な役割を果たすことを明らかにし(Circ. Res. 2011)、数々の総説にまとめてきた(循環器病研究の進歩2012、 Trends. Cell. Mol. Biol. 2012、Trends. Cardiovasc. Med. 2012、日本小児循環器学会雑誌2014)。今回、NCS-1による心肥大形成のメカニズムをさらに解析し、NCS-1がホルモン刺激による心筋核内Ca2+濃度上昇にも寄与することを見出した。すなわち、IGF-1などの刺激によりNCS-1とIP3受容体の相互作用が増強され、核内へのCa2+放出が増加することにより遺伝子発現が調節され得ることが示唆された(論文revise中、日本生理学会シンポジウム発表 2014、日本生理学会雑誌・表紙掲載 2014)。また、KO心筋は虚血―再灌流障害や代謝・酸化ストレスなどに対し脆弱であるが、詳しい解析から、NCS-1はストレス下で適切な心筋Ca2+レベルを保つことにより主なサバイバル経路であるPI3K/Akt経路を活性化させ、心筋保護的に働くという新たな機能を明らかにした(論文投稿中)。NCS-1のKOマウスにおいて体脂肪増加を伴う顕著な肥満が発症することから、肥満調節における役割についても検討した。代謝ケージを用いた個体レベルでの解析から、食欲・運動量は変わらないが、基礎代謝量がKOマウスで顕著に低下していることがわかった。さらに培養細胞のミトコンドリア機能解析、脂肪組織のメタボローム解析などから、NCS-1は脂肪組織に発現して、基礎代謝および脂肪蓄積の両方を調節することにより肥満を制御するという、Ca2+センサーを介した新たな代謝調節機構の存在が示唆された(論文執筆中)。一方、NCS-1は神経系全域に高発現していることから、神経機能における役割についてKOマウスを用いて検討した。モリス水迷路および生化学的解析から、NCS-1は記憶に重要な神経栄養因子BDNFおよびドパミン分泌に寄与し、空間記憶・学習に重要な役割を担っていることが明らかとなった(論文執筆中)。

NCS-1と同様にCa2+結合蛋白質であるCHP3は心筋細胞に多く発現する機能未知な蛋白質であるが、ラット新生児心筋細胞を用いた実験より、CHP3はAkt-GSK3βシグナルを調節することで心筋細胞肥大の制御に関わる可能性を見出した(論文revise中)。またCHP3欠損マウスの作出にも成功し、その表現型を解析したところ心筋細胞実験で得られた結果と一致した心臓の肥大化傾向が認められた。

他方、心筋のNa+/H+交換輸送体(NHE1)のホルモンによる活性化が心肥大・心不全発症にかかわるCa2+シグナルを惹起するのに充分であり(Circ. Res. 2008)、その活性制御に極めて重要な領域(脂質結合ドメイン)に膜脂質(J. Biol. Chem. 2010)に加えATP(FEBS J. 2013)が結合し活性化に寄与することを明らかにしてきた。NHE1はホルモン以外に高浸透圧などによる機械刺激によって活性化するが、それらの刺激により細胞内で増加するセラミド1-リン酸が脂質結合ドメインに結合することを見いだし、機械的刺激によるNHE1活性化機構の一端を明らかにした(生化学会大会2014発表)。心肥大を引き起こすホルモン、機械的刺激によるNHE1活性化の特異的な阻害が病態改善につながるという観点から、この領域と相互作用する薬物のスクリーニングを行った。その結果、ATPとの競合アッセイによって、NHE1活性化を抑制するstaurosporine等の少数の薬物を見出し、創薬への足掛かりとした(Mol. Pharmacol. 2014)。これらの結果により、NHE1活性化はこの領域の形質膜との脱着に伴う構造変化によって細胞内H+親和性が変化することによって起こることが明らかになった。これまでの成果を総説として発表した(J. Mol. Cell. Cardiol. 2013)。また東工大との共同で、脳の脈絡叢において、pH制御機能を持つトランスポータNBC4の新しいタイプを見出し、その性質を解析した(Biochemical J. 2013)。

研究業績
  1. Kuramoto K, Sakai F, Yoshinori N, Nakamura TY, Wakabayashi S, Kojidani T, Haraguchi T, Hirose F and Osumi T. Deficiency of a Lipid Droplet Protein, Perilipin 5, Suppresses Myocardial Lipid Accumulation, Thereby Preventing Type 1 Diabetes-Induced Heart Malfunction. Molecular and Cellular Biology. 34, 2721-2731, 2014.
  2. Shimada-Shimizu N, Hisamitsu T, Nakamura TY, Hirayama N and Wakabayashi S. Na+/H+ exchanger 1 is regulated via its lipid-interacting domain, which functions as a molecular switch: A pharmacological approach using indolocarbazole compounds. Molecular Pharmacology. 85, 18-28, 2014.
  3. 中村-西谷 友重, 中尾 周, 若林 繁夫. 心筋細胞における核内および細胞質内Ca2+ 制御;とその生理的意義:NCS-1 の役割について. 日本生理学会雑誌. 76, 112-114, 2014.
  4. 西谷(中村) 友重, 若林 繁夫. 幼少期の心機能を制御する新しいCa2+調節タンパク質の発見とその分子機構. 日本小児循環器学会雑誌. 30, 224-231, 2014.
  5. 若林 繁夫. ATP 結合蛋白質としてのNa+/H+ 交換輸送体;NHE1:脂質結合ドメインを介する活性制御. 日本生理学会雑誌. 76, 115-116, 2014.