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分子病態部

部の業績
2012年業績

2012年の業績

研究活動の概要

分子病態部は4研究室から構成される。病院との連携を密にして循環器疾患の克服に向けた血栓研究と脳循環研究を、タンパク質・遺伝子のレベルから疾患モデル動物を用いた個体レベルまで、幅広い手法を用いて研究している。分子病態部は、1)血栓形成の研究、2)血管壁細胞の研究、3)脳循環代謝研究、を進めている。

血栓形成の研究は、1-1) ADAMTS13の研究を通した血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura, TTP)の研究、1-2) 血小板インテグリンの活性化の研究を通した血小板凝集機構に関する研究、1-3) 非典型溶血性尿毒症症候群に関する研究、1-4) 日本人の静脈血栓塞栓症の研究、1-5) 循環器疾患関連遺伝子の遺伝薬理学研究、1-6) 血栓症に関わる臨床研究、を進めている。TTPは先天性および後天性のADAMTS13活性の著減により発症する。私たちはこれまでに、先天性TTP患者のADAMTS13遺伝子の解析と組み換え発現変異体の解析、日本人に高頻度に見られるADAMTS13 P475S変異の同定、新規高感度迅速ADAMTS13活性測定法の開発と知的所有権の確保、ADAMTS13遺伝子欠損マウスの作製と表現型の解析、ADAMTS13のC末端ドメイン欠如マウスの作成と抗血栓能の解析、ADAMTS13の立体構造決定、先天性TTP患者数の推定などを行ってきた。これらの研究は、難治性疾患に指定されているTTPの病因解明に貢献している。今年度は、ADAMTS13がLys-プラスミノーゲンに結合することを明らかにした。TTPと類似の臨床症状を示す非典型溶血性尿毒症症候群患者10名の遺伝子解析を行い、8名に補体系因子に遺伝子変異を同定した。血小板凝集機構に関する研究では、ゲノム網羅的変異導入の手法を用いて、血小板のインサイドアウトシグナルに関わる因子としてIntegrin-linked kinaseを同定しているが、今年度はIntegrin-linked kinaseがParvinとPinchの三者複合体を形成してインテグリンの活性化に関わることを明らかにした。静脈血栓塞栓症に関する研究として、日本人の静脈血栓塞栓症患者の遺伝子研究を進めてきたが、今年度は英文誌に日本での成績を紹介した。循環器疾患関連遺伝子の研究として、抗血小板薬クロピドグレルの前向き薬理遺伝学研究を進めているが、クロピドグレル服薬患者の遺伝子タイピングが終了し、CYP2C19多型と血小板凝集能およびVASPリン酸化能との間に関連を見いだした。追跡は1年後に終了する。血栓症に関わる臨床研究では、アスピリン服薬にもかかわらず心血管系イベントの発症が見られるアスピリン抵抗性に関する多施設共同前向き研究を行い、イベントの再発は残存血小板凝集能、トロンボキサン代謝産物量、遺伝子多型のいずれも関連を示さないことを明らかにした。

血管壁細胞の研究として、ホモシステインで誘導される遺伝子HerpおよびNdrg1、そのホモログであるNdrg4の研究を行っている。私たちはこれらの遺伝子を血管内皮細胞のホモシステイン処理で誘導される遺伝子として単離した。ホモシステインは側鎖にSH基を持つので、細胞内の小胞体に構造不全タンパク質が蓄積し、細胞は小胞体ストレス状態を起こしていた。小胞体ストレスは虚血、動脈硬化、糖尿病などに広く見られるストレスとして、最近大変注目を浴びている。私たちは、Herp、Ndrg1、Ndrg4の遺伝子欠損マウスを作製しその表現型の研究を通して、小胞体ストレスの研究を進めている。本年度は、小胞体ストレスタンパク質であるDerlinおよびHerpを欠損したマウスの表現型を解析し、臓器による影響の違いや、個体としてのストレス耐性能の低下を明らかにした。

脳循環代謝研究では、記憶力向上、うつ症状改善、過食抑制、糖代謝改善、脳保護作用を有する脳由来神経栄養因子(BDNF)の脳内産生を促進させる医療機器の開発、および、経口摂取可能な物質の探索と同定を行っている。適度な身体活動、脳神経活動、あるいは、持続的な摂食制限が脳内BDNFを増加させ、メタボリックシンドロームを改善し、かつ、脳の機能性を高めることが知られているが、それら既存の手段を用いない脳内BDNF増加手段の開発を目指している。また、クモ膜下出血後に生じる脳血管?縮の病因となる生体防御系カスケードを明らかにした。

2012年の主な研究成果

1)血栓研究

1-1) ADAMTS13の研究を通した血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura, TTP)の研究

私達は、ADAMTS13の蛍光合成基質としてFRETS-VWF73を開発したが、本活性測定法を国内企業へ技術移転することにより本基質が市販され、前年度に続いて特許収入があった。本基質は海外での評価も高く、ADAMTS13測定の世界的なスタンダードになっている。小亀浩市室長はこの一連の研究成果を、XIV Congress of the International Society on Thrombosis and Haemostasisのシンポジウムで「Gene mutation analysis for Upshaw-Schulman syndrome」と題してリバプール市(イギリス)にて講演した。

ADAMTS13は活性型として血中に存在し伸展型となったVWFのみを切断する。ADAMTS13は血中のタンパク質を結合する可能性を考え、結合タンパク質を探索しLys-プラスミノーゲンを同定した。Lys-プラスミノーゲンはプラスミンがGlu-プラスミノーゲンに働いて生成する。本成果はVWFによる血小板血栓と線溶系の関連を示唆する研究である。この成果を原著論文として発表した。

1-2) 血小板インテグリンの活性化の研究を通した血小板凝集機構に関する研究

血小板凝集のメカニズムは動脈閉塞症を理解し、その予防と治療にとって重要である。血小板凝集反応にかかわる因子の単離同定を発現クローニングの手法を用いて進め、血小板インテグリンの活性化を制御する因子としてIntegrin-linked kinase (ILK) を同定した。本年度は、活性化型インテグリン発現CHO細胞、ILK欠損ミュータント細胞を用いて、ILK、PinchおよびParvin複合体とインテグリン機能の解析を行なった。また、他施設との研究を進め1つの原著論文の共同研究者として加わった。

1-3) 非典型溶血性尿毒症症候群(atypical hemolytic uremic syndrome, aHUS)の研究

細小血管障害症を示すaHUS患者の遺伝的背景を解明するため、9家系10名の患者の補体制御因子(6遺伝子)のエキソン領域の塩基配列解析を行い、8名に遺伝子変異を同定することに成功した。本成果を原著論文として発表した。

1-4) 日本人の血栓塞栓症の研究

私達は日本人の約55人に1人に見られるプロテインS K196E変異が静脈血栓塞栓症の遺伝的リスクであることを報告してきた。本変異は白人種には見られないことから、本邦の研究成果を積極的に情報発信する必要がある。そこで、本年度は国際血栓止血学会誌であるJournal of Thrombosis and Haemostasis誌(インパクトファクター、5.7)に日本人の静脈血栓塞栓症におけるプロテインS K196E変異の重要性を紹介した。

1-5) 循環器疾患関連遺伝子の遺伝薬理学研究

抗血小板薬クロピドグレルの効果はCYP2C19遺伝子多型で影響を受ける事が明らかとなっており、日本人は白人種に比べ、CYP2C19遺伝子の変異型保有者は多い。そこで、脳神経内科および外部機関と共同で、クロピドグレル服薬患者のADP惹起血小板凝集能、VASPリン酸化能、CYP2C19遺伝子多型を測定し、2年間の追跡イベントとの関連を調べる研究(Cognac研究)を行っている。今年で、522例の登録を完了し、CYP2C19遺伝子多型のタイピングを終了した。また、クロピドグレルとプロトンポンプ阻害薬の併用患者のイベント発症を追跡する研究(CYCLON研究)を心臓血管内科と進めた。

1-6) 血栓症に関わる臨床研究

医薬基盤研究所の支援を受け進めていたアスピリン抵抗性の研究を継続した。脳梗塞・心筋梗塞の再発予防としてアスピリンを服薬する患者592名を対象に、アスピリンレジスタンスの多施設共同前向き研究のイベント発症と血小板凝集能などのサロゲートマーカー、遺伝子多型(候補遺伝子およびゲノム網羅的遺伝子解析)との関連解析を行った。その結果、アスピリン治療にもかかわらず、血小板機能、COX-1機能が残存している症例が少なからず認められたが、残存血小板機能、残存COX-1機能と、心血管イベント再発には関連性を認めなかった。

妊婦のヘパリン投与のモニター法として、APTT法よりも精度が高いといわれる抗Xa活性測定を、周産期婦人科部、臨床検査部とともに開始した。

経口抗トロンビン薬のモニター法として抗トロンビン活性の測定を、脳内科、臨床検査部とともに開始した。

2)血管壁細胞の研究

血栓・動脈硬化促進因子として知られるホモシステインは、細胞に小胞体ストレスを誘導することから、小胞体ストレスと疾患の観点から研究を進めている。特に、小胞体ストレスにより血管内皮細胞で発現誘導されるNDRG1とHerp、およびその関連因子を中心に解析している。本年度は、HerpおよびDerlinファミリー遺伝子欠損マウスの解析の原著論文が、PLoS One誌に掲載された。また、他施設と共同研究を行い、共著者としてMol. Cell誌の原著論文に参画した。

3)脳循環代謝研究

脳血管攣縮の発生機構の解明に関して、血管壁平滑筋細胞に対する主要な修復・成長因子である血小板由来成長因子(PDGF-BB)の局所産生は、動脈硬化の進展や血管壁の異常な肥厚に関与するが、脳血管に関しては遅発性、かつ、持続的な収縮作用を示すことを明らかとし、同因子の局所での異常産生が、長らくその発生原因が不明であったクモ膜下出血後に生じる脳血管攣縮の主たる成因となり得ることを明らかとした。クモ膜下腔では異物と認識される血管周囲での血腫形成が、凝固系並びに補体系を活性化し、そのことが傷ついた血管の修復を目的とする成長因子の局所産生を促しており、その反応が過剰となった、あるいは、様々な理由によって濃縮、高濃度化された局所において、脳虚血(脳梗塞性病変)を生じさせるほどの持続的、難治性血管収縮を生じさせる、という過去20年以上に渡る、宿主の炎症反応とその後の修復反応に着目した一連の研究成果を一つの英語論文(総説)として取りまとめた。同論文は医学雑誌European Neurologyに採択され、出版された。

脳保護物質の探索に関しては、既存の薬剤(複数)の中に脳内BDNFを増加させる機能の存在を発見し、同物質をあらかじめ内服しておくことでその後に生じる虚血性脳卒中による脳傷害を軽減できることを独自に開発した局所マウス脳虚血モデルを用いて確認した。同研究成果は現在、製薬企業との共同研究、および、論文投稿に向け準備中である。

脳内BDNFの増加作用を有し、認知症等の脳機能低下症状を改善する可能性を有する高電位刺激装置に関しては、人で使用することが可能な試験機器の開発を医療機器メーカーとの共同にてヒト試験用試作機の作成に取り掛かった。

研究業績

  1. Kiyomizu K., Kashiwagi H., Nakazawa T., Tadokoro S., Honda S., Kanakura Y. and Tomiyama Y. Recognition of highly restricted regions in the β-propeller domain of αIIb by platelet-associated anti-αIIbβ3 autoantibodies in primary immune thrombocytopenia. Blood 120, 1499-1509, 2012.
  2. Yokoyama K., Kojima T., Sakata Y., Kawasaki T., Tsuji H., Miyata T., Okamoto S. and Murata M. A survey of the clinical course and management of Japanese patients deficient in natural anticoagulants. Clin Appl Thromb Hemost 18, 506-13, 2012.
  3. Yanamoto H., Kataoka H., Nakajo Y. and Iihara K. The role of the host defense system in the development of cerebral vasospasm: analogies between atherosclerosis and subarachnoid hemorrhage. Eur Neurol 68, 329-343, 2012.
  4. Shin Y., Akiyama M., Kokame K., Soejima K. and Miyata T. Binding of von Willebrand factor cleaving protease ADAMTS13 to Lys-plasmin(ogen). J Biochem 152, 251-8, 2012.
  5. Kita T., Banno F., Yanamoto H., Nakajo Y., Iihara K. and Miyata T. Large infarct and high mortality by cerebral ischemia in mice carrying the factor V Leiden mutation. J Thromb Haemost 10, 1453-5, 2012.
  6. Miyata T., Hamasaki N., Wada H. and Kojima T. More on: racial differences in venous thromboembolism. J Thromb Haemost 10, 319-20, 2012.
  7. Banno F., Nojiri T., Matsumoto S., Kamide K. and Miyata T. RGS2 deficiency in mice does not affect platelet thrombus formation at sites of vascular injury. J Thromb Haemost 10, 309-311, 2012.
  8. Sato T., Sako Y., Sho M., Momohara M., Suico M. A., Shuto T., Nishitoh H., Okiyoneda T., Kokame K., Kaneko M., Taura M., Miyata M., Chosa K., Koga T., Morino-Koga S., Wada I. and Kai H. STT3B-dependent posttranslational N-glycosylation as a surveillance system for secretory protein. Mol Cell 47, 99-110, 2012.
  9. Fujioka M., Nakano T., Hayakawa K., Irie K., Akitake Y., Sakamoto Y., Mishima K., Muroi C., Yonekawa Y., Banno F., Kokame K., Miyata T., Nishio K., Okuchi K., Iwasaki K., Fujiwara M. and Siesjo B. K. ADAMTS13 gene deletion enhances plasma high-mobility group box1 elevation and neuroinflammation in brain ischemia-reperfusion injury. Neurol Sci 33, 1107-15, 2012.
  10. Eura Y., Yanamoto H., Arai Y., Okuda T., Miyata T. and Kokame K. Derlin-1 deficiency is embryonic lethal, Derlin-3 deficiency appears normal, and Herp deficiency is intolerant to glucose load and ischemia in mice. PLoS ONE 7, e34298, 2012.
  11. Doi M., Matsui H., Takeda H., Saito Y., Takeda M., Matsunari Y., Nishio K., Shima M., Banno F., Akiyama M., Kokame K., Miyata T. and Sugimoto M. ADAMTS13 safeguards the myocardium in a mouse model of acute myocardial infarction. Thromb Haemost 108, 1236-8, 2012.
  12. 宮田 敏行, 樋口 由佳. 血栓の病理と病態. Vascular Lab 9, 70-73, 2012.
  13. 宮田 敏行. 血栓性素因の成因と病態. シスメックス学術セミナー 35回, 5-17, 2012.
  14. 小亀 浩市, 宮田 敏行. 【細胞の分子構造と機能-核以外の細胞小器官】 小胞体 小胞体ストレスと循環器疾患. 生体の科学 63, 390-391, 2012.
  15. 宮田 敏行, 松本 雅則. von Willebrand因子とADAMTS13. 内科 110, 87-90, 2012.
  16. 杉本 充彦, 土井 政明, 松井 英人, 宮田 敏行. マウス急性心筋梗塞モデルにおけるADAMTS13の心筋保護作用. 日本血栓止血学会誌 23, 590-593, 2012.
  17. 井本 ひとみ. 虚血に対して保護的作用を示す細胞内タンパク質NDRG4. 日本血栓止血学会誌 23, 399-406, 2012.
  18. 秋山 正志, 平井 秀憲, 宮田 敏行. 凝固・線溶・血小板タンパク質の機能発現機構 プラスミノーゲンの立体構造. 日本血栓止血学会誌 23, 516-519, 2012.
  19. 西村 仁, 平井 秀憲, 宮田 敏行. 凝固・線溶・血小板タンパク質の機能発現機構 凝固XI因子の構造と機能. 日本血栓止血学会誌 23, 594-598, 2012.
  20. 小亀 浩市. 重度高ホモシステイン血症マウスは血栓傾向を示さないというパラドックス. 日本血栓止血学会誌 23, 416, 2012.
  21. 田中 智貴, 神吉 秀明, 山本 晴子, 豊田 一則, 宮田 敏行, 長束 一行. 脳卒中診療医における観血的処置時の抗血栓薬の休薬に関する多施設アンケート調査結果. 脳卒中 34, 147-155, 2012.
  22. 坂野 麻里子, 宮田 敏行. 高ホモシステイン血症. 脳卒中診療 こんなときどうするQ&A , 379-381, 2012.
  23. 宮田 敏行, 長束 一行. 【抗血栓療法と薬の使い方】 抗血栓薬に対する遺伝子多型の影響. 薬事 54, 1133-1137, 2012.
  24. 宮田 敏行, 小亀 浩市, 秋山 正志, 坂野 史明, 中山 大輔, 武田 壮一. 血栓止血学・血管生物学の最近の進歩 ADAMTS13研究の最先端. 臨床血液 53, 672-679, 2012.
  25. 宮田 敏行, 喜多 俊行. 凝固線溶系 内因系凝固反応と血栓症. Annual Review血液 2012, 236-244, 2012.
  26. 宮田 敏行. 【臨床医のための抗凝固薬・抗血小板薬の使い方】 モニタリング 遺伝子多型と抗凝固・抗血小板薬. Modern Physician 32, 749-752, 2012.

最終更新日:2021年10月22日

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