輸血管理室
研究活動の概要

輸血管理室では、適正で安全な輸血療法、輸血システムの確立、運用を行い、最適な輸血療法による患者予後改善を目的とした研究を継続しています。2012年には、厚生労働科学研究費の「大量出血症例に対する最適輸血療法の確立に関する研究」の研究代表者として、大量出血患者、特に大血管外科症例における大量出血に対していかに対応すべきかについて、いくつかの多施設共同研究を開始しました。もう一つの重要なテーマであるヘパリン起因性血小板減少症について、全国的なコンサルテーションに対応するとともに、全国登録調査(HITレジストリ)を継続し、診断基準、治療指針策定のための基礎データを集積すべく、解析を進めています。また、感度、特異度に優れた新たな診断方法を、本邦で初めて確立しました。加えて、抗血小板療法の最適化について、個別化治療に焦点をあてた研究などについても実施しています。

2011年には、主に以下のテーマで研究を行いました。

  1. 大量出血症例に対する最適輸血療法の確立に関する研究
    厚生労働科学研究費(医療品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究事業:班長)
  2. 血栓症発症抑制を目的とした抗血小板薬の薬効評価法ならびに血栓症を高頻度に合併する疾患群の最適診断法の確立を目指した病院・研究所共同研究
    循環器病研究開発費

2012年の主な研究成果

○ヘパリン起因性血小板減少症の診断基準、治療指針確立のための研究

ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は、抗凝固薬ヘパリン投与が契機となり、HIT抗体の産生が促され、血小板、単球等を活性化させることで、トロンビンの過剰産生を招く疾患である。適切な治療を行わなければ患者の約50%に動静脈血栓症を来し、血栓症による死亡は約5%とされる。従来一般的になされてきたHIT抗体(抗PF4/ヘパリン複合体抗体)測定方法(antigen assay:2012年9月に保険収載)は、感度に優れるものの、特異度が低く、偽陽性が多いため、過剰診断、過剰治療につながり、患者予後を損ねている症例が少なくないと考えられる。その解決のために、我々は、患者が保持している抗体が臨床的に意味を持つ、すなわち血小板活性化能を持つかどうかを検討する感度、特異度に優れた機能的測定法を、本邦で初めて確立した。この方法を用いて、冠動脈インターベンション(PCI)患者での、PCI施行時やその直後に発生した急性冠動脈血栓症へのHITの関与を検討した。結果として、PCIに関連した急性冠動脈血栓症の5.3%から7.4%がHITに関係したものと推定された。また、HIT症例は、すべて、発症10日前から1ヶ月以内にPCIや冠動脈造影検査(CAG)を実施されていた。その際のヘパリン投与によりHIT抗体を保持し、HIT抗体存在下でのPCI時の再度ヘパリン投与により、急速発症型HITとして急性冠動脈血栓症を発症していた。したがって、PCI施行予定患者で、過去10日目から1ヶ月以内に既にPCIやCAGが施行されている患者において、事前のHIT抗体のスクリーニングを行うことで急性冠動脈血栓症の発症抑制につながる可能性が示唆された。

これ以外に、脳卒中領域、血液透析領域、心臓血管外科領域(特にHIT既往症例に対する人工心肺手術でのヘパリン再投与の是非について)におけるHITの特性についても解析をすすめており、最終的に本邦における診断基準、治療指針策定につなげていく予定である。

○大量出血症例に対する最適輸血療法の確立に関する研究

大量出血症例では、初期から凝固障害、血小板数や機能の低下があるにもかかわらず、救命や循環動態改善を優先し、まず、濃厚赤血球製剤輸血や晶質液、人工膠質液の大量投与が行われるため、凝固障害を増悪させている可能性がある。出血性ショックやそれに伴う低体温、アシドーシスなどが、さらに凝固障害、血小板機能異常を増悪させる。本研究班の検討では、この悪循環により、患者予後が悪化する可能性が高いこと、大量出血への迅速な対応が、患者予後改善、血液製剤の有効利用につながることが示唆された。また、従来使用されている新鮮凍結血漿には、正常レベルの凝固因子しか含まれず、大量出血に伴う急性低フィブリノゲン血症を急速に改善させるには不十分となりやすい。また、十分な補充には短時間で大量に輸血する必要があり、循環動態に与える影響や、急性肺障害などに対しての懸念が生じる。迅速に、ボリューム負荷をかけずにフィブリノゲンを補充し、大量出血による急性凝固障害を改善させるためには、フィブリノゲン濃縮製剤やクリオプレシピテートが有効である可能性が高いことが判明した。

本研究班では、さらなるエビデンスを構築するために、フィブリノゲン濃縮製剤やクリオプレシピテートの安全性(血栓症や感染症などの重篤な合併症の増加の有無)を検討する多施設共同後ろ向き観察研究を開始した。また、適応症例、大量出血に伴う急性凝固障害を迅速に把握するための、モニタリング法の確立、フィブリノゲン製剤の最適な投与タイミングやトリガー値、投与量などを検討する多施設共同前向き観察研究を計画している。また、フィブリノゲン濃縮製剤の早期薬事承認を目指した、治験実施に向けた体制を確立し、その早期実施に向けた研究も継続している。

今後、これらの研究結果から、大量出血症例における、急性凝固障害の迅速なモニタリング法ならびにフィブリノゲン製剤の最適トリガー値を明確にし、フィブリノゲン製剤を用いた大量出血症例に対する最適輸血療法を確立することで、患者予後改善、血液製剤の有効利用につなげてゆく予定である。

研究業績
  1. Minakata K., Bando K., Takanashi S., Konishi H., Miyamoto Y., Ueshima K., Sato T., Ueda Y., Okita Y., Masuda I., Okabayashi H., Yaku H., Yasuno S., Muranaka H., Kasahara M., Miyata S., Okamura Y., Nasu M., Tanemoto K., Arinaga K., Hisashi Y., Sakata R. and Investigators Jmap Study. Impact of diabetes mellitus on outcomes in Japanese patients undergoing coronary artery bypass grafting. J Cardiol 59, 275-84, 2012.
  2. Tanimura K., Ebina Y., Sonoyama A., Morita H., Miyata S. and Yamada H. Argatroban therapy for heparin-induced thrombocytopenia during pregnancy in a woman with hereditary antithrombin deficiency. J Obstet Gynaecol Res 38, 749-52, 2012.
  3. 宮田 茂樹. 【日本血栓止血学会学術標準化委員会】 ヘパリン起因性血小板減少症における最新の知見. 日本血栓止血学会誌 23, 362-374, 2012.
  4. 畑山 忠, 西田 剛, 丸山 栄勲, 宮田 茂樹. CHDFを契機としてヘパリン起因性血小板減少症(HIT)を疑い、その後ヘパリンの再投与に成功した1例. 日本透析医学会雑誌 45, 69-72, 2012.
  5. 山本 晴子, 宮田 茂樹. HIT(heparin-induced thrombocytopenia). Clnical Neuroscience 30, 1280-1283, 2012.
  6. 宮田 茂樹, 前田 琢磨. ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)に対する抗血栓療法. 月刊薬事 54, 27-32, 2012.
  7. 宮田 茂樹. ヘパリン起因性血小板減少症. 日本アフェレーシス学会雑誌 31, 41-46, 2012.
  8. 宮田 茂樹. 心肺その他移植. 日本輸血・細胞治療学会認定医制度カリキュラム 日本輸血・細胞治療学会編, 289-291, 2012.
  9. 宮田 茂樹. 心肺バイパス(人工心肺) . 日本輸血・細胞治療学会認定医制度カリキュラム 日本輸血・細胞治療学会編, 177-179, 2012.
  10. 宮田 茂樹. ヘパリン起因性血小板減少症(HIT). 日本臨床 70, 456-459, 2012.
  11. 宮田 茂樹. ヘパリン起因性血小板減少症. 臨床血液 53, 225-235, 2012.
  12. 宮田 茂樹. ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の病態と治療. 臨床透析 28, 1131-1138, 2012.