輸血管理室では、適正で安全な輸血療法、輸血管理システムの確立、運用を心掛けてまいりました。そのために、最適な輸血療法による患者予後改善を目的とした研究を継続しています。2013年は、厚生労働科学研究費の「大量出血症例に対する最適輸血療法の確立に関する研究」の研究代表者として、また、「科学的根拠に基づく輸血ガイドラインの策定等に関する研究」の分担研究者として、大量出血患者、特に大血管外科症例における大量出血に対していかに対応すべきかについて、いくつかの多施設共同研究を実施しました。また、フィブリノゲン濃縮製剤の最適投与法の確立、さらにはその早期薬事承認に向けて、治験を含めた研究を推進しています。これら結果に基づいた大量出血症例における輸血ガイドライン策定が最終目的です。
もう一つの重要なテーマであるヘパリン起因性血小板減少症(HIT)について、全国的なコンサルテーションに対応するとともに、全国登録調査(HITレジストリ)を継続し、診断基準、治療指針策定のための基礎データを集積すべく、解析を進めています。また、感度、特異度に優れた診断方法を本邦で初めて確立し、運用しています。
2013年には、主に以下のテーマで研究を行いました。
- 大量出血症例に対する最適輸血療法の確立に関する研究
厚生労働科学研究費(医療品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業:研究代表者) - 科学的根拠に基づく輸血ガイドラインの策定等に関する研究
厚生労働科学研究費(医療品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業) - 血栓症発症抑制を目的とした抗血小板薬の薬効評価法ならびに血栓症を高頻度に合併する疾患群の最適診断法の確立を目指した病院・研究所共同研究 循環器病研究開発費
○ヘパリン起因性血小板減少症の診断基準、治療指針確立のための研究
ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は、循環器疾患治療に必須な抗凝固薬であるヘパリンが、免疫学的機序により血小板活性化能を持つ抗体(HIT抗体)の産生を惹起することにより、患者の約半数に血栓塞栓症を誘導するという重篤な合併症である。昨年、保険承認された方法を含め従来の検査法(免疫測定法)は特異度が低く、過剰診断が海外を含め本邦でも大きな問題となっている。我々は、特異度の高い洗浄血小板を用いた機能的測定法を開発し、本邦で唯一実施できる医療機関となっている。また、診断基準を策定するために、HIT疑い症例の全国登録調査を実施し、すでに全国200施設あまりから436症例を超える症例が登録されている。これらの解析により、カテーテルインターベンション(PCI)施行患者におけるHIT発症のリスク因子を世界に先駆けて明らかにした。また、従来急性期HIT患者では、血小板輸血は禁忌とされてきたが、それが妥当かどうかについて、詳細な検討を加えている。これら領域に加えて、整形外科領域、心臓血管外科領域(特にHIT既往症例に対する人工心肺手術でのヘパリン再投与の是非について)におけるHITの特性、リスク因子についても解析をすすめており、最終的に本邦における診断基準、治療指針策定につなげていく予定である。また、特異度の高い機能的測定法を一般化すべく研究所と共同研究を進めている。
○大量出血症例に対するフィブリノゲン濃縮製剤を用いた治療法の確立と、その薬事承認を得るための多施設共同研究の実施
大量出血への対応は患者予後に関わる、特に、心臓血管外科手術などにおいて重大な問題となっている。大量出血に伴う凝固障害の主因は、急性低フィブリノゲン血症であることが示唆されている。迅速に、ボリューム負荷をかけずにフィブリノゲンを補充するために、海外において、フィブリノゲン濃縮製剤、クリオプレシピテートが薬事承認され、使用できる国(主に欧米)があるが、本邦ではいずれも保険適応がない。フィブリノゲン製剤の安全で効果的な使用方法の確立を目指すとともに、フィブリノゲン製剤の早期薬事承認を目的とした多施設共同研究、治験(国際共同多施設共同プラセボ対象ランダム化比較試験)を実施している。大量出血症例に対する最適輸血療法の確立を目的としたこれらの研究について、厚生労働科学研究費の研究代表者として貢献している。また、フィブリノゲン製剤の安全性を確認するための多施設共同後ろ向き観察研究の結果により、フィブリノゲン製剤投与が、感染症や血栓症のリスク因子とならない可能性が高いことを確認した。これら研究のデータをもとに、大量出血症例における最適輸血療法を確立することは、大量出血患者の予後改善に貢献するだけでなく、大量の血液製剤輸血を必要とする大量出血患者の早期止血につながり、大幅な血液製剤の使用削減、適正輸血の推進にも貢献できる可能性が高いと考えている。
○「血液製剤の使用指針」(厚生労働省策定)の改訂を目指した多施設共同研究
厚生労働省策定「血液製剤の使用指針」に対して最新のエビデンスを反映させる大幅な改定を目指した、厚生労働科学研究費研究班が発足した。その分担研究者として、主に新鮮凍結血漿(フィブリノゲン製剤などの凝固因子製剤を含む)や外科的出血症例に対する使用指針の改定をめざし研究を開始している。本年度は、患者予後に関わる重要な臨床的課題(クリニカルクエスチョン:CQ)を抽出し、日本輸血・細胞治療学会の「大量輸血プロトコール検討タスクフォース」委員会の承認を得て10個のCQを決定した。今後、それらに関連するエビデンスを網羅的に検索(システマティク・レビュー)するとともに、個々の文献の当該CQに対する有用性を評価、要約することで、各CQに対する診療ガイドラインを策定する。また、エビデンスレベルに基づいた推奨グレードを設定していく予定である。
- Aimoto M, Yamane T, Shiomoto K, Sakamoto C, Nakashima Y, Koh H, Nakane T, Takeoka Y, Hirose A, Nakamae M, Hagihara K, Terada Y, Nakao Y, Nakamae H, Hino M and Miyata S. Refractoriness to platelet transfusion in acute myeloid leukemia correlated with the optical density of anti-platelet factor 4/heparin antibodies. INTERNATIONAL JOURNAL OF HEMATOLOGY. 98, 472-477, 2013.
- 宮田 茂樹, 前田 琢磨. ヘパリン起因性血小板減少症. SRL 宝函. 34, 16-27, 2013.