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周産期心筋症

周産期(産褥)心筋症とは、心疾患既往のない女性が、妊娠から産褥期に突然心不全を発症し、心エコー上拡張型心筋症に類似した心拡大と心収縮力低下を認める、母体死亡にもつながる重篤な疾患です。

国立循環器病研究センター 周産期・婦人科では、平成21年に厚生労働科学研究の一環として、わが国における臨床像についての全国調査を施行いたしました。 本サイトでは、周産期心筋症についての概要と、平成21年度全国調査結果を掲載いたします。

全国調査にご協力いただいた医療機関、主治医の先生方に深く感謝するとともに、わが国では、まだあまり知られていない本疾患を、できるだけ多くの医療関係の方々に知っていただければ幸いです。

  1. 妊娠出産が循環器系(心臓・血管)に及ぼす変化
  2. 周産期心筋症の診断基準とその病因
  3. 発症頻度
  4. 周産期心筋症の危険因子
  5. 周産期心筋症の臨床所見と検査・診断
  6. 周産期心筋症の治療
  7. 周産期心筋症の予後
  8. 周産期心筋症患者の次回妊娠について
  9. 平成21年度全国調査結果
  10. 参考文献

1. 妊娠出産が循環器系(心臓・血管)に及ぼす変化

(1)循環血漿量の増大

妊娠成立後、循環血漿量は徐々に増加し、平均して非妊時の1.5倍となる。分娩時、心拍出量は8~10L/minを超え、分娩直後には子宮による下大静脈の圧迫が解除され、急激な静脈還流の増大が起こる。妊娠中に増加した循環血漿量のため、分娩後は一過性に容量負荷の状態をきたし、正常化するまでには約4~6週間かかる。このような容量負荷の増大に対して、狭窄性疾患や肺高血圧症、心機能低下症例では心不全の出現や低心拍出量に注意していく必要がある。

(2)血管抵抗の低下

妊娠初期よりエストロゲンなどの影響で全身血管抵抗は低下し、妊娠中期には最低値をとる。このため、妊娠初期~中期には血圧も低下する。また、このような圧負荷軽減により、中等度以下の逆流性疾患やシャント疾患では問題なく妊娠出産を終えることが多い。

(3)凝固能の亢進

妊娠中は凝固因子などが増加し、活性化されるため、血栓・塞栓のリスクが高くなる。深部静脈血栓や肺塞栓の発症、人工機械弁置換術後例では血栓形成による弁機能不全や塞栓症の合併が起きやすいため、綿密な抗凝固・抗血小板療法が必要である。

(4)心拍数の増加

心拍出量の増加は、妊娠初期~中期では主に1回心拍出量の増加により、妊娠中期~後期では心拍数の増加により達成される。妊娠後期には、心拍数は妊娠前の約20%程度まで増加する。心拍数の増加や血漿量の増加に伴う心拡大(心筋伸展)により、不整脈の出現も増加することが多い。

(5)血管壁の脆弱性増加

妊娠中、エストロゲンなどの影響で大動脈壁は中膜の変性をきたし、脆弱性を増す。大動脈拡大を伴うマルファン症候群、大動脈炎症候群や大動脈縮窄症患者では大動脈瘤拡大や大動脈解離のリスクが上昇する。

大多数の妊娠における心循環器系の変化


5週 12週 20週 24週 32週 38週
心拍数 ↑↑↑ ↑↑↑ ↑↑↑ ↑↑↑↑ ↑↑↑↑
収縮期血圧 ↑↑
拡張期血圧 ↓↓ ↑↑
1回拍出量 ↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑
心拍出量 ↑↑ ↑↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑↑↑ ↑↑↑↑↑↑↑
全身血管抵抗 ↓↓ ↓↓↓↓↓ ↓↓↓↓↓↓ ↓↓↓↓↓↓ ↓↓↓↓↓↓ ↓↓↓↓↓
左室駆出率 ↑↑ ↑↑ ↑↑
↑,≦5%; ↑↑, 6-10%; ↑↑↑, 11-15%; ↑↑↑↑, 16-20%; ↑↑↑↑↑, 21-30%; ↑↑↑↑↑↑, >30%; ↑↑↑↑↑↑↑, >40%.


引用文献:Elkayam. U."Pregnancy and cardiovascular disease". Braunwald's haert disease : a text book of cardiovascular medicine. Zipes, DP. et al., eds. Philadelphia. Elsevier Saunders, 2005. 1965-84

2. 周産期心筋症の診断基準とその病因

周産期心筋症とは、心疾患の既往のなかった女性が、妊娠・産褥期に心不全を発症し、拡張型心筋症に類似した病態を示す特異な心筋症である。

その診断基準として、1971年にDemakisらが提唱したものに心機能の項をつけ加えた

  1. 分娩前1ヵ月から分娩後5ヵ月以内に新たに心不全の症状が出現
  2. 心疾患の既往がない
  3. 他に心不全の原因となるものがない
  4. 心エコー上の左心機能低下 (左室駆出率(LVEF) < 45~55%、左室短縮率(%FS) < 30% など)
が広く用いられている1)。ただし、1項の発症時期については、2005年にElkayamらが、分娩前1ヵ月前に心不全を発症した患者群と上記診断基準に合致する患者群で背景・所見・予後に差がないと報告したため 2)、妊娠中もしくは妊娠6ヵ月以降と広く定義する動きもある。

周産期心筋症の病因についてはさまざまな説があり、いまだ原因不明である。病態が拡張型心筋症に類似していることから、妊娠・出産の心負荷により、潜在していた拡張型心筋症が顕在化したものであるという説や、心筋炎であるという説もある。しかしながら、アメリカNIHのworkshop groupにおいて、特発性拡張型心筋症や、心筋炎の発症率よりも高率で妊産褥婦に発症することから、妊娠自体が発症に関与している特別な病態と結論づけられている 3)

以下、病因についてのいくつかの説を取り上げて解説する。

(1)ウイルス感染説

これまでに最も報告が多いのがウイルス性心筋炎説である。妊娠中は免疫反応が低下しており、未感染のウイルスに感染した際に心筋炎を起こしやすく、さらに既感染のウイルスによる炎症再燃も起こりやすい状態であると考えられる。実際に、周産期心筋症の患者の心筋生検標本の病理診断から心筋炎が疑われる確率は、8%~78%と報告されている。報告ごとに確率が大きく異なっているのは、心不全発症から心筋生検施行までの期間の長さの違いや、病理診断でボーダーライン心筋炎と診断された症例も含めるかどうかの違いによるとされる。2005年、Bultmannらは、心筋生検で得られた組織にてウイルスのゲノム解析を施行した結果、周産期心筋症患者の約30%に間質の炎症所見(CD3 +Tリンパ球やCD68+マクロファージの間質浸潤)とPCR法にてウイルス遺伝子を認めたと報告した 4)。一方、そのほかの心筋症患者においても同じく約30%にPCR法にてウイルス遺伝子を認めたが、間質の炎症所見は認めなかった。同報告において、周産期心筋症患者におけるウイルス陽性例と陰性例との間に心機能も含めた母体予後の差はなかった。

(2)異常免疫反応説

これまでに、妊娠中胎児由来の造血細胞のキメラが母体血液中に出現することが知られている。この仮説は、このような胎児由来の細胞が心筋内に生着し、免疫反応が低下している妊娠中には炎症を起こさなかったものが、出産後免疫反応が回復するとともに抗原と認識され、局所的な炎症を引き起こすというものである 5)。これを裏づける報告として、特発性心筋症患者と周産期心筋症患者において、血清中の心筋蛋白に対する自己抗体量を測定したところ、後者で有意に抗体量が多かったというものがある。

(3)妊娠に伴う循環負荷への反応説

妊娠中、循環血液量や心拍出量は増大し、血管抵抗は減少する。このような循環生理の変化に伴い、正常心においても妊娠後期から産褥にかけて一過性に心収縮力が低下することが報告されている 6)。本仮説はこのような変化が過剰となった結果、周産期心筋症を発症するという仮説であるが、これを証拠づける報告はまだない。

(4)内分泌異常説

2007年にHilfiler-Kleinerらが提唱した、異型プロラクチンが心筋を障害し、心筋症を発症させているという説である。彼らは、周産期心筋症モデルマウス(心筋のSTAT3蛋白ノックアウトマウス)において、心筋内酸化ストレスが上昇し、カテプシンDという酵素が産生されていることを示した。そしてカテプシンDが血中のプロラクチンを異型プロラクチンに切断し、この異型プロラクチンが心筋細胞の代謝障害や血管内皮細胞のアポトーシスを引き起こしていることを同定した。さらに、このマウスに抗プロラクチン薬であるブロモクリプチンを投与すると心筋症を発症しないこと、実際の周産期心筋症患者の血清中にも異型プロラクチンが出現していることもあわせて報告した 7)。同年同グループは、周産期心筋症患者2例にブロモクリプチンを投与し、心機能改善したことも症例報告している 8)

3. 発症頻度

1990~2002年のデータベースを使用した、アメリカ全土の人口ベースの発症率調査においては、3,189出産に1例の確率で、周産期心筋症の発症を認めた。興味深いことに、年々発症率が増加してきており、1990~1993年において4,350出産に1例の確率であったのが、2000~2002年では、2,229出産に1例の確率となっている。増加の要因について筆者らは、妊婦の高齢化と多胎妊娠の増加傾向に加えて、医療従事者における疾患認識が向上し診断数も増加したため、と推測している 9)

従来、ハイチやアフリカの一部の国において周産期心筋症を高頻度に認め、黒人に多い傾向があると報告されてきた。実際に、南カリフォルニアでの周産期心筋症発症率を人種別にまとめた報告によると、黒人>アジア人>白人>ヒスパニックの順であり、それぞれ1/1,421出産、1/2,675出産、1/4,075出産、1/9,861出産の発症率であった 10)。このように、人種・国により発症率は大きく異なる。

日本での発症率は、平成21年度に行った全国調査結果では、約2万出産に1例の確率であった。これは、前述の欧米の発症率よりも低い値である。このことには、妊娠年齢における日本人女性の体形や生活習慣病の合併が少ないこと、多くの人が妊婦健診をきちんと受け、妊娠高血圧症などのコントロールができていることなどが関与している可能性がある。しかし、米国においてさまざまな要因により発症率が年々高まっているように、今後日本においても、発症率が増加する可能性は十分にある。

アメリカ全土における周産期心筋症の発症率調査

期間 出生数 周産期心筋症の発症数 周産期心筋症の発症率
(出生数/周産期心筋症の発症数)
2000-2002 12,106,473 5,432 2,229
1996-1998 11,781,864 3,508 3,359
1994-1996 11,743,850 3,601 3,261
1990-1993 16,334,373 3,755 4,350
総計 51,966,560 16,296 3,189
引用文献:Lisa M. Mlelnlczuk, Kathryn Williams, Darryl R. Davis, et al. Frequency of peripartum cardiomyopathy. The American Journal of Cardiology. 2006;97(12):1765-1768 9)

4. 周産期心筋症の危険因子

診断基準を提唱したDemakisらは、多産、高齢、多胎、妊娠高血圧症、黒人を危険因子としている。ほかに、患者群において切迫早産治療や慢性高血圧合併、喫煙などが有意に多いことが指摘されている。

日本においては、平成21年度に行った全国調査結果によると、危険因子として、高齢、多胎、妊娠高血圧症、切迫早産治療、慢性高血圧があげられている。臨床像は欧米と類似しているが、少子化を反映してか、多産婦での発症が多い外国と違い、患者の半数以上が初産婦であった。

各国の周産期心筋症の危険因子調査


ハイチ, 2005
n=98
南アフリカ, 2005
n=100
アメリカ, 2005
n=100
日本,2009
n=102
患者の年齢の平均(SD, range) 31.8
(8.1, 16-51)
31.6
(6.6, 18-45)
30.7
(6.4, 16-43)
32.7
(4.2, 22-43)
患者の妊娠回数の平均(range) 4.3 (1-10) 3 (1-7) 2.6 (1-10) 1.7(1-6)
患者のうち初妊婦の占める割合(%) 24 20 37 55
患者のうち高血圧/
妊娠中毒症のある人の割合(%)
4 2 43 42
患者のうち陣痛抑制薬の使用率(%) 0 9 19 14
患者のうちアフリカ系の人々の占める割合(%) 98 100 19 0
患者のうち双胎の占める割合(%) 6 6 13 15
患者の死亡率(%) 15 15 9 4
引用文献:Karen Sliwa, James Fett, Uri Elkayam. Peripartum cardiomyopathy. Lancet. 2006;368:687-93 を引用改変

5. 周産期心筋症の臨床所見と検査・診断

周産期心筋症とは、現時点では、あくまでも除外診断である。 心不全症状を訴える妊産褥婦が受診した際は、緊急度にもよるが、病歴聴取や血圧、脈拍、聴診などに付け加え、胸部レントゲン、12誘導心電図、心臓超音波検査、血液生化学検査、動脈血ガス分析、必要に応じて心臓カテーテル検査などを行う。とくに、診断基準である左心機能低下をとらえ、心不全の原因を検索するうえで心臓超音波検査は重要である。

心臓カテーテル検査を行う状況としては、以下の通りである。

急性期: 心筋炎や心筋梗塞など他の心疾患も疑われる場合で、カテーテルの侵襲性(とくに妊娠中の場合は胎児への侵襲性も考慮)・リスクよりも、カテーテル検査を行うことで母体が得られるメリットが大きい場合に行う。
慢性期: 低心機能が持続する症例で、血行動態を観察するとともに、心臓生検検査により病理的に診断する目的で行う。

急性心不全時には、診断的価値の高い心臓超音波検査により、以下の所見が得られる。

急性心不全時に認められる心臓超音波異常

測定 異常 臨床的意義
左室駆出率 低下(<50%) 収縮障害
左室機能 収縮低下、異常収縮 心筋梗塞、虚血、心筋症、心筋炎
拡張末期径 増加(>55mm) 容量負荷、心不全の可能性大
収縮末期径 増加(>45mm) 容量負荷、収縮障害の可能性大
左室内径短縮率 低下(<25%) 収縮障害
左房径 増加(>40mm) 充満圧上昇、僧帽弁機能障害
左室壁厚 肥大(>12mm) 高血圧、大動脈弁狭窄、肥大型心筋症
弁機能 狭窄、閉鎖不全 心不全の主因か、二次性か
僧帽弁拡張期血流 流入波形パターンの異常 拡張障害
三尖弁逆流最大速度 増加(3m/sec以上) 肺高血圧の疑い
心膜 液貯留 心膜炎、心タンポナーデ、尿毒症、悪性腫瘍、
全身疾患
大動脈流出路流速時間積分 減少(15cm以下) 低拍出量
下大静脈径 拡大 右房圧上昇、右心不全、肝うっ血
引用文献:2008 European Society of Cardiology Guideline

6. 周産期心筋症の治療

周産期心筋症の治療については、一般的な心不全に対する治療が広く行われている。内服薬としては、ACE阻害薬やβ遮断薬、利尿薬などがある。このうちACE阻害薬は胎児の催奇形性や腎臓に影響を及ぼすため、妊娠中には使用不可である。

重症例は致死的であり、慎重に治療に当たる必要がある。急性期にはカテコラミンを投与し、適切な内科治療とともに、大動脈内バルーンポンプ(intraaortic balloon pump;IABP)や経皮的心肺補助装置(percutaneous cardiopulmonary support;PCPS)を使用する。これらの治療に対し抵抗性の症例では、左心補助人工心臓(Left ventricular assist device;LVAD)を装着し、心臓移植適応となることもある。

IABP(大動脈内バルーンポンプ)
IABP02.jpg
PCPS(経皮的心肺補助装置)
PCPS02.jpg

また、病因の項でも述べたように、抗プロラクチン療法(ブロモクリプチン内服)により治療効果を認めた、との症例報告が散見されるようになり、今後のさらなる結果が期待される。

7. 周産期心筋症の予後

当初Demakisらは、半数は心機能が正常に回復し、半数は心機能低下が残存すると報告した 11)。後者の一部が重症化し、死亡もしくは心移植を受けることとなる。その後、さまざまな国や施設で検討されたが、左室機能が改善する率が7~50%、死亡率が4~80%と、報告ごとに大きく異なっている。

2006年のAmosらの報告によると、発症後平均約4年間の追跡期間で、約6割が心機能改善し、残りの4割が心機能低下し、最重症の1割が心機能増悪して心移植が必要であった。心移植を行うことで、死亡例は1例も認めなかった。左心補助装置や心移植により死亡例がなかったこと、適切な内科治療(対象患者の9割がACE阻害薬、6割がβ遮断薬を内服)により、心機能改善例がこれまでの報告よりも多かったことをあげて、周産期心筋症の予後が改善してきていると結論づけている 12)

一方、同じアメリカでも人口統計ベースの報告では、死因は心不全死に限らないものの、平均4.7年の追跡で約3%の周産期心筋症患者が死亡した。イギリスの母体死亡報告書においても、2003~2005年の3年間に12人の周産期心筋症患者の分娩後1年以内の死亡が報告されている。

これらの報告より、依然、周産期心筋症、とくにその重症例では致死的であり、慎重に治療に当たる必要があると言える。また、予後予測因子として、初診時もしくは発症2ヵ月後の左室駆出率(LVEF)、左室拡張末期径(LVDd)、左室内血栓、人種などがあげられている。

8. 周産期心筋症患者の次回妊娠について

再妊娠による再発率

妊娠・分娩が本疾患の発症・進行に関与していると考えられるため、周産期心筋症既往者の再妊娠には、高いリスクが伴う。

次子を分娩した周産期心筋症既往患者35人を、心筋症発症後の心機能改善群(Group 1:LVEF≧50%)23人と心機能低下群(Group 2:LVEF<50%)12人に分けて解析した結果、次子の妊娠の際に心不全発症例がGroup 1で6人(26%)、Group 2で6人(50%)であった。Group 1で死亡例はなかったが、Group 2では3人(25%)が死亡した(2人が突然死、1人が心不全死)。

一方、児の予後については、Group 1で3人(13%)、Group 2で6人(50%)が早産にいたったが、新生児死亡例はなかった13)

この結果を踏まえ、発病後、慢性期にも心機能低下が持続している症例においては、再妊娠は回避すべきであると考えられる。しかしながら、心機能回復症例においてどう対応するかは、まだ一定した見解のないところである。

周産期心筋症患者の次回妊娠・出産時における母体合併症の発生率


心不全症状の出現 周産期における
20%以上のLVEF低下
再妊娠前と比較し、
最終経過観察時
のLVEF低下
死亡
Group 1 (23人) 6人(26%) 4人(17%) 2人(9%) 0人
Group 2 (12人) 6人(50%) 4人(33%) 5人(42%) 3人(25%)
LVEF:左室駆出率
Group 1:心筋症発症後の心機能改善群: LVEF≧50%
Group 2:心筋症発症後の心機能低下群: LVEF<50%

引用文献:Elkayam U, Tummala PP, Rao K, et al. Maternal and fetal outcomes of subsequent pregnancies in women with peripartum cardiomyopathy. N Engl J Med. 2001;344(21):1567-71.
13)

9. 平成21年度全国調査結果

厚生労働科学研究(子供家庭総合研究事業、難治性疾患克服研究事業)の一環として、平成21年度に全国調査を行った。 なお、この調査に関しては、2008年11月に国立循環器病センターの倫理委員会の承諾を得た。

(1)調査背景

妊娠に関連して発症する周産期心筋症(産褥心筋症)は、わが国における妊産婦死亡の原因として重要な疾患である。しかし、産婦人科から内科への転科症例や、出産後に心不全を発症する症例では、産婦人科を経由しないことなどから、妊産婦死亡として取り扱われず、国内発症数の把握すらされていないのが現状である。

わが国の妊産婦死亡は減少傾向にはあるものの、諸外国の間接産科的死亡率や後発妊産婦死亡率と比較すると、過少評価であると考えられている。実際にレコードリンケージ法を用いた解析では、従来の人口動態統計よりも妊産婦死亡率は上昇し、なかでも心血管病による死亡例が実数の2倍以上にのぼることがわかった。また、国立循環器病研究センターにおいても、設立以来の妊産婦死亡の半数は周産期心筋症の患者であり、このことからも周産期医療において極めて重要な疾患であるといえる。

このような現状を踏まえ、今回周産期心筋症に関して発生状況と臨床像を全国調査することは、その早期診断、治療法の確立に寄与し、最終的に妊産婦死亡を減少させるものと期待されている。

(2)調査方法

全国の周産期専門医認定施設(1,025施設)、循環器専門医認定施設(1,030施設)、救命救急専門医認定施設(431施設)、合計1,478病院、2,486診療科に、インターネット登録によるアンケート調査をお願いした(2009年1月~6月調査施行)。

調査対象患者は下記の診断基準を満たす、2007年1月~2008年12月までの2年間に診療した新規発症例である。

  1. 妊娠中または妊娠終了後5ヵ月以内に新たに心不全の症状が出現、もしくは心エコー上左室機能の低下を認めた症例
  2. 左室駆出率(EF:ejection fraction) < 50%もしくは左室短縮率(%FS:% fractional shortening) < 30%
  3. 他に心不全の原因となるものがない
  4. 心疾患の既往がない

(3)調査結果

最終回答率:73%

症例数: 102例 (重複登録と妊娠初期に心不全を発症した症例を除く)
発症時の平均年齢: 32.7歳 (22-43歳)
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全体では、約2万分娩に1人の発症率であった。30代の発症が多く、人口統計の年齢別出生数を考慮すると、35-39歳では1万分娩に1人と、発症率が最高だった。

経産回数: 初産婦(54%) > 経産婦(44%)

従来、多産が本疾患のリスクと考えられてきたが、少子化の影響か、日本では半数以上が初産婦であることがわかった。

既往歴: 高血圧症 14%、不整脈 5%、糖尿病 3%、喘息 3%、甲状腺機能異常 3%、周産期心筋症既往 2%など

慢性高血圧症は、発症リスクであると考えられる。また、周産期心筋症の既往がある場合も、次回妊娠時の再発リスクは高いと考えられる。

喫煙歴: 22%が喫煙(うち約半数は、妊娠中も喫煙)

喫煙がリスクであるという報告もあるが、現在20-30代の日本人女性の喫煙率は20%弱であり、今回の調査結果では、リスクであるかどうかの判断はできなかった。

妊娠合併症: 多胎 15%
子宮収縮抑制剤使用 14%
妊娠高血圧症 38%
これらは危険因子と考えられる。

発症時期: 妊娠中(30%)<分娩後(66%)

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3割が妊娠中、7割が産後に心不全を発症していた。とくに、分娩時から産褥1週間に3分の1が集中しており、最も危険な時期であると考えられる。

初発症状(重複回答あり)

息切れ 80% 咳 37% 浮腫 37% 倦怠感 24% 動悸 20%
体重増加 16% 意識障害 7% ショック 5% 胸痛 5% 眩暈 2%
頭痛 2% 発熱 1% 致死性不整脈 1% 背部痛 1% けいれん 1%

息切れや浮腫、倦怠感、動悸といった症状は、正常妊婦でも訴える症状であり、その症状が妊娠によるものか、心不全によるものかの判断は難しいといえる。気になるようであれば、早めの医療機関の受診を勧める。

初診医

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初診時所見

      NYHA I 3% II 11% III 24% IV 54% 不明 8%

mean LVDd 56.5mm




mean LVDs 47.9mm




mean %FS 15.8%




mean LVEF 31.6%




mean BNP 1,258pg/ml



母体予後

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母体心機能予後

      平均9.6ヵ月の経過観察期間ののち、

NYHA I 70% II 14% III 1% 不明 15%

mean LVDd 49.0mm



mean LVDs 34.8mm



mean %FS 29.6%



mean LVEF 54.6%



mean BNP 44pg/ml


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心機能低下残存は33%、死亡・移植待機例を含めると約40%だった。

用語説明

NYHA(New York Heart Association)の心機能分類
Class 1: 心疾患があるが、身体活動にはとくに制約がなく、日常労作により症状が出現しないもの
Class 2: 心疾患があり、身体活動が軽度に制約されるもの; 日常労作のうち、比較的強い労作(例えば、階段上昇、坂道歩行など)によって、症状が出現するもの
Class 3: 心疾患があり、身体活動が著しく制約されるもの; 比較的軽い日常労作でも、症状が出現するもの
Class 4: 心疾患があり、安静時においても症状がみられ、労作によりそれらが増強するもの



LVDd/Ds: 左室拡張末期径/収縮末期径
BNP: 脳性ナトリウム利尿ペプチド

10. 参考文献

1) Demakis JG, Rahimtoola SH. Peripartum cardiomyopathy. Circulation. 1971;44(5):964-8.
2) Elkayam U, Akhter MW, Singh H, et al. Pregnancy-associated cardiomyopathy: clinical characteristics and a comparison between early and late presentation. Circulation. 2005;111(16):2050-5.
3) Pearson GD, Veille JC, Rahimtoola S, et al. Peripartum cardiomyopathy: National Heart, Lung, and Blood Institute and Office of Rare Diseases (National Institutes of Health) workshop recommendations and review. Jama. 2000;283(9):1183-8.
4) Bultmann BD, Klingel K, Nabauer M, Wallwiener D, Kandolf R. High prevalence of viral genomes and inflammation in peripartum cardiomyopathy. Am J Obstet Gynecol. 2005;193(2):363-5.
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9) Mielniczuk LM, Williams K, Davis DR, et al. Frequency of peripartum cardiomyopathy. Am J Cardiol. 2006;97(12):1765-8.
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12) Amos AM, Jaber WA, Russell SD. Improved outcomes in peripartum cardiomyopathy with contemporary. Am Heart J. 2006;152(3):509-13.
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14) 神谷 千津子. 周産期心筋症について-最近の知見から-. 心臓, 2009;41(4);395-400.

 

現在、周産期心筋症全国調査事務局では、新たに前向き症例登録調査を行っています。
調査の詳細については、下記登録WEBをご参照ください。
登録WEB:http://www.周産期心筋症.com
ご意見・お問い合わせは、
事務局E-mail:ppcm@ml.ncvc.go.jp

最終更新日 2011年10月31日

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