[54]心臓移植はみんなの医療
国立循環器病センター
名誉総長 川島 康生
なぜ日本ではダメなの…
もくじ
※本ページは2006年1月1日発行のパンフレットを一部改訂したものです。
「知っておきたい循環器病あれこれ」シリーズの第9号(1999年5月発行)に「心臓移植のあらまし」が紹介されています。
この年は、日本での心臓移植の再開第1例が行われた年です。再開第1例に続いて、わが国でも心臓移植がどんどん行われ、諸外国と同じようにたくさんの人が救われると期待されていました。ところが、残念ながらわが国の心臓移植は、その後、思ったようには進んでいません。
というより、ほとんど止まっているような状態です。現在のわが国の心臓移植数は欧米諸国の1/100程度なのです。研究が進んでいないからではなくて、治療として普及していかないためです。なぜなのでしょうか。
心臓移植は末期の心臓病の患者さんの治療法で、どんな種類の心臓病の患者さんでも、先天性の心臓病の人でさえ、この治療法の世話になる可能性があるのです。ということは、心臓移植は特殊な患者さんだけのものではなく、みんなの医療なのです。それなのに、なぜわが国では普及しないのか、どうすればわが国でもできるようになるのか・・・。もう一度、心臓移植について考えてみましょう。
心臓移植って何?
現在の移植医療では、人間の身体のいろいろな組織や臓器の移植が行われています。日本でも皮膚や骨、あるいは角膜といった組織の移植から、腎臓移植までかなり広く行われてきました。最近では肝臓移植や肺移植も行われるようになりました。
これらの臓器は、主として生きている臓器提供者から二つある臓器の一つ、もしくはその一部分を頂いて移植する生体臓器移植が行われてきました。
しかし、心臓は一つしかない臓器で、また一部分だけを取って使うことができないため、どうしても亡くなった人から提供してもらうしか方法はありません。この点が、心臓移植が他の臓器の移植とまったく違うところです。
心臓移植は、心臓が弱り、血液を送り出すポンプとしての働きが低下してしまった人、そしてその状態を薬や手術ではもう一度十分な機能を持つようにすることができなくなった人に行われる手術です。つまり、最後の治療法なのです。
この治療法は1960年に犬で初めて実験に成功しました。当時、犬で実験はできても、人の治療に応用することは難しいだろうとみられていました。なぜなら動いている心臓を他の人から頂くことが不可能だったからです。
しかし、心臓は非常に強い臓器で、いったん止まってしまっても、それが短時間の間であれば、また蘇生させられます。そこで南アフリカのバーナード博士は1967年に脳が外傷でまったく機能しなくなり、そのために呼吸が止まって亡くなった人の心臓を頂き、それを蘇生させて他の患者さんに移植することに成功したのです。
この手術の成功で、心臓移植が末期的な心臓病の患者さんの治療法として役立つことが明らかになりました。そこで、いったん止まった心臓でなくても、何かの理由で脳が完全に障害され、その機能が元に戻らないことが確実な人の心臓を頂けるなら、この治療が普及するのではないかと考えられるようになりました。
その一方で、脳の機能が完全に失われ、元に戻らないことが確実であっても、人工呼吸器をつけておくと心臓はかなり長期間動き続けるので、一体どの時点で死亡の宣告をすべきかが問題になってきました。
そこで脳が機能を失って絶対に元に戻らない条件が総合的に検討され、そのような状態が確認された時には、これを「脳死」として、人間の死と定められることになりました。その後、この脳死の概念が世界的に受け入れられ、そのような人から心臓を提供して頂くことが世界的に普及し、1968年には世界中で100例以上の心臓移植が行われました。
ただし、臓器移植には免疫の問題、つまり臓器を頂いた人の体の中で、他人の臓器を排除しようとする拒絶反応が起きることがあって、成績は良くありませんでした。そのため心臓移植は、臨床で始められたものの、一時は下火になってしまいました。しかし、問題であった拒絶反応を早期に発見する方法や、これを抑制する薬などが開発されると、心臓移植は再び急速に普及してゆきました。
心臓移植に立ちはだかる「脳死」の壁
世界の現況
<図1>にあるように心臓移植の数は、毎年倍々ゲームのように増え、一番多い時は全世界で年間4000例を超えました。その後、脳死になるのを防ぐ方法がいろいろと考えられたこともあって、臓器の提供が頭打ちとなり、現在では世界で毎年3000例余りが行われています。その半数以上がこれを始めた米国での移植です。
心臓移植の成績は当初に比べ随分よくなりましたが、それでも拒絶反応や感染のために最初の1年に10%前後の方が亡くなっています。また、その後も毎年少しずつ亡くなられ、最近の成績だけを見ると、かなり良くなりましたが、この手術の初期から今日までのすべての患者さんの統計を見ますと、<図4>のように5年の生存率は70%くらい、10年生存率は50%くらいです。
このように手術後、時間が経過しても患者さんが亡くなるのは、移植された心臓に血液を提供する冠動脈という血管がだんだんと狭くなってくるのが大きな原因です。この現象は慢性の拒絶反応とも考えられており、これを防ぐよい方法はまだ見つかっていません。
また、移植手術後は免疫抑制療法を続けねばならず、それによって悪性腫瘍が発生する頻度が高くなることも遠隔期における死亡原因の一つです。それでも、新しい免疫抑制剤が開発されたりして、遠隔成績も少しずつ良くなってきています。
わが国で心臓移植に反対してきた人の中には、いくら生きていても免疫抑制とか、感染防止のための薬漬けで、気息奄奄の生活では意味がない、といった批判をする人もいました。確かに免疫抑制のために薬を飲まなければなりませんが、<図2>をご覧頂くと分かるように、ほとんどの患者さんは他人の助けを借りることなく十分日常生活が可能です。移植者だけのスポーツ大会に参加するなど、普通の人以上に元気に生活を楽しんでいる方々もおられます。
図1 世界で行われた心臓移植の数
図2 成人心臓移植5年後の状態
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- (追跡期間:1994年4月~2002年6月)
この移植手術は、当初心臓の筋肉そのものの病気である心筋症が適応と考えられていました。現在では冠動脈疾患による末期の患者さんも良い適応と考えられています。世界中の集計では<図3>のように心筋症と冠動脈疾患がほぼ半分ずつを占め、残りを弁膜症やその他の疾患が占めています。高度な先天性の心臓奇形も対象になっています。<写真1>は、新生児や乳児の時に心臓移植を受けて元気になった子供さんたちを写したものです。
図3 成人心臓移植患者の疾患
写真1 新生児・乳児期に心臓移植を受けた子供たち
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- (Bailey教授提供)
日本の現状
わが国でも、最初に説明したように、1999年2月に心臓移植を再開しました。残念ながらその後も手術数は一向に増えません。
これまで(2005年10月末現在)に国立循環器病センターで14例、大阪大学で9例、その他で5例の合計28例の心臓移植手術が行われています。うち2例が術後3か月と4年で亡くなりました。
その他の患者さんはほとんどが元気で過ごしておられ、元の仕事に復帰している方もたくさんいます。<図4>はその28人の生存曲線で、国際心肺移植学会が発表している世界の成績よりもずっと好成績です。
このように日本での心臓移植は、40年前から心臓移植を続けている諸外国に比べてまったく遜色はありません。にもかかわらず心臓移植の数が少ないのはなぜでしょうか。それは、心臓移植は提供される臓器がなければできず、その提供臓器がわが国では諸外国に比べて桁はずれに少ないからです。
このようにわが国では心臓移植がなかなか受けられないので、しびれを切らした多くの患者さんが外国へ移植を受けに行っています。当初はどの国もこういった患者さんを快く受け入れてくれました。しかし、いつまでたっても日本の心臓移植が軌道に乗らないのを見て、日本は十分な技術も医療費もあるのに、いつまでも外国人の臓器提供に頼るのは身勝手ではないかと、最近は断る国が多くなり、受け入れてくれる国も数を制限しています。
図4 世界と日本での心臓移植後の生存曲線
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- 1982年から2003年までのもの 日本の成績は1999年再開後の28例のもの
わが国の患者さんが外国で心臓移植を受けると、その国で順番を待っている患者さんが一人後回しになります。その患者さんが移植を受けられずに亡くなることもあり得ます。ですから断られたり、制限されたりするのはむしろ当然ではないでしょうか。
一方、海外で心臓移植を受けるには数千万円から1億円といった多額の費用が必要になります。こうした高額の費用を調達できた人しか手術を受けることはできません。
国内でもこの手術は決して安価な手術ではありませんが、わが国ではつい最近保険適応になりましたので、国内で受けられれば渡航して受けるよりはるかに少ない費用ですみます。
この手術は、現在、欧米諸国だけでなく、アジアの各国でも行われています。<図5>は各国の人口当たりの心臓移植の数を示したものです。
米国では人口1億人当たり年間約800例、フランス、ドイツでは約500例、英国では約400例。これに比べて日本ではわずか4例で、桁違いどころか2桁も違います。
アジア諸国はどうでしょう。お隣の韓国では人口1億人当たり年間30例と、日本の約10倍の心臓移植が行われています。韓国の2004年末までの総数は247例と報告され、費用は全部ではありませんが、健康保険でまかなわれているので、あまり大きな障害にはなっていないようです。
このように心臓移植は確立された医療です。わが国でも、もっともっと行われるようにしなければ、日本の患者さんは救われません。
図5 世界の国別の心臓移植
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- 人口1億人当たりの年間の移植数
なぜ日本では臓器提供が増えないのでしょうか
すでに説明しましたように、わが国で心臓移植が普及しないのは、臓器提供が少ないからです。なぜ少ないかを考える前に歴史的なことを少し振り返ってみましょう。
一番大きな出来事は1968年に札幌医大で行われた和田教授による心臓移植です。この手術について、適応が間違っていたのではないか、臓器を提供してくれた青年は本当に死亡していたのか、といった疑問が持たれ、和田教授が訴えられる事態にまで発展しました。
学会でも議論されましたが、結局は不起訴処分になり、心臓移植は、なんとなくうさん臭いものという印象を国民に与えてしまいました。これを契機にわが国の心臓移植は30年間の長い長いトンネルに入ってしまったのです。
一方、海外では心臓移植の研究が続けられ、しだいに一般的な治療法として確立されてきました。この間、わが国の報道の中には、和田教授の心臓移植と、世界で行われている心臓移植とを一緒にして論評したようなものも多く、国民の多くが心臓移植に誤った印象を持ってしまったのは誠に残念です。
私たちのように心臓外科を担当してきた者には、外国での心臓移植の本当の姿がよく分かっていました。ですから、口をすっぱくして心臓移植という医療は、人の生命を救う立派な医療であるということを訴えてきました。しかし、いったん国民の間にしみわたった暗い印象はなかなかぬぐい去ることができませんでした。
やがて、外国で心臓移植を受けた人が元気になって帰国したことなどが報道されるようになり、次第に移植の本当の姿が国民に知られるようになりました。しかし、どうしても乗り越えられない一線がありました。それは、日本では「脳死が人の死である」ということに合意が得られないことでした。
「なぜ、日本は外国人の心臓に頼るのか」
先に述べましたように、日本以外の国では「不可逆性の完全な脳の機能停止」を死と認めて、その状態を「脳死」と名付けたのですから、脳死が人の死であるかどうかということは議論にはならなかったのです。しかし、わが国では医師不信という背景もあって、脳死についての国民の納得はなかなか得られませんでした。
そこで日本医師会は1988年に「脳死は人の死であり、臓器移植は推進すべきである」という見解を発表したのですが、脳死を人の死として臓器摘出を認めることには結びつきませんでした。そのため、政府は1990年に「脳死と臓器移植に関する臨時調査会」、いわゆる「脳死臨調」を発足させました。この調査会は3人の医師を含む15人の学識経験者からなり、2年間に33回もの会議を重ねて検討しました。
その結果、「脳死は人の死である」という結論に達したのですが、脳死をどうしても人の死と認めることはできないとする委員が2人おられたので、この2人の反対意見を付けて政府に答申する結果となりました。
普通、政府の調査会の答申であれば、そのまま受け入れられて政策に反映されるものです。しかし、少数ながら反対する委員がいる以上、法律を作らなければ実際には臓器移植が行えないだろうと、中山太郎氏を中心とする有志の国会議員が生命倫理議員連盟を結成、臓器移植に関する議員立法のための法案を作って国会に提出されました。
この法案は生命についての考え方に関係するので、多くの党では党としての方針を決めず、各議員の自主投票に任せることにしました。しかし、忙しい国会議員がじっくり時間をかけてこの法案を検討するのはなかなか難しく、何年も採決されることなく、結論が出る前に国会が解散されて、廃案になってしまいました。
法律を待っていた患者さんや関係者は大変失望しました。そこで移植を専門にしている医師の集まりである日本移植学会は、移植を待っているたくさんの患者さんをこのまま放置できないとして、自分たちの判断で移植を実施しようと動き出したところ、次の国会でこの法案が再度提出され、成立しました。
ただし、残念ながら成立した法律は当初企図されたものとは随分異なったものになりました。というのは、法律を成立させるには超党派で議員の過半数の賛成を得なければなりませんので、「脳死は人の死」とはっきり定義することは避け、臓器提供をする場合にだけ、脳死の人から臓器を摘出してもよいとする法律になったのです。
また、亡くなった人が、自分が脳死になれば臓器を提供しますという意思を生前に文書で残していない限り、脳死下での臓器提供は認められないことになりました。つまり遺族が脳死を死と認めて「提供します」と言っただけでは、臓器は提供できないと決まったのです。
しかし、脳死は突如として起こることが多いので、元気な間に脳死になることを想定して臓器提供の意思を書いておく人は極めて少数です。現在、<写真2>のような臓器提供意思表示カードが既に1億枚以上印刷され、いたる所で配布されているのですが、このカードを正確に記入して常に持っている人は国民のほんの数%に過ぎません。
こうした状態が今日も続いているので、臓器提供はなかなか行われず、従って心臓移植もごくまれにしか行えないのが現状です。
写真2 臓器提供意思表示カード
どうすればわが国でも心臓移植ができるようになるのでしょう?
一番効果的な方法は法律を変えることです。当初、臓器移植に反対していた人たちから、心臓移植はまだまだ未完成な治療法で、手術をしても元気になれる人は少ないとか、極めて不平等な治療法であるとか、生きている人から心臓を取り出す手術である、といったことを言われました。しかし、これらはすべて杞憂であり、誤解であったことは、今日の成績から見れば明らかです。
外国であれば救われるはずの年間500人、あるいは1000人、肝臓移植を希望する人も加えると、その倍の人たちが毎年わが国のどこかで亡くなっていることは由々しい問題です。毎年ジャンボ旅客機が1機、2機と墜落しているのと同じ数の人が亡くなっているのです。一刻も早くこの方々が移植医療を受けられるような体制にすべきではありませんか。
それには、脳死を人の死と認めるか、脳死であると診断された場合に、家族が臓器提供を承諾すれば、移植手術が実施できるような、国際的に見てごく普通の法律に変えて頂くことが第一です。
お父さんの河野洋平衆議院議長に肝臓の一部を提供された御子息の河野太郎氏らの国会議員が中心となって、今そのように法律を改正しようと努力をしてくださっています。これが達成されれば、わが国の心臓移植や肝臓移植の数はおそらく急速に増えると思います。
もしこの法律改正が不成功に終わるようなことがあれば、現在、オランダで行われているように、国民のすべてが臓器提供についての意思を市役所などに登録しておくのも一つの方法だと思います。
人が亡くなった時にその人の臓器提供についての意思がすぐに分かるようなシステムにしておけば、これも臓器提供を確実に増やす方法になります。多額の費用を必要とするでしょうが、オランダでできていることが日本でできないとは考えられません。
しかし、何といっても国民の皆さんが、実際に臓器提供者の現れるのを待っておられる患者さん、特に自分の心臓では生きてゆけず、補助人工心臓の助けを借りて生き続けておられる患者さんのことに関心を持って頂くのが一番大切なことだと思います。
そういった患者さんは国立循環器病センターでも常に10人ぐらいはおられます。いつまで続けられるか分からない補助人工心臓に頼っている状況は、精神的にも大変なことだと思います。そんな方のことを日本国民のすべてが知っておれば、次の国会に再度提出される法律もすぐに成立させることができるのではないでしょうか。
慈善運動をしておられるある宗教家は「あなたはアフリカで飢えに苦しんでいる子供たちを憎いと思いますか。憎いとは思わないでしょう。愛の反対は憎しみではなくて、無関心なのです」と言っておられます。国民の皆さんが心臓移植を受けなければ助からない患者さんのことに関心を持ってくださることが、わが国で心臓移植を普及させる王道だと思います。そうすることによって、循環器病に悩んでいるすべての人たちに最後の希望を与えることができるのです。
外国へ行かなくても、日本で心臓移植を受けられるように、みんなが関心を持ってください
[更新日: 2009年10月10日]
