
3.安全・安心な抗血栓薬の使用を目指した臨床研究:遺伝子情報を用いた個人に適した医療の実現に向けて
約34億塩基対のヒトゲノムには、挿入や欠失、一塩基多型 (single nucleotide polymorphism, SNP) などが多数存在し、こういった遺伝子の多様性がヒトの多くの形質を規定していることが明らかになりつつあります。この遺伝子の多様性は、疾患のかかりやすさ(易罹患性)や薬物に対する効き目・副作用の個々人による違いを説明できる可能性があります。
抗血小板薬アスピリンは、服薬しているにもかかわらず血栓症を再発する患者が見られ、アスピリンが効かない患者群があるかもしれないとの報告があります。抗凝固薬ワルファリンは、日本人は白人に比べ少量でコントロールされるといわれています。最近の研究から、CYP2C9とVKORC1という2つの遺伝子の関与が明らかとなり、白人との用量の違いが遺伝子レベルで説明できるようになってきました。抗血小板薬クロピドグレルを活性化体に変換する酵素CYP2C19は、CYP2C19*2とCYP2C19*3という遺伝子多型が存在し、これらを持つヒトは本薬剤によるADP受容体阻害効果が低下するといった報告があります。薬を正しく用いて血栓症の再発を防ぐために、薬の効き目と遺伝子の研究、ファーマコゲノミクスの研究を進めています。遺伝子変異の頻度は人種により異なる場合がありますので、こういった研究は日本人を対象に研究を進める必要があります。本研究は、国立循環器病研究センター内外の臨床に携わっている多くの先生方と一緒に進めています。
3-1)アスピリン抵抗性の臨床研究:ProGEAR研究
近年、アスピリン投与にもかかわらず血小板機能が効果的に抑制されない患者群がアスピリン投与群の数%から20%以上の割合で存在するとの報告があります。これらの患者群は、アスピリンに感受性を示す患者群と比較して、血栓塞栓症を発症するリスクが高いといわれています。しかし、アスピリン抵抗性の統一された定義ならびにその原因について、未だに明確にされていません。私たちは、脳梗塞ならびに急性冠症候群に対する二次予防としてアスピリン投与を受けている患者群を対象に、アスピリン抵抗性の発症要因、発症頻度、予後ならびに遺伝子背景を明らかにするため、多施設共同前向き観察研究 Profile and Genetic factors of Aspirin Resistance(ProGEAR study)「アスピリンレジスタンスの実態ならびにその遺伝子背景に関する研究」を進めています。本研究は、アスピリン抵抗性の発症要因などを明らかにすることで、個別医療の実現を目指すものです。本研究は、安価なアスピリンの安全・安心な服薬につながり、本研究結果から得られる社会的・経済的効果は著しいと考えています。

3-2)抗凝固薬ワルファリン量の個人差にかかわる遺伝子多型の研究
ワルファリンは、適切な抗凝固を維持する量に個人差があることが広く知られています。このワルファリンの個人差は環境因子と遺伝因子で規定されるのですが、私たちの研究では40%程度がCYP2C9とVKORC1という2つの遺伝子の多型で説明できます。日本人のワルファリン量が白人に比べて少ないのは、VKORC1遺伝子の多型の頻度の違いによることも明らかになりました。こういった研究を背景に、個人に適した医療であるテーラーメード医療の研究を進めています。


主な論文:
- Genetic variations of CYP2C9 in 724 Japanese individuals and their impact on the antihypertensive effects of losartan: Yin et al. Hypertens Res 31, 1549-1557 (2008)
- Genotypes of vitamin K epoxide reductase,γ-glutamyl carboxylase, and cytochrome P450 2C9 as determinants of daily warfarin dose in Japanese patients: Kimura et al. Thromb Res 120, 181-186 (2007)
- Warfarin dose and the pharmacogenomics of CYP2C9 and VKORC1-Rationale and perspectives (review): Yin et al. Thromb Res, 120, 1-10 (2007)
3-3)抗血小板薬クロピドグレルの効き目にかかわる遺伝子
心筋梗塞や脳梗塞の再発抑制には抗血小板薬クロピドグレルが有効であるとのエビデンスが報告されています。クロピドグレルはプロドラッグです。クロピドグレルは活性化体へ変換された後、血小板のADP受容体であるP2Y12のCys97を修飾し、P2Y12が膜脂質ラフトから離れることにより血小板のADP凝集が抑制されます。活性化体への変換はCYP2C19が行っている様であり、CYP2C19活性を消失する遺伝子多型(CYP2C19*2およびCYP2C19*3)保有者はADP凝集の抑制が悪いと報告されています。この両変異は日本人に広く見られます。抗血小板薬の効き目を遺伝子レベルで研究しています。

3-4)遺伝子多型検索による高血圧個別化診療の確立に関する研究
降圧薬の効果ならびに副作用に関与する遺伝子多型を同定し高血圧個別化診療を目指して、降圧薬感受性遺伝子同定のための前向き多施設臨床研究に参加しています。






