輸血管理室
研究活動の概要

国立循環器病研究センターでは、血液製剤の90%以上を、心臓血管外科をはじめとする外科手術で使用します。大動脈瘤破裂などによる大量出血や長時間人工心肺管理などによって重度の急性消費性、希釈性凝固障害をきたす症例も少なくなく、いかに早期に止血を図れるかが、患者予後改善や血液製剤の効果的な有効利用につながります。そのために、患者予後改善を目的とした最適な輸血療法の確立を目指した研究を継続しています。2014年は、厚生労働科学研究費の「大量出血症例に対する最適輸血療法の確立に関する研究」の研究代表者として、また、「科学的根拠に基づく輸血ガイドラインの策定等に関する研究」の分担研究者として、大量出血患者、特に大血管外科症例における大量出血に対していかに対応すべきかについて、いくつかの多施設共同研究を実施しました。また、フィブリノゲン濃縮製剤の最適投与法の確立、さらにはその薬事承認に向けて、治験を含めた研究を推進しています。これら結果に基づいた大量出血症例における輸血ガイドライン策定が最終目的です。

もう一つの重要なテーマであるヘパリン起因性血小板減少症(HIT)について、全国的なコンサルテーションに対応するとともに、国立循環器病研究センター倫理委員会承認のもと全国登録調査(HITレジストリ)を継続し、診断基準、治療指針策定のための基礎データを集積すべく、解析を進めています。また、感度、特異度に優れた診断方法を本邦で初めて確立し、運用しています。

2014年には、主に以下のテーマで研究を行いました。

  1. 大量出血症例に対する最適輸血療法の確立に関する研究
    厚生労働科学研究費(医療品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業:研究代表者)
  2. 科学的根拠に基づく輸血ガイドラインの策定等に関する研究
    厚生労働科学研究費(医療品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業)
  3. 血栓症発症抑制を目的とした抗血小板薬の薬効評価法ならびに血栓症を高頻度に合併する疾患群の最適診断法の確立を目指した病院・研究所共同研究 循環器病研究開発費
2014年の主な研究成果
  • ヘパリン起因性血小板減少症の診断基準、治療指針確立のための研究

    ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は、循環器疾患治療に必須な抗凝固薬であるヘパリンが、免疫学的機序により血小板活性化能を持つ抗体(HIT抗体)の産生を惹起することにより、患者の約半数に血栓塞栓症を誘導するという重篤な合併症である。2012年に保険承認された測定法を含め従来の検査法(免疫測定法)は特異度が低く、過剰診断につながることが、海外を含め本邦でも大きな問題となっている。我々は、感度、特に特異度に優れた洗浄血小板を用いた機能的測定法を独自に開発し、HITのより的確な診断につながることを報告した。

    本邦におけるエビデンスに基づいた診断基準、治療指針の基礎データ収集のために、HIT疑い症例の全国登録調査を実施し、すでに全国235施設あまりから520症例を超える症例が登録されている。これらの解析により、Stagedカテーテルインターベンション(PCI)施行患者において2回目以降のPCIが、HIT発症のリスク因子となりうることを明らかにした。

    さらに、HITは、ヘパリン以外のpolyanionの関与により、ヘパリン投与を受けていない患者でも発症しうること(spontaneous HIT syndrome)を報告し、その診断基準を提案するとともに、かなりの患者が見逃されている可能性を指摘した。現在、spontaneous HIT syndrome発症リスク因子について、多施設共同研究の結果をもとに解析している。

    今後、これらの結果に基づき、最終的に本邦における診断基準、治療指針策定につなげていく予定である。

  • 大量出血症例に対するフィブリノゲン製剤を用いた治療法の検討

    大量出血への対応は患者予後に関わる、特に、心臓血管外科手術などにおいて重大な問題となっている。大量出血に伴う凝固障害の主因は、急性低フィブリノゲン血症であることが示唆されている。迅速に、ボリューム負荷をかけずにフィブリノゲンを補充するために、フィブリノゲン濃縮製剤、クリオプレシピテートが主に欧米において薬事承認され、使用されているが、本邦ではいずれの製剤も保険適応がない。フィブリノゲン製剤の安全で効果的な使用方法の確立を目指すとともに、フィブリノゲン製剤の薬事承認を目的とした多施設共同研究、治験(国際共同多施設共同プラセボ対象ランダム化比較試験)を実施した。現在、これら多施設共同研究のデータについて詳細に解析中であり、これらの結果をもとに、大量出血症例に対する最適輸血療法の確立を目指す。

  • 科学的エビデンスに基づく大量出血症例に対する輸血ガイドラインの策定

    厚生労働省策定「血液製剤の使用指針」に対して最新のエビデンスを反映させる大幅な改定を目指した、厚生労働科学研究費研究班が構成されている。その分担研究者として、主に新鮮凍結血漿(フィブリノゲン製剤などの凝固因子製剤を含む)や大量出血症例に対する血液製剤使用指針の改定をめざし研究を行っている。患者予後に関わる重要な臨床的課題(クリニカルクエスチョン:CQ)を抽出し、日本輸血・細胞治療学会の「大量輸血プロトコール検討タスクフォース」委員会の承認を得てガイドラインのもととなるCQを決定した。関連する論文を網羅的に検索(システマティク・レビュー)し、現在、個々の文献の当該CQに対する有用性を評価、要約している。来年度には、エビデンスレベルに基づいた推奨グレードを明示した輸血指針を、関連学会と連携しながら策定する予定である。

研究業績
  1. Maeda T, Noguchi T, Saito S, Yoshioka R, Horibe E, Miyanaga S, Shu Seguchi S, Kanaumi Y, Kawai T, Okazaki H and Miyata S. Impact of heparin-induced thrombocytopenia on acute coronary artery thrombosis in patients undergoing PCI. Thrombosis and Haemostasis. 112, 624-626, 2014.
  2. Maeda T, Yoshitani K, Inatomi Y and Ohnishi Y. Inaccuracy of the FloTrac/Vigileo (TM) System in Patients With Low Cardiac Index. Journal of Cardiothoracic and Vascular Anesthesia. 28, 1521-1526, 2014.
  3. Migita K, Bito S, Nakamura M, Miyata S, Saito M, Kakizaki H, Nakayama Y, Matsusita T, Furuichi I, Sasazaki Y, Tanaka T, Yoshida M, Kaneko H, Abe I, Mine T, Ihara K, Kuratsu S, Saisho K, Miyahara H, Segata T, Nakagawa Y, Kamei M, Torigoshi T and Motokawa S. Venous thromboembolism after total joint arthroplasty: results from a Japanese multicenter cohort study. Arthritis Research & Therapy. 16, R154., 2014.
  4. 宮田 茂樹. ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia:HIT)の治療と予防に関するエビデンスに基づく米国胸部専門医学会(ACCP)ガイドライン第9版. 血栓と循環. 22, 233-236, 2014.
  5. 宮田 茂樹, 前田 琢磨. ヘパリン起因性血小板減少症(HIT). ファーマコナビゲーター DIC編. , 170-181, 2014.
  6. 宮田 茂樹. ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の指針. 救急・集中治療最新ガイドライン 2014-’15. , 53-55, 2014.
  7. 前田 琢磨, 宮田 茂樹. 抗凝固療法ー薬理と周術期管理. 臨床麻酔. 38(増), 399-409, 2014.
  8. 前田 琢磨. 止血戦略におけるフィブリノゲン製剤の役割. Thrombosis medicine. 4, 341-346, 2014.