分子生理部
研究活動の概要

分子生理部では、循環器病に関与する疾患関連蛋白質の構造・機能と病態的意義を明らかにする研究を行っており、研究成果を将来の循環器病の新しい予防・診断法、創薬につなげることを目指している。一般的な生理学、生化学、遺伝子工学的手法に加え、疾患モデルマウスの作製と解析を含む多方面からのアプローチによる基盤研究を行っている。近年、疾病の予防・診断・治療に直接つながるような方向性の研究も進展しており、応用を意識した研究の下地はできつつある。たとえば私達の基盤研究から生まれたストレッチ活性化Ca2+透過チャネル(TRPV2)は筋変性疾患の治療標的として有効と考えられ、内外のさまざまな研究費を活用して研究を推進してきた。また、もう一つの柱である心筋のイオン輸送体、Ca2+制御蛋白質およびその制御因子の構造・機能と病態的意義の研究に関しては、分子細胞生理学的技術のほかに、遺伝子改変動物作製や薬理学的実験などの手段を用いて着々と進行している。

2012年の主な研究成果

拡張型心筋症や筋ジストロフィー症などの筋変性疾患に関わるストレッチ活性化Ca2+チャネル(TRPV2)は一つのテーマである。TRPV2は筋変性疾患に伴って形質膜に移行し活性化されるので、1)膜移行を阻害するか、2)チャネル活性そのものを阻害することによって、病態を軽減できると考えられる。TRPV2のN末端ドメインは内在性TRPV2の心筋形質膜移行を阻害することが判明し(特願:2009-186219)、そのトランスジェニックマウスを作製してN末端ドメインを過剰発現することでマウス心筋症の病態が改善すること見出した(Cardiovascular Res. 2013に発表)。さらに、筋変性を起こした筋細胞膜ではシアル酸含量が著しく低下することを見出し、筋変性診断に応用できる方法を確立した(Muscle & Nerve, 2013に発表)。また、私達が開発した薬物スクリーニングHTS法とリード化合物からTRPV2の複数の阻害薬物を見出し、さらに蛋白質細胞外側エピトープを認識して阻害する抗体を作製した(これらの成果は3件の特許出願に至っている)。化合物や抗体は心筋症モデル動物の病態を改善した。これらTRPV2に関する知見をまとめたReviewおよび著書(査読あり)を発表した(Muscular Dystrophy InTech, 2012; Animal Models of Muscular Dystrophy, 2012)。平成22年度より開始された基盤研プロジェクト「多層的オミックス」において、拡張型心筋症動物のメタボローム解析に参加し、心筋症病態の進行とともに酸化ストレスが増加することを見出した (J. Mol. Cell. Cardiol., 2013に発表)。

心疾患発症に関与するイオン制御蛋白質の研究はもう一つのメインテーマである。昨年度、ノックアウトマウスの解析から、Ca2+結合蛋白質neuronal calcium sensor 1 (NCS-1)がIP3リセプターに直接作用することによって未成熟期の心筋収縮および心肥大形成に重要な役割を果たすことが判明した(Circ. Res. 2011)。これらの結果と最近の知見をまとめたReview(査読あり)を発表した(Trends Cardiovas. Med., 2012; Trends Cell & Mol. Biol., 2012)。12年度はこの研究をさらに進め、NCS-1がストレス下の心筋保護にも重要であることをつきとめた(アメリカ心臓学会AHA発表、論文投稿中)。他方、心筋のNa+/H+交換輸送体(NHE1)の活性化が心肥大・心不全発症にかかわるCa2+シグナルを惹起するのに充分であるというこれまでの結果(Circ. Res. 2008)を踏まえ、NHE1活性化が心肥大に導くシグナル伝達についての研究を行った。NHE1には心肥大シグナル因子であるカルシニュリン(CaN)が直接結合することが判明し、NHE1によって生成する膜直下の局所的なアルカリ化によってCaN/NFAT(NFATは転写因子)シグナルを増幅することを明らかにした(Mol. Cell Biol., 2012)。また、NHE1は細胞内ATP濃度の低下によって著しい活性阻害が起こることが知られ、虚血心筋障害との関連で重要であるが、SF9細胞より精製した蛋白質を用いて、NHE1がATP結合蛋白質であることを見出し、ATP要求性の機構の一端を明らかにした(FEBS J. 2013に発表)。

研究業績
  1. Hisamitsu T., Nakamura T. Y. and Wakabayashi S. Na(+)/H(+) exchanger 1 directly binds to calcineurin A and activates downstream NFAT signaling, leading to cardiomyocyte hypertrophy. Mol Cell Biol 32, 3265-80, 2012.
  2. Kuramoto K., Okamura T., Yamaguchi T., Nakamura T. Y., Wakabayashi S., Morinaga H., Nomura M., Yanase T., Otsu K., Usuda N., Matsumura S., Inoue K., Fushiki T., Kojima Y., Hashimoto T., Sakai F., Hirose F. and Osumi T. Perilipin 5, a lipid droplet-binding protein, protects heart from oxidative burden by sequestering fatty acid from excessive oxidation. J Biol Chem 287, 23852-63, 2012.
  3. Nakamura T. Y. and Wakabayashi S. Role of neuronal calcium sensor-1 in the cardiovascular system. Trends Cardiovasc Med 22, 12-7, 2012.
  4. Nakamura T. Y. and Wakabayashi S. Diverse functions of neuronal calcium sensor-1(NCS-1) in excitable cells. Trends in Cell & Molecular Biology 7, 99-110, 2012.
  5. Iwata Y.and Wakabayashi S. Abnormal Ion Homeostasis and Cell Damage in Muscular Dystrophy. Muscular Dystrophy In Tech Croatia, 143-158, 2012.
  6. Iwata Y.and Wakabayashi S. TRP channel in Drug Discovery vol.II Humana Press Netherlands. Animal Models of Muscular Dystrophy, 457-478, 2012.
  7. 西谷(中村) 友重, 若林 繁夫. 子どもの心臓収縮と心肥大を調節する新しい制御蛋白質 NCS-1. 循環器病研究の進歩 通巻52号 Vol.XXXⅠⅠⅠ, 46-55, 2012.