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ホーム > 循環器病あれこれ > [85] 「脂質異常症」といわれたら
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国立循環器病研究センター
動脈硬化・糖尿病内科 大畑 洋子
国立循環器病研究センター研究所
分子薬理部 斯波 真理子
生活習慣から始めよう
血液中に"悪玉コレステロール"や中性脂肪が多すぎることを、以前は「高脂血症」と呼び、動脈硬化症になりやすい病気としてきました。しかし、"善玉コレステロール"が少なすぎても同じように危険なので (1)悪玉コレステロール値が高い (2)中性脂肪値が高い (3)善玉コレステロール値が低い―ことをまとめて「脂質異常症」と名付けられました。
脂質異常症は、それだけでは特に症状はありませんが、体中の血管の中で、静かに動脈硬化と呼ばれる変化が起こります。動脈硬化が進行すると全身の動脈が硬 くなり、次第に血管の内側が狭くなって血液が通りにくくなります。
心臓の血管が詰まった場合には急性心筋梗塞、脳の血管が詰まったときは脳梗塞になり、生命を脅かします。
近年、ライフスタイルの欧米化が進み、脂質異常症と診断される人が増え、それに伴って動脈硬化症の人が増えてきました。
このページでは、脂質異常症とは何か、その病気の実態、動脈硬化症との関係、治療、知っているだけで違うライフスタイルの工夫、さらに遺伝病による高コレステロール血症についても解説します。
血液中には脂質として、コレステロール、中性脂肪、リン脂質、遊離脂肪酸の4種類があります。
コレステロールは、人の細胞膜や、消化吸収に必要な胆汁酸、ホルモンのもとになる重要な物質です。
中性脂肪は、貯蔵用のエネルギーとなるほか、保温、外部からの衝撃を和らげたり、内臓を固定したりして、体内で重要な役割を果たしています<図1>。
しかし、これらの脂質が多すぎると問題になってくる場合があります。脂質異常症というのは、これらの脂質の中でも特に悪玉(LDL)コレステロールや中性 脂肪が多すぎる、あるいは善玉(HDL)コレステロールが少なすぎる、などの状態を示す病気のことです。
LDLコレステロールは、血液中でコレステロールを肝臓から末梢(まっしょう)組織に運んでいますが、多すぎると血管の壁に入りこみ、動脈硬化を引き起こす一番の担い手になるため、悪玉コレステロールと呼んでいます。
HDLコレステロールは、血管壁の余ったコレステロールを肝臓へ戻し、動脈硬化を進行させないように働くので、善玉コレステロールと呼ばれています<図2>。
中性脂肪は、多くなりすぎると肥満や脂肪肝をきたし、動脈硬化を引き起こすもとになります。
の三つがあります。
脂質異常症の診断基準は<図3>のようになっています。
コレステロールは1日のうち、ほとんど変化しませんが、中性脂肪は食後3~6時間かけて上昇します。ですから、食事療法や薬物療法の効果をみる場合は、午 前中に朝食抜きでの採血が好ましく、それができない場合は採血時間を一定にする必要があります。
大部分の高LDLコレステロール血症や、高TG血症、低HDLコレステロール血症は、体質、食習慣の欧米化、運動不足、体重増加など生活習慣が主な原因で、成人以降に発症します。
これらの脂質異常症は、他の病気に伴って起こるもの(続発性)と、他の病気を伴わずに起こるもの(原発性)とがあります。
他の病気によって起こる続発性脂質異常症には、ホルモンの分泌異常によるもの(甲状腺(せん)機能低下症、副腎皮質ホルモンの分泌異常など)や、糖尿病、 腎臓病、肝臓病、さらに副腎皮質ステロイド治療、経口避妊薬によるものなどがあります。
この場合、原因の病気の治療が大切なので、原因を見極めることが必要です。原因となっている病気の治療で、脂質異常症の治療をしなくても改善することもあります。
他の病気によらない原発性脂質異常症の中には、遺伝による高コレステロール血症の場合もよくあります。家族に脂質異常症や動脈硬化性疾患が多い方は、遺伝性かどうかの診断がとても大切です(家族性高コレステロール血症の項参照)。
脂質異常症は、放っておいても丈夫でしょうか?
特に痛くもかゆくもないし、検査で高いと言われただけだし、おいしいものが食べられなくなるのは嫌だからこのままにしておこう、という方もいらっしゃるかもしれません。
では、放置すると、どのようなことが起こるのか。
動脈硬化という言葉はよくお聞きになると思います。すでに説明したように、悪玉コレステロールや中性脂肪が高い、あるいは善玉コレステロールが低いと、動 脈硬化を引き起こすことがありますが、動脈硬化とは実際どのようなことが起こるのでしょうか?
血液中にコレステロールなどの脂質が多い状態が続くと、血管の壁に余分な脂が沈着し、「プラーク」(粥腫(じゅくしゅ)、ここでの「粥」はおかゆのような状態のこと)と呼ばれる塊が作られます。
こうした余分な脂は比較的短期間で血管壁にたまるため、柔らかくて壊れやすいのですが、時間の経過とともに血管の壁がどんどん分厚くなって、血管が詰まり やすい状態になります。このような、血管の壁の変化を"粥状(じゅくじょう)動脈硬化"と呼んでいます<図4のA>。
不安定なプラークが破れると、破れた部分を修復するため、血液の成分の一つである血小板が集まり血栓ができます<図4のB>。
この血栓が大きくなって動脈を塞いでしまうと、血液はその先に流れなくなり、血流の途絶えた組織や臓器は壊死します。脳動脈が詰まれば脳梗塞、心臓の冠動 脈が詰まれば心筋梗塞、足の動脈が詰まれば急性動脈閉塞症を発症します。
脳梗塞や心筋梗塞は、日本人の死因の上位を占めています。このように、脂質異常症を放置すると、症状がないまま動脈硬化が進行し、生命の危険にさらされたり、後遺障害が起こったりするのです。
動脈硬化を進行させる因子は、脂質異常症以外に高血圧、糖尿病、喫煙、家族の既往歴などがあります。しかし、近年、脂質異常症は動脈硬化の危険因子の中でも最大の要因であると言われています。
症状がないから、そのままにしておこう、ではなく、進行を防ぐために適切な治療を生涯続けることが大切です。
では、脂質異常症と言われたら、どのように動脈硬化を予防したらよいのでしょうか? 治療は、まず食事療法、体重の是正、禁煙、運動療法といった生活習慣の改善<図5>から始めましょう。
普通、血液検査値の基準値はみんな同じですが、脂質異常症の治療目標は、一人ひとり違います。
心筋梗塞や狭心症をすでに起こしてしまって治療中の方や、糖尿病や高血圧、喫煙などの他の動脈硬化を進めやすい環境にある方は、より低いLDLコレステロールを目指さねばなりません。
日本動脈硬化学会のガイドラインにはこれらのリスクに応じた目標値が決められています<図6>。
動脈硬化のリスクは (1)年齢(男性45歳以上、女性55歳以上) (2)高血圧 (3)糖尿病 (4)喫煙 (5)家族の冠動脈疾患既往歴 (6)低HDLコレステロール血症(HDLコレステロール<40mg/dl)の項目のうちいくつ当てはまるかで決定します。たくさん当てはまる人はリスクの高い人になります。
肥満傾向が認められる場合には、まず標準体重を目標に減量をする必要があります。標準体重は身長(m)×身長(m)×22で計算できます。
減量は、急激にではなく、1か月間で現在の体重の5%程度の減量から始めるのが体重維持のポイントだと思ってください。1日の摂取エネルギーは、次のように計算して求めます。
1日の適正エネルギー量(kcal)=標準体重(kg)×25~30(kcal/kg)
・和食を多くとりいれる
・早食い、まとめ食いはできるだけ避ける ・朝食、昼食、夕食をきちんととる
・薄味にする ・なるべく腹八分目にする
・外食はできるだけ控える ・就寝前2時間は食べない
・よく噛(か)んで食べる
コレステロールが高いと言われたとき、コレステロールの摂取量が問題になるのは当然ですが、それだけ気をつければいいのでしょうか? 実は、摂取する脂肪 の種類も、コレステロールや動脈硬化に影響を与えるため大切です。食事中に含まれる脂肪の中でも、どんなものが体にいいのかお話ししましょう。 食事の脂質の主な成分は脂肪酸という物質です。脂肪酸には、悪玉コレステロールを上昇させる質の悪い脂肪酸(飽和脂肪酸)と、逆に悪玉コレステロールを軽 度低下させる作用のある質の良い脂肪酸(多価不飽和脂肪酸)があります。 |
飽和脂肪酸:動物性の脂肪...ラード(豚脂)、牛の脂、鶏皮、ベーコン、脂肪の多い乳製品、洋菓子、アイスクリーム、ココナッツ油などに多い。
不飽和脂肪酸:植物性の脂肪、魚類の脂肪...オリーブオイル、なたね油、ゴマ油、大豆油、青魚(サバ、イワシ、アジなど)などに多い。
いずれも過剰摂取はカロリーオーバーになるので、注意が必要です。質の良い脂肪酸をとっている人はコレステロールが低いことが分かっていますので、できる だけ質の悪い脂肪分は控え、質の良い脂肪酸を摂取して、脂質異常症をより改善させる食事へ工夫してみましょう。
脂質を高温で加熱したときや、マーガリンやショートニングのように植物油を加工したときにできるもので、牛、羊、山羊などの動物の肉や乳・乳製品にも少量 が含まれています。自然界の大半の脂肪酸(シス脂肪酸)とは異なった形をしています。 大量にとると、悪玉コレステロールを増やして善玉(HDL)コレステロールを減らしたり、動脈硬化のリスクを高めたりするといわれます。 アメリカではこの健康影響を危惧し、2003年から食品中のトランス脂肪酸含有量の表示する法律が制定されました。特に洋菓子などに含まれることが多いので、摂取量には注意しましょう。 |
すでに説明しましたように、栄養バランスをよくしても、改善しない場合は、コレステロール摂取量200mg/日以下にしてみましょう。また、質の悪い脂を避けることも効果的です。
生活習慣の改善が極めて大切です。栄養バランスの適正化を徹底しましょう。特に清涼飲料水やスナック菓子は、糖質が多く、中性脂肪を増やしやすいので、摂取量は注意が必要です。アルコールはやめましょう。
毎日何らかの形で、体を動かすことは、身体的にも精神的にも好ましいことがはっきりしています。
たとえば、脂質に対しては、中性脂肪が低下し、HDLコレステロールは上昇します。このほか、血圧を低下させる、糖尿病の血糖コントロールがよくなる、さ らに、うつ病の予防、がん予防、動脈硬化の予防など、さまざまな良い効果があります。
逆に、運動不足で体力、とくに持久力が低下している人ほど、動脈硬化が進みやすく、がんを含めあらゆる死亡率が高いことも分かっています。食事療法と合わ せ、脂質異常症治療の基本となりますので継続して行うことが肝心です。
最適な運動は有酸素運動です。1日30分程度(1週間合計180分以上)、毎日行うのが理想的です。
運動の強さは、心拍数110~120/分程度を目安に、ちょっときついけど続けられる、と感じる程度。くれぐれも無理は禁物です。
散歩、ウォーキング、軽いジョギング、エアロバイク、水中歩行、サイクリング、アクアビクス、水泳などの有酸素運動は、15分以上続けると効率よく脂肪が燃えだすため、1回15分以上行うのが望ましいです。
日常生活で、運動をする時間をつくるのが、難しい方もおられますね。その場合は、現在の生活パターンを変えずにできる運動が一番現実的です。
たとえば、通勤時に「バス停一つ分歩く」「自転車で行くのを徒歩にする」「エレベーターやエスカレーターを使わず、階段を使ってみる」などです。雨の日は 無理をせず、最低週3回以上を目標にするのが、続けやすいポイントかもしれません。
現在、治療中の病気がある場合は、主治医にどのような運動療法が可能かを確かめてください。治療中の病気が不安定な場合、運動を控えねばならないこともあります。くれぐれも無理をしないように。
食事療法、運動療法を組み合わせても、脂質異常症が改善しない場合、内服薬での治療が必要になってきます。
(1)動脈硬化がすでに起こり、治療中の方 (2)糖尿病や高血圧、喫煙など、さらに動脈硬化が進みやすい環境にある方 (3)遺伝的に動脈硬化を起こしやすいことが分かっている方(たとえば家族性高コレステロール血症など)は、LDLコレステロールや中性脂肪をより低下さ せねばなりません。こうした動脈硬化のリスクが高い患者さんでは、これ以上進行しないようにすることが非常に重要で、基本的には診断時から薬物療法が必要 になります。
個々の患者さんで目標値は違いますから、治療中の方は主治医に確かめてください(治療目標はQ&A(1)を参照)。
近年、脂質異常症の患者さんが増え、コレステロール、中性脂肪を低下させる薬が、広く処方されるようになりました。これらの薬は脂質異常を改善させるだけ ではなく、一部の薬では動脈硬化の進行を直接、抑え、改善させる作用もあることが分かってきています。
現在処方される薬には次のものがあります。
脂質異常症の治療薬は、LDLコレステロールや、トリグリセライドを低下させるだけでなく、それ自体が、血管壁の動脈硬化を改善し、脳梗塞や心筋梗塞の再 発を予防する効果が期待できることが分かってきています。しかし、薬さえ飲めば安心というわけではなく、あくまで生活習慣を改善したうえでの話です。
脂質異常症に、遺伝性の病気があるなんて、聞いたことがないという方もおられるかもしれませんが、実はあります。
それが、家族性高コレステロール血症です。遺伝性の代謝異常症の中では最も多い疾患だと言われています。
自分も当てはまるのでは、と心配される方もいらっしゃるかもしれません。その場合は主治医に相談のうえ、しっかりと動脈硬化の予防をしていきましょう。
LDLコレステロールが高く、若いときから、心臓の血管に動脈硬化を起こす遺伝性の疾患です。頻度は軽症のケースが500人に1人以上、重症は100万人に1人以上と言われ、日本では25万人以上と推定されています。
症状は、若いころからLDLコレステロールが高いこと以外、ほとんどありません。一部の人では、黄色種と呼ばれるコレステロール沈着による黄色っぽい隆起 をした斑点が、手の甲、膝(ひざ)、肘(ひじ)、瞼(まぶた)などに見られます。
LDLコレステロールは通常、肝臓で処理されるのですが、この疾患では肝臓で処理できないため、血液中にたまって、若い人でも動脈硬化を起こし、特に心筋梗塞、狭心症を発症させます。
心筋梗塞や狭心症の発症年齢は、男性では20歳代から起こり、40代がピーク、女性では30代から始まり、50代がピークとなります。このように、若くし て心筋梗塞を中心とした動脈硬化性疾患を起こすのが特徴です。重症の場合、幼児期に心筋梗塞を発症することもあります。
遺伝性ですので、親、兄弟、叔父、叔母、祖父母、子供など、血のつながった方の中にも同じようにコレステロールが高く、心筋梗塞、狭心症などの心臓病が発症する人があることも特徴です。
このような遺伝素因を持っている患者さんは、そうでない患者さんと比べると、心臓の血管の動脈硬化が進みやすく、狭心症や心筋梗塞が早い段階で発症しま す。予防するには、できるだけ早く診断し、LDLコレステロールを低下させる必要があります。
診断には、LDLコレステロールの測定をはじめ、家系内調査、アキレス腱の厚さのチェック、LDL受容体遺伝子の変異検査(血液検査)などを行います。
治療は、低脂肪食の指導、薬物療法(主にスタチン系の薬剤)を行い、重症例ではLDLコレステロールを除去する治療「LDLアフェレーシス(注参照)」が必要になります。
定期的に血液検査や、心臓、動脈の超音波検査、運動負荷検査をして、心臓の血管に動脈硬化が起こっていないかを確かめながら治療を続ける必要があります。
(注) LDLアフェレーシス:血液透析装置のような血液を体外循環させる装置で血液中のLDLコレステロールを除去する治療法
自分や家族も、もしかしたらと思われた方は、ぜひ主治医に相談してください。
脂質異常症は、女性の場合は閉経後に悪化する場合が多いのですが、家族性高コレステロール血症など一部の遺伝性の脂質異常症の場合、もっと若いときから薬物療法が必要になります。
その場合、薬物治療中に妊娠・出産の機会があることも考えられます。スタチン系の薬剤は、妊娠する可能性がある段階で中止する必要があります。必ず主治医に相談してください。
増え続ける脂質異常症は、やっかいな病気です。最初は数値の異常でしかないのですが、症状のないうちに全身の動脈がむしばまれ、動脈硬化が進むからです。
その動脈硬化の進行具合は、体質や日々の生活習慣が関係し、人によってさまざまです。症状がないから大丈夫、ではないのです。
遺伝を含めた自分の体質や、生活習慣、現在治療中の病気などをひっくるめて、動脈硬化を起こさずに若い血管のままで元気に生活するにはどうしたらいいのか、じっくり自分に向き合って考えてみてください。
自分に合った予防法が、少し見えてくるのではないのでしょうか。
脂質異常症は、動脈硬化を起こす一番大きな原因ですが、一人ひとりが、自分にとって必要な予防法を実践すれば防げるものです。症状がないうちから始め、生 涯続けられるよう、まずは生活習慣の工夫から始めてみてください。先手必勝です。