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吉村 紳一(よしむら しんいち)

NCVCレジデントのすゝめ:あの頃を振り返って

岐阜大学 脳神経外科 吉村 紳一

このたび栄えある第一回レジデント・デーの講演を依頼された。飯原部長から直接お電話を頂き、「ぜひ先生にお願いしたい」とのこと。当初、なぜ依頼が来たのか分からなかったが、とにかく私の経歴の中で光り輝く国循での講演!。夢のようなお話である。「この機会を逃したら一生依頼はないかも!」と考え、何とかスケジュールを調整してお引き受けした。その後、ちょっと冷静になって考えた。「歴代の脳外科レジデントの中で、なぜ自分が選ばれたのか?」。そして、ある考えが浮かんだ。「自分の場合はダメレジデントが更生したモデルとしての依頼ではないのか?」。なるほど、それなら良く分かる。なんでも飯原部長と橋本総長のお二人が、「あいつしかいない」と意見が一致したとのこと。そういうことか!。しかしそれもある意味、光栄である。ご期待に応えられるかどうかは分からないが、私のレジデント時代についてみなさんに紹介したいと思う。

岐阜大学からの先任、郭泰彦先生は国循在任中に脳血管攣縮に対する新治療法を開発し、「時の人」になられていた。「後任の自分もいい仕事ができるだろうか」と国循にやって来たが、そんな心配は赴任早々、見事に吹き飛ぶことになった。レジデントに課された主な仕事は術後管理と急患当番。当時レジデントが少なく、毎日のように当番が当たっており、「呼ばれたら30分以内に駆けつけよ」ということであった。従って土地勘のない自分はほとんど遊びに行けず、院内の生活のみとなった。そのせいか明けても暮れても繰り返される関西弁に重度のアレルギーに陥った。カンファレンスも関西弁。テレビをつけても関西弁。親しい友人もおらず、日常業務も失敗ばかり...。そこで考えた。「なにはともあれ、大阪を楽しもう!」。そして自分が取り組んだのは、関西弁をマスターすることであった。まずは「ほんま」の三段活用を習得し、看護婦さん達との猛特訓が始まった...。

最終更新日 2011年09月29日

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