[72]切らずに頸部の血管を治療
-頸動脈ステント留置術-
国立循環器病センター
脳神経外科
医師 佐藤 徹
私でも受けられるでしょうか
もくじ
はじめに
ひと昔前まで脳血管を直接、治療することが必要になった場合、頭の骨を開けたり、首を切開したりして血管を手術する方法が行われていました。最近はこうした外科手術に加え、患者さんへの身体的負担が少ない「頭を切らずに行える治療」(脳血管内治療)が注目されています。
この治療では、血管を通じて、カテーテルという細いチューブを送り込み、頭や首(頭頸(けい)部)の細くなってしまった血管を広げたり、脳の動脈にできた“こぶ”(動脈瘤(りゅう))の破裂を予防するため“こぶ”の中にプラチナ製の細くてやわらかいコイルを詰めたりしています。頭を切らずに脳血管の治療ができるわけです。
この「循環器病あれこれ」シリーズ第56号で、脳血管内治療を全般的に紹介しました。今回は、首の動脈が狭くなった「頸動脈狭窄(きょうさく)症」の血管内治療である「頸動脈ステント留置術」(Carotid Artery Stenting:この頭文字をとってCAS)に焦点を絞って解説します。
「狭窄」とは狭くなることです。なぜ、頸動脈狭窄症がいま問題なのでしょうか。それに関連して、まず脳卒中の診断法の進歩について説明しておきます。
脳卒中は日本人の死亡原因のトップ3に入っていて、多くの方が罹患(りかん)する可能性のある病気です。脳卒中は、くも膜下出血や脳内出血のように血管からの出血による場合もあれば、脳梗塞(こうそく)に代表されるように脳の血管が詰まる(閉塞する)場合もあります。
最近は、頸動脈エコーと呼ばれる検査や、MRI、MRAなどの検査で、症状がないのに、頸動脈の狭窄や脳動脈瘤が発見される患者さんが増えています。これには、食生活の欧米化や、高齢化社会の到来も関係しているのも事実です。
脳卒中の治療は、それが発生してからでは遅いことが多いのです。
例えば、脳梗塞は血管の中で血栓ができにくくするような薬(抗血小板薬)によって、ある程度予防できます。危険因子である高血圧、糖尿病、脂質異常症は食事療法と薬でコントロールすることが予防につながります。
しかし、このような内科的治療だけでは、コントロールが難しい場合や、不幸にしてくも膜下出血を起こしたり、脳梗塞になってしまったりしたときには、脳血管そのものの修復が必要になる場合もあります。
ですから、頸動脈狭窄症とわかった場合は、脳梗塞を予防するため、狭くなった部分を広げる治療が必要になることがあるのです。
頸動脈が狭くなるのは
高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病、喫煙などで、全身に動脈硬化や動脈の狭窄が起きやすくなります。
脳へ行っている血管でとくに動脈硬化や狭窄が起こりやすいのは、頸動脈(総頸動脈が、脳に向かう内頸動脈と頭部、顔面の筋肉や皮膚に向かう外頸動脈に分かれる分岐部)で、頸動脈狭窄症と呼ばれています。
ここが次第に狭くなると、この部分にできた血栓(血の塊)や、動脈硬化部分の厚くなった血管壁の内部にたまった成分(プラークや粥腫(じゅくしゅ)=脂質が沈着、おかゆ状になったもの)が血管内に飛び散って脳へ流れ込み、手足の麻痺や言語障害をきたすような脳梗塞の原因となります。
狭窄が進むと脳への血流が悪くなり、これが原因で脳梗塞となることもあります。
その治療は
頸動脈狭窄症の治療は、内科的治療と外科的治療があります。
内科的治療には、高血圧症、糖尿病、脂質異常症などの動脈硬化を進める因子のコントロールや、狭窄部分に血栓ができるのを予防するための薬(血液を固まりにくくする抗血小板薬)の内服があります。
外科的治療には、狭くなった部分を広げて血液の流れをよくする外科手術と、今回、説明する血管内治療とがあります。
これまでの研究で、すでに脳梗塞を起こした内頸動脈狭窄症や、偶然発見されたものであっても、狭窄率が中等度(60%)以上の場合は、薬の内服と外科手術(頸動脈内膜剥離(はくり)術)を併用した方が、その後、脳梗塞を起こす確率が減ることがわかっています。
しかし、手術には全身麻酔が必要で、高齢者や、重症の心臓病などの患者さんには負担が大きすぎますし、頸動脈の狭窄が手術の困難な位置にある場合や手術後に血管が再び狭くなった患者さんには、手術に伴うリスクが高いといえます。
風船治療の登場
1990年代以降、頸動脈狭窄症の治療に、心筋梗塞のときカテーテル(管)を使って“風船治療”(経皮的冠動脈形成術)をするのと同じ方法が試みられるようになりました。つまり、血管を通じてゴム風船(バルーン)付きのカテーテルを入れてふくらませて、狭くなった部分を広げ、そこにステントという金属でできた網目状の筒をセットする頸動脈を広げる治療(頸動脈ステント留置術:CAS)です。
治療成績はよく、患者さんへの身体的ストレスが少ないこともあり、急速に普及してきました。
その後、米国を中心とした研究で、狭くなった頸動脈の内膜をはがす手術(頸動脈内膜剥離術)では危険を伴う恐れのある患者さんに、CASをした場合、治療成績は頸動脈内膜剥離術に劣らない、という結果が出ました。そのため日本でも2008年4月から、ようやくCASに健康保険が適用されるようになったわけです。
頸動脈狭窄症と診断されたら
治療法を選ぶために、次のような検査が行われます。
(a)問診
今まで一過性脳虚血発作や脳梗塞を起こしたことがある(症候性)か、起こしたことがない(無症候性)かで治療法が違ってきますので、詳しく病歴を聴くことが必要です。
「症候性」では、再び脳梗塞を起こす確率が高いため、(1)狭窄率が70%以上の場合(2)狭窄率が50~70%であっても、血管の内膜に潰瘍(かいよう)(えぐれた部分)や、はがれるおそれのある「プラーク」(動脈の内面にたまったコレステロールの塊)が発見された場合は、血を固まりにくくする抗血小板薬の投与だけではなく、外科手術(頸動脈内膜剥離術)か、もしくはCASを考える必要があります。
血管壁にたまる「プラーク」のことは、このあとも何度か出てきますのでよく覚えておいてください。
一方、「無症候性」で狭窄率が60%以下の場合、抗血小板薬を服用して、頸動脈エコーや頸部造影CTアンギオグラフィという検査を定期的に受けてもらい、観察します。
狭窄が進行する場合や、何らかの症状が出てきたときは、頸動脈内膜剥離術か、CASを考えます。
(b)頸動脈超音波検査(エコー)
この検査は頸部にプローベ(探触子)という器具を当てるだけで済み、体に負担の少ない方法です。狭窄の発見だけでなく、大まかな狭窄度や、狭窄の形状、狭窄部分を通過する血液の流速(速いほど狭窄が強い)、内膜が厚くなった程度、プラークの性状(柔らかさなど)が判定できます。
<図1>の右側が頸動脈超音波検査でみた狭窄部分です。
石灰化といって血管の壁が石のように固くなっている場合は、正確な判定ができないことがあります。
図1 頸動脈超音波検査
(c)頸部造影CTアンギオグラフィ
これは点滴で造影剤を体内に注入した後に、CTで頸部の血管の状態を描き出す検査で、カテーテルを動脈の中に入れて行う脳血管撮影に比べ、より安全で体への負担も少なく、血管の狭窄度を正確に測れます。石灰化が進んだ状態でも正確な評価ができますが、プラークの性状については他の診断法の方が優れています。
(d)頸部MRI
プラークの状態を調べるのに、もっとも信頼できる検査です。特殊な撮影法によって、出血を何度も繰り返したような不安定なプラークもはっきり描き出すことができ、病変が安定しているかどうかを判断できます。しかし、狭窄の程度は超音波エコーや造影CTアンギオグラフィの方が正確です。
このほか、頭部MRIで脳梗塞の有無を、また心電図、運動負荷心電図、心エコーなどで心機能をチェックしておくことも必要です。
以上の頸動脈狭窄病変の評価や、全身状態のチェックをしたうえで、(1)外科手術(頸動脈内膜剥離術) (2)頸動脈を広げる治療(頸動脈ステント留置術:CAS)(3)内科的治療(抗血小板薬の服用)のどれが適切であるかを検討します。
図2 頸部MRI
頸動脈を広げる治療(CAS)の適応
すでに説明しましたように、米国の研究結果から、外科手術(頸動脈内膜剥離術)の適応だが、それを行うには何らかのリスクを伴う場合にのみ、CASを実施するかどうかを検討することが望ましいことがわかっています。
この研究で対象となったのは、頸動脈の狭窄率が、無症候性の場合80%以上、症候性の場合50%以上の患者さんたちで、日本でもこの狭窄率を適応の基準としています。ですから、狭窄率が低い患者さんは現在、CASの適応ではありません。
頸動脈内膜剥離術に高リスクを伴うと考えられる疾患、状態については<表1>にまとめました。
表1 頸動脈内膜剥離術(CEA)が高リスクとなる場合
次のうち、一つ以上にあてはまるとき
- うっ血性心不全(NYHA class III/IV)、駆出率50%未満の重度左室機能不全
- 過去3か月以内の開胸術
- 過去6か月以内の心筋梗塞
- 不安定狭心症
- 開胸術及び頸動脈血行再建術を要する重度心疾患と頸動脈疾患の合併
- 以下のいずれかに該当する重度肺疾患
- 長期酸素療法、安静時の酸素分圧が60mmHg以下、基準のヘマトクリットが50%以上
- FEV1(1秒量:息を吸えるだけ深く吸い込んでから出来るだけ早く吐いたときの最初の1秒間に吐き出した息の量)またはDLCO(一酸化炭素肺拡散能力)が正常値の50%以下
- 年齢が75歳を超える
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- 対側の頸動脈閉鎖
- 対側の喉頭麻痺
- CEA後の再狭窄
- 頸部手術後
- 放射線治療後の狭窄
- 高位(分岐部第2頸椎)または低位(鎖骨下)頸動脈病変
- 全身麻酔が危険と考えられる
CASを行える施設、医師の基準
CASは、体内にいわば異物を留置する治療です。ですから、効果がすでに証明されている外科手術(頸動脈内膜剥離術)に比べ、安全性で劣るようでは治療として成り立ちません。そのため、この治療を保険適応として承認する際、厳しい実施基準が定められました。
まず、実施施設の基準は<表2>のとおりです。例えば頸動脈狭窄症の患者は虚血性心疾患(心筋梗塞や狭心症)の合併も多いので、循環器内科医と脳卒中専門医の連携がとりやすく、設備の充実した施設に限られています。
また、「CAS実施医」「CAS指導医」という制度も設けられました。
この制度によって、脳血管内治療学会専門医など、頸動脈撮影の経験と、所定の研修コースを修了した医師にのみ、治療の資格が与えられています。
医師の治療レベルを一定以上に保ち、治療成績を維持するのがこの制度の狙いです。
表2 CAS実施施設基準
1.手術室または血管撮影室に適切な血管撮影装置が常設
2.血管内治療を年間20例以上している
3.常時、脳卒中治療医の迅速な対応が得られること
4.循環器科の医師の迅速な対応が得られること
CASはこう行われる
一般的には局所麻酔で行われます。<図3、図4>を見てもらいながら、話を進めます。
足の付け根(大腿動脈)から細い管(カテーテル)を入れ、この管を通じてワイヤーを頸動脈の狭くなった部分へ誘導します<図4の(a)>。
ワイヤーの先端には、「フィルター」(穴あきの傘のようなもの)がついており、これを狭窄部分より脳に近いところにセットします<図4の(b)>(フィルターは、狭窄部分を広げた際に、血管壁のプラークなどが脳内に飛散するのを防ぐ役目をします)。
第2段階として、カテーテルを通じてゴム風船(バルーン)を狭窄部分に誘導し、バルーンをふくらませて狭窄部分を広げておきます<図4の(c)>。
第3段階として、この広がった部分に「ステント」(金属でできた網目状の筒)がおさめられたカテーテルを誘導し、留置してから筒を開きます<図4の(d)(e)>。
拡張が十分でなかった場合には、もう一度バルーンで残った狭窄を広げることもあります<図4の(f)>。
最後に、プラークの破片や血栓などを回収したフィルターを閉じて、体外へ引き抜き、足の付け根から入れていた管を抜いて治療は終了です<図4の(g)>。
「フィルター」や「ステント」の実物はどんなものか。<図5>の左側が開いたフィルターで、右側がステントが開いた場面です。
頸動脈に用いるステントはニッケルとチタンの合金でできています。
多くの場合、治療は1~2時間程度。治療後、数時間、安静にし、数時間後から食事も、歩行も可能です。特に問題なければ治療後3日~1週間以内に退院となります。
治療をすると、<図3>のように、狭くなっていた部分が広くなり、血液が十分流れるようになります。
図3 CASの治療写真
図4 CAS治療の手順
図5 左:開いたフィルター、右:ステントが開いた場面
起こりうる合併症
CASは道具、技術の進歩もあって、10年前に比べ、合併症の起こる率は明らかに減っています。
ただし、率が低いとはいえ、これから説明する、いくつかの起こりうる合併症については知っておいてください。
第一に、管(カテーテル)の中にできた血栓(血の塊)や、厚くなった血管壁の中にあるプラークのかけらなどが血流とともに脳に飛んでしまい、脳梗塞を起こす可能性があげられます。フィルターをセットしても、血栓やプラークのかけらを完全に取り除くことはできないからです。
一般的には、重症の脳梗塞が約2%の患者さんに、軽症の脳梗塞も約2%に起きています。これらの発症率は外科手術(頸動脈内膜剥離術)とほぼ同じです。
ただし、治療後のMRI検査で、症状が出ないような小さな脳梗塞(無症候性脳梗塞)は患者さんの20~50%から見つかります。これは、すでに説明したように、フィルターを使っても、完全には血栓やプラークの飛散を防げないからです。
治療前の頸動脈エコーやMRIなどの検査で、非常にやわらかい、もしくは、何回も出血した、と思われる不安定プラークが多いとわかった場合は、外科手術(頸動脈内膜剥離術)の方が安全といえます。
また確率は低いのですが、狭窄部分が広がり、脳に急に大量の血液が流れることによって脳出血が起こることもあります。
もう一つあげておかねばならないのは、ステントをセット(留置)したとき、頸動脈の分岐部が圧迫され、一時的に脈が遅くなったり、血圧が低下したりする場合があることです。
予防薬を用いることで、多くの場合、支障はありませんが、まれに数日間の薬の服用や、一時的に心臓の拍動数を維持する処置(心臓ペーシング)が必要になることがあります。
この治療では、普通、足の付け根の動脈(大腿動脈)から管(カテーテル)を入れ、大動脈を逆行する形で頸動脈に誘導するので、大動脈などにかなり進んだ動脈硬化性病変がある場合、カテーテルの誘導時に血管壁をこすってしまい、大動脈のプラークがはがれて内臓や足の血管にコレステロールの結晶が飛び散ることがあります。
その結果、腎不全や足の血行障害をきっかけに多臓器不全にいたる怖い合併症(コレステロール塞栓症)も、ごくわずかながら起こり得ます。
こうした急性期の合併症だけではなく、時間がたって、広げた部分が再び狭くなる(再狭窄)ことがあります。心臓の狭くなった冠動脈を広げる治療をした場合に比べ、再狭窄の確率は非常に低く、5%以下です。
再狭窄がひどい場合は、バルーンで再拡張することもあります。
おわりに
頸動脈を広げる治療(頸動脈ステント留置術:CAS)の実際を説明してきました。この治療は患者さんに身体的ストレスが少ない、という大きな利点がありますが、一番大事なのは、治療による効果や利益が、治療を受ける患者さんに十分にもたらされているかどうかです。
患者さんによっては、頸動脈内膜剥離術の方がよい場合もありますし、治療はしないで経過を観察しておいた方がよい場合もあります。
CASという治療は、これまで10年ほどの浅い歴史の中では比較的安全だと考えられてきましたが、健康保険の適用になったのに伴い、その方法に変更があり、治療の安全性はこれから証明されていく段階です。
あくまで頸動脈内膜剥離術に高いリスクを伴う患者さんにのみ認められているのが現状で、体に対するストレスが少ない治療であるからといって、安易に治療をする、あるいは受けるということに、患者さんも医療従事者もとりわけ注意しなければなりません。
頸動脈狭窄症で脳梗塞を起こしたり、頸動脈狭窄症と診断されたりした場合は、脳卒中が専門の神経内科医や脳神経外科医にご相談いただき、脳血管内治療が考えられる場合は、すでに説明しました「CAS指導医」か専門医に、治療の可能性、安全性、危険性をよく確かめていただくのが肝心です。
健康保険が適用されるようになりましたが…
[更新日: 2009年10月23日]








