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大阪大学大学院医学系研究科
保健学専攻機能診断科学講座教授
元国立循環器病研究センター
心臓血管内科 医長 中谷 敏
私に合うのは?
弁膜症といえば、心臓の病気だとご存じの方は多いと思います。では、心臓のどのような病気でしょうか。その説明をする前に、まず簡単に心臓の構造について説明しましょう<図1>。
私たちの心臓は四つの部屋からなっています。右心房、右心室、左心房、左心室です。
体内をめぐっていろいろな組織に酸素を提供した血液(静脈血と言います)は上大静脈、下大静脈に集まり、右心房に帰ってきます。右心房に戻ってきた血液は右心室に入り、そこから肺動脈(右肺動脈と左肺動脈)を経て肺に送り込まれます。
肺で十分に酸素をもらって真っ赤になった血液は、肺静脈(右肺静脈と左肺静脈)という血管を流れて左心房に至り、さらに左心室に入ります。
左心室の血液は心臓が収縮するときに大動脈に押し出され、全身に酸素に富んだ血液(動脈血)がめぐるという仕組みになっているのです。
このように血液は心臓の四つの部屋を順番に流れていくのですが、一方向に流れる必要があるために、各部屋と部屋の間に逆流を防ぐ弁がついています。右心房と右心室の間が三尖弁(さんせんべん)、右心室と肺動脈の間が肺動脈弁、左心房と左心室の間が僧帽弁、左心室と大動脈の間が大動脈弁です。
これらの弁がなんらかの原因によって調子が悪くなった状態を弁膜症と呼んでいます。
弁の調子が悪い状態は大きく二つに分けられます。弁の開きが悪くなって血液がスムーズに流れなくなった状態と、弁の閉じ具合が悪くなって、いったん出た血液の一部がまた元の部屋に戻る状態です。
開き具合が悪くなった状態を弁狭窄症(べんきょうさくしょう)、閉じ具合が悪くなった状態を弁閉鎖不全症、または弁逆流症<図2>と言います。一つの弁でその両方が起こる弁狭窄兼閉鎖不全症(または弁狭窄兼逆流症)という状態もあります。
弁狭窄症や弁閉鎖不全症は、なぜ起こるのでしょうか。いろいろな原因が考えられます。
以前はリウマチ性弁膜症が多く見られました。これは子供のときにかかったリウマチ熱の後遺症として、しだいに弁膜症が起こってくるものです。
中年にさしかかったころ、体を動かしたときに息切れや不整脈などの症状が出て、医療機関を受診した結果、弁膜症と分かる方が以前はよくおられたものです。僧帽弁狭窄症のほとんどがこの原因によるものです。しかし、最近は子供のころに早めに治療が行われるせいでしょうか、新規発症のリウマチ性弁膜症はほとんど見られなくなりました。
代わってよく見られるようになってきたのが、高齢者に多い動脈硬化性の大動脈弁狭窄症です。これには高齢化社会や食生活の欧米化が関係しているのかもしれません。
この病気になると、長年使ってきた大動脈弁が年齢と共にだんだん硬くなって石灰化し、弁の開閉運動が悪くなってきます。そのため血液が左心室から大動脈に流れにくくなり、左心室に負担がかかったり、またしばしば逆流も合併したりしてきます。
このほか、僧帽弁逸脱症や、僧帽弁腱索(けんさく)断裂による僧帽弁閉鎖不全症もときどき見られる弁膜症です。これは若い人から高齢の方まで年齢にかかわらず見受けられます。この病気を理解するために、簡単に僧帽弁の構造について説明しましょう。
僧帽弁は2枚の帆のような形をした弁尖(べんせん)といわれる膜からできています。2枚の帆のような形がキリスト教の司教帽に似ているので、僧帽弁と呼ばれるようになりました。
<図3>をご覧ください。僧帽弁が閉じるときに2枚の弁尖がしっかりと合わさって裏返ることのないように、弁尖には腱索と言われるたくさんのひものような組織がついていて、左心室の方に引っぱっています。この腱索の一部が何らかの原因で伸びてしまうと、弁尖同士がずれて、合わさり具合が悪くなります。これを僧帽弁逸脱症と呼んでいます。また腱索の一部が切れることもあります。この場合も同様に弁尖同士がずれて合わさり具合が悪くなり、逆流が生じます。これを僧帽弁腱索断裂と呼んでいます。
このようにいろいろな原因で弁膜症が起こります。
高度の狭窄症や閉鎖不全症を放置しておくと、どういう困ったことが起こるのでしょうか。
弁狭窄症では、狭くなった弁のところを通って血液を流すため、その手前の部屋に負担がかかります。たとえば大動脈弁狭窄症の場合、大動脈弁の手前の部屋である左心室に負担がかかり、左心室の壁が分厚くなってきます。
さらに狭窄が進むと、もっと手前の左心房や肺に負担がかかってきて、体を動かしたとき息切れや呼吸困難などの症状が出てきます。胸痛を訴える方もおられます。
閉鎖不全症では、せっかく出て行った血液が一部戻ってくるわけですから、やはり弁の手前の部屋に負担がかかります。
たとえば僧帽弁閉鎖不全症の場合、いったん左心房から左心室に入った血液がまた左心房に戻ってくるので、左心房に負担がかかることになります。さらには肺にも負担がかかってきて、やはり体を動かしたときの息切れや呼吸困難などの症状が出てきます。
また大動脈閉鎖不全症では、左心室から大動脈へ送られる血液の一部が逆流するわけですから、その分、左心室は余分に仕事をしなければなりません。その結果、左心室は大きくなり、さらに進行すると左心室の壁の動きまで悪くなって心不全につながります。
このような状態にならないために治療が必要ですが、すべての弁膜症が治療の対象となるわけではありません。たとえば軽症から中等症の弁膜症で自覚症状もないときは、特に治療をせずに経過だけをみることが多くあります。
しかし、重症の弁膜症では、内科的治療をいつまで続けても悪化しこそすれ、治ることはないので、外科的治療が必要になります。外科的治療は大きく分けて、傷んだ自分の弁を修復して温存する弁形成術と、人工の弁で置き換える弁置換術があります。
弁形成術は自分の弁を残しますので最も生理的で、すぐれた方法なのですが、残念ながらすべての弁に適用できるわけではなく、傷みがひどい弁や、形成術が確立していない弁では弁置換術を行わなければなりません。
ここでは人工弁による弁置換術の話をしたいと思います。
人工弁には生体弁と機械弁の2種類があります。
生体弁というのはウシの心膜(心臓の表面を覆っている薄い膜)で作られたものや、ブタの心臓弁を人の心臓に移植できるように加工したものがあります。
また、特殊なものではホモグラフトといって、亡くなられた方の心臓弁をいろいろに処理したものを移植することもあります。いずれも生体由来の組織ですので生体弁と呼んでいます<図4>。
一方、機械弁はパイロライトカーボンという炭素線維やチタンからできています<図5>。血液をできるだけスムーズに流し、さらに血液が弁にこびりついて血の塊(血栓)ができたりしないように、いろいろなデザインのものが開発されていますが、最近は弁葉が2枚ある傾斜型二葉弁が多く用いられています。
生体弁と機械弁にはどのような特長があるのでしょうか。次にその比較をしてみましょう。
生体弁にしろ、機械弁にしろ、傷んだ弁を取り換えるという意味では同じことですが、どちらの弁を使うかについては各々のメリット(長所)、デメリット(短所)を知ったうえで決めなければなりません。
生体弁の最大のメリットは、弁の材質が生体なので血液が弁にこびりついて血栓を作る可能性が極めて低いということです。通常は機械弁を植え込むと血栓ができるのを防ぐため、血液が固まらないようにするワーファリンというお薬を一生飲み続ける必要があります(抗凝固療法と言います)。しかし、生体弁の場合は手術直後の数か月を除いてその必要がありません。
抗凝固療法は効き過ぎると、血が固まらなくて出血しやすくなり(出血傾向といいます)、逆に、効果が不十分だと血栓ができてしまうので、いつもいい効き具合に維持しておく必要があります。
そのため、手術後落ち着いてからも月に1回程度採血をして効き具合を調べ、その結果に応じてワーファリンの服薬量を増やしたり、減らしたりしなければならず、少々厄介です。
また、ワーファリンは妊娠中に服用すると胎児に奇形を起こす可能性のあることが知られており、妊娠の可能性のある女性では避けたい薬です。
生体弁にすれば、このような心配をしなくてすむので、いかに大きいメリットがあるかがお分かりいただけると思います。ただし、不整脈合併など他の要因でワーファリンを飲む必要のある方は、生体弁で置換されてもワーファリンを飲まなくてはなりません。
また、生体弁は感染症にも強いと言われており、感染性心内膜炎という病気で傷んだ弁を取り換えなければならないときにもよく用いられます。
しかし、生体弁にもデメリットがあります。それは耐久性が機械弁に比べて悪いということです。大体15年前後で弁が硬くなり、動きが悪くなって狭窄や逆流が生じ、最終的には再び弁置換が必要になることを知っておかなければなりません。
一般的に若い時に置換した方が、高齢で置換するよりも早く壊れ、さらに生体弁は、大動脈弁に使った場合よりも僧帽弁に使った場合の方が壊れやすいとされています。こうしたことを考えると、高齢者で特に大動脈弁を置換する方は生体弁でいい、ということになります。また、腎不全のために慢性透析を受けている方は、他の方に比べて弁の石灰化が早く進行すると言われています。
では、機械弁はどうでしょうか。その最大のメリットはすぐれた耐久性です。機械的性能だけからみると一度置換すれば一生もつと考えられています。
ですから、再び弁置換術をしたくないという方は機械弁を好まれます。もちろん生身の体の中に入ることですから、たとえば弁に血栓がつくとか、感染症のために弁の縫着部分が緩むなどといったトラブルが起こる可能性は否定できません。
機械弁のデメリットはなんといっても、ワーファリンを一生服薬し続けなければならないことです。血栓症の可能性、出血の可能性、定期的に採血する必要性などをご理解いただかなければなりません。仕事の関係で外傷を受ける可能性が高い場合や、なんらかの事情できちんと服薬できない場合、定期的受診が難しい場合、機械弁は要注意です。
すでに説明しましたように、生体弁と機械弁はどちらもいい点、悪い点があります。
一般的に、若い方は一生もつと考えられる機械弁を、また高齢者では年齢の点から、仮に生体弁であっても、もう壊れる可能性が低いということで、生体弁を選択されることが多いようです。
何歳以上の方に生体弁を選択するか、という点については、大動脈弁の方が僧帽弁に比べて壊れにくいということを考え合わせて、大動脈弁でおおよそ65歳以上、僧帽弁でおおよそ65~70歳以上の方に生体弁を使用しているのが一般的です。
しかし、最近は生体弁の耐久性が向上してきたこと、仮に再手術になってもその際のリスクが減ってきたことから、生体弁を使用する年齢が次第に若くなる傾向にあります。また、若い人でも抗凝固療法の煩わしさを嫌って、いつの日か再手術になるのは覚悟のうえで生体弁を選択する方もおられます。
<図6>をご覧ください。1999年と2005年にわが国で実施された大動脈弁置換術と僧帽弁置換術における生体弁と機械弁の使用割合を示したものです。
厳密には、年齢や合併疾患などを一致させたうえで比較すべきですが、どちらの弁でも、この6年の間に生体弁の使用頻度が高まってきていることがお分かりになると思います。
繰り返しになりますが、生体弁も機械弁も一長一短があります。しかし、人工弁による弁置換術が必要な病態であれば、どちらかを選択しなければなりません。
主治医に十分話を聞いて各弁のメリット、デメリットをご理解いただいたうえで、ご自身のライフスタイルや好みに合わせて選択されることをお勧めします。
<図7>に、判断のポイントをイラストで示しました。こうした点を熟知し、納得したうえで、生体弁か機械弁かを選んでください。