補助人工心臓 (Ventricular Assist System VAS:バス) は、急性あるいは慢性心不全に陥ってしまった心臓の代わりに、血液循環のためのポンプ機能を補う治療用装置です。この装置は心臓のポンプ機能を助け、しかも身体に取りつけることができるほどの大きさなので、装着している患者さんもある程度自由に動き回ることができます。
補助人工心臓を使って、弱った心臓を休ませ、その回復を図ることが可能です。回復が望めない場合には、心臓移植までのつなぎとして利用することもできます。
1. 心臓のしくみと病気
まず初めに基本的な心臓の構造と働きについて、続いて心臓の病気について、お話ししましょう。

- 図1 心臓の構造

- 図2 血液循環
1) 心臓のしくみ
心臓は、全身に血液を循環させるポンプの働きをしています。心臓の内部は、右心房・右心室・左心房・左心室という4つの部屋に分かれています(図1)。
身体の中を流れてきた血液は右心房に集められ、右心室を通ってから肺に送り出されます。肺で酸素を十分に得た血液は再び心臓へと戻ってきて左心房に集められ、左心室から全身へ向けて送り出されます(図2)。
全身のすみずみまで血液を送るために、心臓は心臓自体の筋肉の力でリズミカルに拡張と収縮を繰り返し、勢いよく血液を送り出しています。
人間の身体は血液が運ぶ栄養と酸素を常に必要としています。そのために、心臓は、人間の意思や睡眠とも関係なく、絶え間なく動き続けます。強大な心臓自身のポンプ能力に耐えている上に、人間の長い一生にわたって働き続けることを考えてみると、心臓のそのすばらしい性能に驚かされます。
2) 心臓の働きが悪くなる病気
このように丈夫で働き者の心臓ですが、いつでも万全であるわけではありません。加齢のためやさまざまな病気によって、心臓のポンプ機能が損なわれることもあるのです。
心臓の働きを示す指標に「心拍出量」というものがあります。1分間に心臓が送り出す血液の量のことです。例えると、ちょうど風船を膨らませるときにふーっと吹き込む息の量(強さ)のようなものです。ある程度の息の量と勢いがないと風船は膨らみません。風船の場合、膨らむときの抵抗はゴムの力ですが、心臓では末梢血管の抵抗がこれに当たります。
心臓のポンプとしての働きが悪くなると、この心拍出量が低下します。心拍出量が少なくなると身体中に送られる血液の量が少なくなるので、やがて身体中のさまざまな臓器で血液が足りないため障害が生じます。
その他に、心臓から送り出されるはずだった血液が心臓の中に残っているため、心臓へ戻ってくる血液を取り入れる余裕もなくなります。そうして心臓に戻れなかった余分な血液や水分は身体のあちこちに溜まるため、むくみが生じたり、腹水が溜まったりします。
このような心臓のポンプ機能が悪化したことを「心不全」と呼びます。心不全の原因はさまざまですが、大きく分けて、心臓自体に原因がある場合と心臓以外に原因がある場合の2つに分けられます。
また、心拍出量が低下して心不全に至るまでの経過の速さによって、急性心不全と慢性心不全とに分けられます。
急性心不全は、何らかの理由で急激に心臓の機能が悪化したもので、すぐに身体も非常に危険な状態に陥ります。
その点、慢性心不全は、時には何年も時間をかけて病状が進行していくので、すぐに症状・病気になって現れません。なぜなら、心不全に陥る前の段階では、心臓自身が頑張ることで、低下した心拍出量をある程度まで補うことができるからです。
心臓は収縮するときの力をより強くしたり、収縮の回数を多くしたりして、何とか低下した心拍出量を補おうとします。
しかし、休みなく働いている心臓がさらに頑張り続ければ、いずれは限界がきます。心臓は大きくなるものの、効率よく血液を送り出すことができなくなります。もともとは心臓に原因がなかった場合でも、心臓に負担をかけ続ければ、やがては心臓自体が障害され、はっきりとした症状が現れるようになります。
2. 補助人工心臓(VAS)とは

- 図3 血液ポンプと制御駆動装置
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- 図4
補助人工心臓(以下、VAS)には、ポンプの役割をする血液ポンプを体内に埋め込むタイプ(体内設置型)と、体外に出しているタイプ(体外設置型)があります。体内設置型は電力供給をバッテリーにかえることで数時間制御駆動装置から離れて活動することができ、状況によって外出・外泊ができ退院も可能です。体外設置型は血液ポンプを体内に入れないため、体の小さな人にも装着が可能です。
ここでは、現在主に使用している体外設置型のVASについてお話します。
体外設置型VASは空気により駆動され、ポンプの役割をする「血液ポンプ」と、その機能を適切に調節するための「制御駆動装置」から成ります(図3)。
VASには、左心室の補助を行う左心補助人工心臓(以下、LVAS)、右心室の補助を行う右心補助人工心臓(以下、RVAS)があり、患者さんの心不全の種類によって選択され、左右のVASを必要とする場合もあります。
LVASは、血液ポンプによって、心臓の左心室または左心房から血液を受け取り、大動脈へと送り出す装置です(図4)。
RVASは、右心房から血液を受け取り、肺動脈へと送り出す装置です。
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以下に、VASの治療経過を示してみました。

- VAS治療経過フローチャート
3. VASの適応
実際の医療の現場では、VASの特質を踏まえ、患者さんの状態とあわせて、VASを用いた治療を行うべきかどうかを判断します。
重症の心不全に陥っている場合は、補助循環として、大動脈バルーンパンピング(IABP)や経皮的心肺補助(PCPS)に加え、VASによる治療を積極的に検討します。具体的には以下のような場合が考えられます。
- 重症の急性心筋炎で、心臓の機能が急速に障害された場合
- 薬物治療の効果が認められない重症の不整脈(心室頻拍や心房細動など)の場合
- 心臓手術の後に心臓のポンプ機能が十分に回復しない場合 など
- 心筋症で、心臓のポンプ機能が高度に低下した場合
しかし、全身の多くの臓器に重度の機能障害がある場合(多臓器不全)、血液中や全身での感染症を起こしている場合(敗血症など)、著しく出血しやすい病気、症状の場合には、VASを適応できません。
4. 合併症
VASの合併症には、次のようなものがあります。
1) 血栓塞栓症
血液ポンプは、抗血栓性に優れたポリウレタンを用いています。しかし、ポリウレタンも人体には異物であるために、どうしても血栓ができやすくなります。血栓は血の塊ですから、血流に乗って全身へと運ばれ、臓器の動脈血管をふさいでしまうこともあります。このようにして生じる病気を血栓塞栓症と呼びます。例えば、脳の動脈に詰まれば脳梗塞になります。
2) 出血
血栓ができるのを予防する目的で、血液を固まりにくくする抗凝固薬(ワーファリンや低分子へパリン)と抗血小板療薬(アスピリン等)を併用します。しかし抗凝固療法および抗血小板療法を行っていると出血しやすくなります。このため何らかの原因で出血が起こると血が止まりにくくなります。例えば脳の血管で出血が起きる脳出血では、通常よりも症状が重くなることがあります。
3) 感染症
チューブが身体に挿入されているため、この部分に感染が起こりやすく、いったん感染を起こすと治りにくくなります。
また、挿入部の感染から全身性の感染症を引き起こすことがあり、この場合には重篤な状態になることもあります。
5. 日常生活の留意点
VASを装着する手術を受けた患者さんは、その後の日常生活において幾つか注意すべきことがあります。本項では、体外設置型VASを装着した患者さんの注意点を述べます。

- 血液ポンプの装着位置(LVAS)
1) 装置を扱う際の留意点について
- VASの血液ポンプから体内に入る脱血管および送血管に余分な力がかからないように血液ポンプを保護・固定する布製の袋に入れて、この袋を腰や首にしっかりと固定する。
- VASと制御駆動装置をつないでいる駆動チューブが抜けないように固定する。
- 寝返りなど身体の姿勢を変えるときには、自分で血液ポンプを保護し駆動チューブが引っ張られないようにする。
- 駆動チューブを引っ張ったり折り曲げたりしないようにする。
- 歩行時は駆動チューブが障害物に引っかからないようにする。
- 装置の警告音が鳴ったとき、装置の異常に気がついたときには直ちに医師や看護師などの医療スタッフに知らせる。
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2) 生活習慣における留意点について
VASを使った治療をより効果的にするために、守っていただきたいことがあります。
- 塩分・水分の摂り過ぎは、心臓の負担となるため厳禁です。適量は担当医の指示を受けましょう。
- 1日3回、食後に消毒薬によるうがいをする(感染症の予防のため)。
- 食前やトイレの後に手洗いを励行する(感染症の予防のため)。
- 虫歯の予防を心がける(感染症や出血を防ぐため)。
- 日常生活においてVASの血液ポンプや駆動チューブに強い衝撃を与えないように注意する。
尚、感染症予防のためご家族の方も衛生面でご協力ください。
3) 合併症の早期発見
次のような症状は、VAS治療中に起こりうる合併症の初期症状である可能性があります。これらの症状を自覚したら、直ちに医療スタッフに知らせてください。
- 手足が冷たく感じる・しびれる・力が入らなくなる。
- 頭痛・腹痛、その他の身体の部位が強く痛む。
- ろれつが回らない(言葉がうまく発音できない)。
- 身体がだるい。
- 歯ぐきからの出血や鼻血などで、血がなかなか止まらない。
6. リハビリテーションについて

- 病棟内歩行練習

- 自転車こぎ
VASを装着する手術が終わったら、VASとともに日常の生活を送れるようになることを目標として、リハビリテーションを行うことになります。治療の効果を最大限に生かすために、リハビリテーションはとても大切です。適切なリハビリテーションを根気よく続けることは、回復への何よりの近道となります。
手術を受けた患者さんのリハビリテーションは、まずベッドの上で上半身を起こしたり、負担の少ない動作の訓練から始めます。また、理学療法士など他の人に手足の曲げ伸ばしなどをしてもらって、筋力や運動機能の低下を防ぎます。
順調に回復してきたら、自分で立って病室内を自由に歩けるようにリハビリテーションをすすめます。さらに病棟内を歩いたり、自転車をこいだりするような積極的な運動を順次取り入れていきます。このような適度な運動によって、全身及び心臓の機能の回復を図っていきます。
担当医・理学療法士と相談しながら、焦らずリハビリを続けましょう。
補助人工心臓:VAS リハビリテーションプログラム7. ご家族の方へ
VASによる治療の効果を高め、より安全・安心な療養生活を患者さんに送っていただくためにも、ご家族の協力が必要です。そのため、これまでに述べた注意点を、患者さんとともにご家族の方々にもぜひ理解し、ご協力いただきたいと思います。
VASの取り扱いや守るべき生活習慣を心得られると、患者さんをうまくサポートしてあげられるでしょう。また、合併症の症状について知識があれば、合併症を早期に発見できる可能性が高くなります。早期に異常が発見されれば、いち早く診断・治療も行え、大事に至らずに済む場合もあります。
また、VASにおける治療においては、患者さんの心理的な問題も考えられます。心臓という大事な身体の一部を機械にゆだねなければならない不安、自分の病気がもっと悪くなるのではないかという不安、長期におよぶ治療に必要な費用に関する不安などから、心の状態が不安定になることもあるでしょう。このような患者さんの心の中の悩みに気がついたときには、医療スタッフまでお知らせください。専門家としての知識と経験を備えた医療スタッフは、身体のことだけではなく心の問題についても適切に対応できるよう努めています。
補助人工心臓装着:VAS リハビリテーションプログラム
| ●第1段階 (循環動態安定後) | |
| 安静度 | ベッド上(受動座位60~70度) 90度以上で座ると、送脱血管があるため胸腹部の圧迫感や挿入部痛の原因となる。また、挿入部の傷害を増大させ、感染のリスクとなることや、送脱血管が屈曲し、駆動異常を引き起こすことがあるため注意する必要がある。 |
| 食事・洗面 | 自力可 |
| 清拭 | 全身清拭(介助) |
| 排泄 | ベッド上 |
| 運動 | 自動運動(筋力低下が著しい場合は他動的屈伸運動を行う) |
| 娯楽 | ラジオ・テレビ・新聞・読書可 |
| ●第2段階 (端座位・立位負荷後) | |
| 安静度 | 病室内 |
| 食事 | ベッドサイドで可 |
| 洗面 | 洗面台使用可 |
| 清拭 | 自力可・洗髪介助 |
| 排泄 | ポータブルトイレ使用可(病室内トイレがあれば使用可) |
| 運動 | 自動運動(病室内歩行1日3回、10分歩行練習) |
| ●第3段階 (エルゴメーター20W・5分間負荷試験後) | |
| 運動 | エルゴメーター20W・5分間1日2回 |
| ●第4段階 (100m歩行負荷試験後) | |
| 安静度 | 病棟内歩行可能 |
| 運動 | 100m歩行練習 1日1~3回 エルゴメーター20~25W・5~15分間1日1~2回 |
| ●第5段階 (200m歩行負荷試験後) | |
| 運動 | 200m歩行練習 1日1~3回 エルゴメーター20~25W・5~15分間1日1~2回 |
| ●第6段階 (500m歩行負荷試験後) | |
| 運動 | 500m歩行練習 1日1~3回 エルゴメーター20~25W・5~15分間1日1~2回 |
| ●第7段階 (500m歩行が十分できる段階) | |
| 運動 | 自転車こぎ(心臓リハビリテーション部)週2~3回・20分程度、Borg指数12~13(”ややきつい”)の段階まで行う。 それ以外は、500m歩行練習 1日1~3回 エルゴメーター20~25W・5~15分間1日1~2回 |
2005年3月改定











