[16]脳卒中のリハビリテーション
-理学療法の実際-
国立循環器病センター
リハビリテーション部
主任理学療法士 今井 保
無理は禁物! リハビリは、ゆったり気分で
もくじ
脳卒中になると
脳卒中になると、さまざまな症状が現れます。
その症状をまとめたのが<表1>で、脳のどの部分にどの程度の障害が起きたかによって、手足が動かなくなる運動まひ(麻痺)のように一見してわかる症状から、身体上は何の変化もないのに、言葉が不自由になったり、性格が変化してしまったりする症状まで、まさに百人百様といえます。
脳卒中になった患者さんや家族から、「私は何も悪いことはしていないのに、朝、目が覚めたら手足が動かなくなっていた」とか、「主人は今まで一度も大きな病気をしたことがなかったのに、急に歩けなくなってしまいました」といった話をよく聞きます。
とくに何かをしたわけではないのに、脳卒中の症状は急に現れますから、患者さんにも家族にも例えようのないショックを与えます。
ですから、脳卒中のリハビリテーション(リハビリ)は、単に手足の運動をするだけではなく、患者さんと家族の精神面でのケアにも十分に配慮したものでなくてはなりません。
表1
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脳卒中の代表的な症状
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「循環器病あれこれ 2.脳卒中が起こったら」から
リハビリを考える3つのポイント
まひは回復するか
脳卒中には、手足が動きにくくなるか、まったく動かなくなる症状があり、これを「まひ」といいます。
まひは脳の障害部位とは反対側の手や足にみられることが多く、その程度は、手足の運動を司る神経が、脳卒中によってどれだけダメージを受けたか、その部分はどこかによって異なります。
脳卒中の病状が落ち着いたあと、まひは徐々に改善していきますが、その回復の過程は、脳損傷の程度や部位、患者さんの年齢などによりさまざまです。例えば、発症後、1週間たった2人の患者さんの手足のまひがまったく同じ症状であったとしても、最終的に同じ程度まで改善するとは限らないのです。
訓練の効果は
患者さんの中には、訓練さえすれば、まひは必ず治ると考えている方がおられます。もちろん、希望を持って訓練を受けられることは大変、大切なことです。しかし、訓練が回復の具合を決定するすべての要素ではなく、まひは治癒過程(自然回復)に、適切な訓練を加えることによって改善するものだと理解してください。
訓練をしなかったことで、起こる関節のこわばり(拘縮)は、絶対に避けねばなりません。逆に、無理な訓練による関節の激しい痛みが原因で、せっかく手足の動きが回復してきても動かすことができない場合も適切な訓練ではありません。
重度の脳損傷の場合には、どんな訓練をしても、効果がほとんど認められないこともあるのです。
適切な訓練が必要なこと、それと同時に、訓練による効果には限界があることも理解していただかなくてはなりません。
「まひに対する訓練」と「残った能力を開発する訓練」
まひがよくなるのか、ならないのかを判断することは極めて難しい問題なので、実際のリハビリテーションは「まひに対する訓練」と「残された能力を開発する訓練」を同時に行っています。
例えば、半身がまひし歩けなくなった場合には、歩く訓練と並行して、残された半身で、車いすを操作する訓練をすることになります<図1>。
このように2本立ての訓練には、まひがよくならなかった場合の対応策を準備しておくという意義、さらに、まひがよくなるまでの生活を少しでも快適にすごしていただくために、自立を促し、援助する目的も含まれているのです。
まひは患者さんに最も不安を与える症状です。患者さんの中には、車いすの訓練を始めようとすると「まひした半身はもうこれ以上、よくならない」という”宣告”と受け止め、訓練を拒絶される方もいます。
しかし、脳卒中は、風邪や腹痛のように数日で治るものではありません。多くの場合、程度の差はあるものの何らかの後遺症を伴います。
このことを合わせ考えますと、いまある生活の充実を図りながら、将来に向けた訓練を続けていくことがいかに大切かがおわかりいただけると思います。
図1 「半身まひ」の場合、2本立ての訓練
急性期の訓練
脳卒中発症後、可能な限り早い時期から始めます。ただし、その内容は症状によって異なります。
症状が軽い場合で、脳の血管の状態を検査し、頭を起こしても病状が悪化しないと判断されたときは、発症後の早い時期から「座ること」(坐位訓練)も可能です。
しかし、症状が軽くても、頭を起こすことによって脳へ血液が流れなくなってしまう危険性がある場合には、体を起こさず寝た状態で、「関節を動かす練習」(関節可動域訓練)をします。
また、症状が重く意識がない場合には、関節可動域訓練に加え、関節をよい状態に保っておくこと(良肢位保持)も必要です。
- 座る練習(坐位訓練)は<表2>のように徐々に進めます。
- 関節を動かす練習(関節可動域訓練)は<図2>に示しました。これを参考にしてください。
- 関節を良い状態に保つ(良肢位保持)には<図3>を参考にしてください。
表2 座る練習をするさいの症状基準と手順
開始基準
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施行手順
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中止基準
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図2 関節可動域の訓練
図3 関節を良い状態に保つために
「亜急性期」(急性期のあと)の訓練
訓練室では
車いすに30分程度座れるようになると、いよいよ訓練室での訓練です。
その内容は、体の状態によって異なりますが、一般的には、まひした手足に対する訓練と、起き上がったり、歩いたりといった動作の訓練が中心です。
手足のまひの回復は、自然治癒力によるところが大きいのですが、実際には、毎日、手足を動かす努力をしていないと、どの程度までまひが回復してきたのかわかりません。
関節を動かしていないと、硬くなってしまう危険性があります。それを防ぐため、関節運動は急性期・亜急性期を問わず、とても重要な練習といえます。ただし、最初に説明しましたように「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、やり過ぎるのはよくありません。
具体的な訓練方法は、病院の理学療法士に相談してください。
動作の訓練は、半身がまひしてできなくなった動作を、健康なときとは異なった方法で、不自由ながらもできるようにするものです。
患者さんにとっては、当然のことですが、初めて体験する体の使い方ですから、繰り返し練習し、覚えていかなくてはならない根気のいる訓練となります。
<図4、5、6>に、動作訓練の代表的なものを紹介しています。
図4 独力で起き上がる訓練
図5 つえを使って歩く訓練(3動作歩行)
図6 立ち上がる訓練
日常生活では
次に重要なことは、練習によってできるようになった動作を、日常、実践することです。
せっかく歩けるようになっても、実際に歩いて生活しなければ意味がありません。「歩けた」という達成感に満足するだけでなく、積極的に生活の中へ、その動作を取り入れてください。ただし、あまりにも時間がかかる動作や、行うとそれだけで疲労困憊(こんぱい)してしまうような動作は、実用的とはいえませんから、日常の生活ではしなくてもよいでしょう。
「患者さんにできることは、なんでも、時間がかかってもやってもらう」という方針の病院もありますが、あまり極端にこの考えを実行すると、患者さんに多大な努力を強要するだけの結果になりかねません。患者さんに生活の中で行ってもらう動作は、あらかじめ実用的なものであることを見極め、よく吟味しておく必要があります。
装具とつえ
歩く練習に、よく用いられる道具に装具とつえがあります。
つえは、まひした足を補助するために、健康な側の手で持ちます。装具は目的によっていろいろな種類があり、一般的なものに「短下肢装具」があります。
これは主に、まひした足首をしっかり固定させ、足の振り出しを容易にしたり、ひざを安定させたりするのに使います。装具とつえについての詳しいことは、専門家に尋ねてください。
訓練がうまく進まない場合
患者さんによって、訓練が順調に進み、いろいろなことができるようになる方と、練習がうまくいかない方がいます。
練習がうまく進まない原因に、脳卒中以外の病気(合併症)があってそれが訓練の妨げとなったり、意欲がなく訓練ができなかったり、脳卒中そのものが重度である場合などがあります。
私たちがよく見かける症状に、まっすぐ(垂直)に立つ感覚に障害が起き、ピサの斜塔のように傾いた状態を垂直と感じてしまい、まっすぐに立とうとすればするほど、体が傾いて倒れてしまう場合があります。
患者さんはまっすぐに立っているつもりですから、私たちが「もっとまっすぐに立ってください」と注意すると、さらに傾き方がひどくなってしまいます。
これは「垂直軸の認知障害」と呼ばれる症状で、傾いているのと反対側へ傾くよう指示すると症状は改善します。
さらに、空間の半分しか認識できない「半側空間失認」という症状もあります。この患者さんは、目の前の食事の半分を食べ残したり、歩いていて物にぶつかったりします。認知できない側へ注意を向けるよう指示しますが、効果は一時的なものにとどまります。
こうした症状は、手足が動かないといった見てわかる場合と違い、患者さん自身は一生懸命でも、第三者から見ると「なぜそんなことをするのか」と理解に苦しむ症状がほとんどです。
訓練がうまくいかないとき、周りからはわからない原因があることを、患者さんも家族も知っておく必要があります。
訓練は介助者にも
私たちは、軽症、重症を問わず、どの患者さんも1日も早く、自宅で生活されるようになるのを願って、日々訓練をしています。
重症の患者さんの訓練をしていて一番、気がかりなのは、家族の方の協力がどの程度まで得られるかということです。
極端な話ですが、患者さんが自宅に帰れるかどうかは、重症度によってのみ決まるのではなく 、家族の介護能力によって左右されます。
つまり、重症であっても家庭内復帰が可能な場合もありますし、逆に、かなり軽症であっても施設入所になってしまう場合もあるということです。
ですから、できるだけ早い時期から家族の方にも簡単な訓練から手助けしていただき、それを通じ、介助者としての知識と方法を身につけてもらいます。
慢性期の訓練
退院してからは
病院での集中した訓練が終わると、いよいよ退院です。
自宅では、退院時の患者さんの体の状態に合わせ、トイレに手すりをつけたり、段差をなくしたりといった家屋の改造が必要になる場合があります。これは患者さんが自宅で、無理なく安全に生活するためのハード面での工夫といえます。
さらに、どうすれば体力を低下させずに毎日を楽しく有意義に過ごせるかという精神面も含めた生活習慣、つまりソフト面も考えなければなりません。次にその工夫のいくつかを紹介しましょう。
- 規則正しい生活をする
- 家庭内で役割を持つ
- 外出の機会をつくる
- 趣味を持つ
- 頑張りすぎず、怠けすぎず、体を動かす
家庭でできる簡単な訓練
(1)足の力を弱らせないために
家庭でできる簡単で効果のある方法は、いすからの立ち上がり練習です。いすに座った状態から立ち上がり、再び座るという単純な動作を何回か連続して行います。
いすの高さを変えることによって、筋肉にかかる負担を調節することができます。例えば、座布団で座面を高くすると、筋肉への負担は少なくなります。
練習のポイントは、
- いすの高さを、あまり努力しなくても立ち上がれる程度に調節する
- 回数は少し疲れる程度を目安に
- 絶対に無理はしない
を原則にしてください。
(2)関節を硬くしないために
関節が硬くなる原因はいろいろありますが、その1つに、筋肉が短くなる(短縮する)ことで起こる場合があります。
足の中で短くなりやすい筋肉は、一般に”ふくらはぎ”と呼ばれている筋肉です。脳卒中になられた方の多くは、この筋肉が短くなり、足の先が下に向くため、つま先が地面にすれて、歩きづらくなります。
この筋肉を1日に10分程度、ストレッチする(伸ばす)と筋肉の短縮が予防できます。
ストレッチングの方法は、市販のストレッチングボードを利用されても結構ですし、古い雑誌などを丸めてガムテープで巻き、滑らないように工夫していただければ<図7>のように利用することも可能です。
図7 ふくらはぎ筋肉の訓練
QOLを高めよう
QOL(quality of life=生活の質)という言葉を最近よく耳にするようになりました。最後にこの点に触れておきましょう。
「生活の質を高める」というと、仰々しく、またむずかしいことのように聞こえるかもしれませんが、わかりやすく説明すると「不自由な体であっても生き生きとした生活を送る」ということです。
もちろん、脳卒中になった患者さんが、生き生きとした生活を送れるようになるまでには、相当な時間が必要です。中には、そういった生活が見つけ出せずに、悩み続けている方もおられます。
では、QOLを高めるにはどうしたらいいのでしょう。
発症から何年も経過した患者さんの中には、本当に生き生きとした方がおられます。趣味の釣りに毎週のように行かれる方、年に何回も海外旅行をされる方、職場でばりばり働いておられる方、職場復帰に向けて日々努力されている方、ほとんどをベッドの中で過ごされてはいますが、奥さんと仲良く暮らしておられる方...。実にさまざまな生活ではありますが、皆さん生き生きとされています。
これらの患者さんに共通しているのは、患者さんと家族が良い関係を保ちながら、身近な目標と遠い将来の目標を持ち、意欲的に生活しておられることです。
生活における「質」は、「量」とは異なり、客観的に評価できるものではなく、個々人の価値観によって左右されるものです。その反面、柔軟性があり、譲歩しやすいものともいえます。患者さん自身や、ご家族の方々にとって、有意義でお互いに無理のない「生活の質」を多少時間がかかっても見つけていただきたいと思います。
[更新日: 2009年10月10日]
