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[60] 再生医療-心血管病の新しい治療

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

元国立循環器病研究センター
再生医療部
医師 石田 治
部長 永谷 憲歳

よみがえる血管、心筋
イラスト:よみがえる血管、心筋

もくじ

はじめに

「再生医療」という言葉を耳にされたことがありますか。テレビや新聞などで取り上げられる機会が増えてきましたので、ご存じの方も多いかもしれません。近年、世界中で盛んに研究され、急速に進歩している新しい医学領域のことです。

この「再生医療」によって、これまでは治療が大変困難で手をこまぬくばかりであった重い病気を、近い将来治すことができるようになるのではないか、と期待されているのです。

このページでは、「再生」とはどんな仕組みで起こる現象なのか、この仕組みを活用する「再生医療」とはどのような治療法なのか、その特徴はどんな点にあるのか、重症の心臓病や血管の病気に再生医療がどのように役立ち始めたのか、治療の現状はどうかなどについて、わかりやすく解説したいと思います。

「トカゲの尻尾切り」の話

よく知られた話ですが、トカゲは外敵から襲われたとき、尻尾を自分の体から切り離して敵から逃れることがあります。<図1>をご覧ください。「トカゲの尻尾切り」の様子は、皆さんご存じの通り、慣用句として「不祥事などが露見したとき、下位の者に責任をかぶせて、上の者が追及から逃れること」(小学館「大辞泉」)と、あまりありがたくない意味で用いられています。

危険から逃れるために自らの尻尾を切り離すという、一見大きな犠牲を払ったように見えるトカゲの尻尾は、その後自然に生え変わり、何事もなかったかのように元通りになるのです。

このトカゲの尻尾の例のように、いったん失われた体の一部分が再び補充されて、以前の機能を回復することを「再生」と呼びます。私たち人間を含めた生き物の体には、この「再生」の能力が生まれつき備わっているのです。

図1 トカゲの尻尾切り
図1:トカゲの尻尾切り

私たちの体の中での再生

トカゲは尻尾を丸ごと再生することができますが、私たち人間の体では残念ながらこれほど劇的な再生を起こすことはできません。しかし、もう少し控えめな再生ならば、日常的に起こっている現象なのです。

例えば、髪の毛は毎日少しずつ長くなっていき、自然に抜け落ちた後には、再び新たな髪の毛が生え変わって伸び始めます。また、やけどで傷ついて水ぶくれになった皮膚も、その下から新しい皮膚が成長してきますので、気がつくと元通りになっています。

肝臓も再生します。肝臓はたとえ手術で切り取らなければならなくなっても、全体の30%ほどが残っていれば元通りの大きさにまで再生することが知られています。

このように、私たちの体にとって、再生とは決して珍しい現象ではありません。むしろ体を支えてくれている大切な仕組みと言っても過言ではないでしょう。

自然修復が難しい心臓

体の中のほとんどの組織は、再生する能力を兼ね備えています。古くなった組織が新しいものと置き換わり、損傷を受けた組織が修復されて元通りになり、自らの機能を維持していくことで、全身の健康が保たれているのです。

しかし、残念なことに、中には一度失われてしまうと取り戻すことが難しい組織もあります。心臓を構成する心筋細胞や、脳や脊髄を構成する神経細胞などがその代表例です。

また、再生することのできる組織でも、大きく傷ついてしまうと、そのすべてを修復しきれないことがあります。例えば、やけどを負った皮膚は軽いものならばきれいに治りますが、範囲が広い場合や程度の重いときは、傷跡が残るなどして、治りきらないこともあります。

さて、ここまで「再生」という現象について説明してきましたが、いったいどのようなメカニズムで起こるものなのでしょうか。

私たちの体を構成する細胞、組織

私たちの体は、およそ60兆個という膨大な数の細胞から作り上げられています。一つひとつの細胞は互いに集まりあって、様々な組織を構成し、さらに組織同士が複雑に組み合わさって、心臓、腎臓、脳といった臓器を構成しています。最終的には、その臓器が体を形作っているのです。

しかし元をたどりますと、母親の体の中で受精卵と呼ばれる一つの細胞として始まり、二つに、そして四つに……と細胞分裂を繰り返して数を増やし、最終的に60兆個もの数になっているのです。<図2>は細胞分裂の様子を説明したものです。

また、細胞は分裂していく中で、ある細胞は皮膚を構成する細胞に、ある細胞は骨を構成する細胞に、またある細胞は筋肉を構成する細胞に……といったように特定の機能を持ちます。このことを「分化」と呼びます。

私たちの体は様々に分化した、たくさんの数の細胞が集まりあって成り立っていることを説明しました。続いて、実際この体の中で、再生はどのように起こっているのかについて話を進めます。

図2 細胞分裂
図2:細胞分裂

再生のメカニズム-主役は幹細胞

新しい細胞を次々生み出し、盛んに再生を行っている組織には、その源となる細胞が存在します。その細胞を「幹細胞」、厳密には「組織幹細胞」と呼びます。

幹細胞は次のように定義されています。(1)未分化な状態の細胞である (2)多分化能を持つ細胞である (3)自己複製できる細胞である。この3点を満たす細胞。

定義の中で「未分化」「多分化能」「自己複製」という専門用語が出てきました。それぞれの意味がよくわかるように、(1)、(2)、(3)についてかみくだいて説明します。

(1)は、そのままでは体の中で働くことのできない未熟な状態、つまり「未分化」な状態にあって、分化をした後に初めて成熟した細胞になることを意味します。(2)は、いくつか複数の種類の細胞へと分化する可能性を持つ性質を表します。それが「多分化能」です。(3)は、自らのコピーをそっくり作ることができる、つまり「自己複製」できる細胞であることを示しています。

イラスト:ヤケド治ったわ

このような特殊な能力を兼ね備えた幹細胞は、骨髄に最も多く存在するほか、体中の様々な部位に潜んでいます。例えば


造血幹細胞 骨髄に存在し、血液細胞を作ります

表皮幹細胞 皮膚になる細胞の源になります

筋芽細胞 筋肉の細胞を作り出します

腸管幹細胞 大腸、小腸の細胞を作り出します

などがあります。このほか、たくさんの種類の幹細胞が体中のあちらこちらに存在しているのです。<図3>に、幹細胞から分化して作られる組織を示しました。

これらの幹細胞が再生の主役を担っています。細胞が寿命を迎え、新しい細胞に置き換わっている場面や、損傷を受けた組織が治癒されていく場面では、その場に適した幹細胞が盛んに細胞分裂を繰り返し、元通りの組織を作り上げて、文字通り再生していくのです。

この再生の力が、心筋梗塞の治療といった大きな問題の解決に求められているわけです。次にその背景を説明しましょう。

図3 骨髄の幹細胞から分化して作られる組織
図3:骨髄の幹細胞から分化して作られる組織

再生医療とは

再生医療をひと言で説明すると、「何らかの病気や老化などによって障害された臓器が、本来の構造と機能を取り戻すことを目的とした新しい医療」となります。

交通事故で足が自由に動かなくなってしまった患者さんの傷ついた脊髄(背骨の中を通っている神経の幹です)の神経細胞を元通りに治したり、あるいは心筋梗塞でダメージを受け、働きの悪くなってしまった心臓をよみがえらせたりすることなど、これまでは治療が難しいと考えられていた多くの病気の治療が、再生医療の力で可能になるのではないかと期待されています。

現在、実際に行われている再生医療の例としては、白血病などに対して行う骨髄移植や、やけどに対する表皮移植などがあげられます。

その一方で、再生医療にも問題点が残されています。現在移植手術が可能な心臓、肝臓、腎臓といった臓器は、生命を維持していくために欠くことができないものです。しかしながら臓器の再生は、構造が複雑であるため、大変困難なことと考えられています。血管の病気、心臓病といった循環器疾患の再生医療は

  1. 血管を新たに作り、血流を良くすること(血管新生)
  2. 心筋を再生して心臓の働きを取り戻させること(心筋再生)

を目標としています。現在、世界中で盛んに研究が行われていますので、その現状を説明しましょう。

イラスト:再生医療とは

心血管再生医療の現状

1.末梢動脈閉塞症

閉塞性動脈硬化症(動脈硬化により動脈が狭くなる病気)、バージャー病(炎症性変化により動脈が狭くなる病気)は、末梢動脈閉塞症と呼ばれています。下肢の血流不足のため歩いた後に下肢の痛みなどを生じ、次第に歩くことが困難になっていく病気で、薬物療法やバイパス手術(血液の新たな通り道を作ります)が従来行われてきた治療法でした。

しかし、治療がうまくいかず、症状が進行すると、静かにしているときでも下肢の痛みを生じるようになり、さらに血流不足のため壊死に陥り、切断を余儀なくされる状態に悪化することがあります。

このように、従来の治療法が有効でない重い状態の場合に、再生医療による「血管新生療法」が適応となります。

最初に試みられたのは、血管新生因子と呼ばれる、本来私たちの体内に存在するたんぱく質を用いる治療法でした。たんぱく質のまま、あるいはそれを作りだす遺伝子を、悪くなった足の筋肉に直接注射する方法で行われ、一定の治療効果を示しました。

そして1997年に、血管を再生する新たな幹細胞が骨髄の中に存在することが発見されました。

これにより、末梢動脈閉塞症で血流の悪くなった下肢に、自らの骨髄から採取した細胞をそのまま直接注射したところ、血管に分化して血管新生が生じ、血流の改善が見られ、下肢の痛みなどの症状もよくなることがわかりました。

わが国では2000年から末梢動脈閉塞症の患者さんを対象として、この骨髄細胞直接注射による血管新生療法が試験的に行われ、安全性と有効性が報告されました。<図4>に、骨髄液を採取して骨髄細胞を取り出し、下肢に注射、つまり移植して血管を形成する様子を示しました。

現在、国立循環器病センターを含め国内の一部の病院で、この治療法が国から高度先進医療の認可を受け、保険医療として実施されています。治療は、患者さんの骨髄液を腰の骨から600ml採取し、血管新生に有効な幹細胞を集めて、下肢の筋肉に直接注射する方法で行われます。

最近は、末梢血を採血し、血管を形成する細胞を集めて移植する方法も一部の病院で試験的に行われています。この方法は、骨髄を採取する際のような患者さんへの負担がないという利点があります。

図4 骨髄細胞の移植療法
図4:骨髄細胞の移植療法

2.虚血性心疾患

狭心症と心筋梗塞は、まとめて「虚血性心疾患」と呼ばれています。わが国では食生活の欧米化や、高齢化を背景として近年増加している病気です。

心臓は体中に休むことなく血液を送り続けるポンプとして働きます。必要なエネルギーは、冠動脈と呼ばれる、心臓の表面を覆いこむように伸びる血管からの血流によってもたらされています。

老化に伴い、血管の内側にコレステロールがたまったリ、血液の塊がこびりついたりする動脈硬化と呼ばれる変化が起こります。この動脈硬化が冠動脈で進行すると、血液の通り道が狭くなるため、流れる血液の量が次第に少なくなります。

冠動脈の中を流れる血液の量が、心臓が活動するのに必要な量より足りなくなると、体は胸の痛みや圧迫感といった危険信号を発するようになります。この状態を「狭心症」と呼びます。

さらに冠動脈が狭くなり、完全に詰まってしまい血液が通じない状態が続くと、その部分の心筋細胞は酸素不足で細胞死を起こしてしまいます。この状態を「心筋梗塞」と呼びます。

狭心症の治療法として、カテーテル治療(冠動脈を内側から膨らませて広げる治療法など)や、冠動脈バイパス術(手術で新しい血液の通路を冠動脈に作る治療法)などが行われています。それでも、冠動脈の狭い部分が複数ある場合などは治療が困難とされています。

では、心筋梗塞の方はどうでしょうか。これは治療の難しい病気です。いったん心筋梗塞が起こると、動きが悪い、あるいはまったく動かない部分が心臓にできてしまいます。心筋細胞は再生することができませんので、次第に心臓は十分な血液を体に送り出せないようになり、心不全と呼ばれる状態に陥ります。

そこで脚光を浴びているのが、再生医療による「血管新生療法」、あるいは「心筋再生療法」です。従来の治療法では治療が困難な狭心症、重症の心不全の場合が適応となります。現在、骨髄から採取した幹細胞を用いた数種類の治療法が臨床研究段階にあり、各地で試みられています。

イラスト:主治医と相談を

国立循環器病センターでは、骨髄に存在する「間葉系幹細胞」と呼ばれる特殊な細胞を用いて、細胞移植治療をしています。間葉系幹細胞は心筋や血管に分化する能力を持った細胞です。また多くの血管新生因子を分泌しますので、血管を新生することができます。

腰の骨の中からわずか20mlの骨髄液を採取し、体の外で3週間かけて間葉系幹細胞を増殖させ、心筋の中に注入する治療法です。カテーテル治療の要領で心臓に注射する方法や、冠動脈バイパス手術の際に直接心臓に注射する方法で行っています。<図5>に間葉系幹細胞と移植の様子を示しました。

現在研究の段階ですので、治療の効果は慎重に判断する必要があると考えています。これまでのところ、明らかな副作用はなく、ある程度の心機能改善が認められています。

図5 間葉系幹細胞移植
図5:間葉系幹細胞移植

3.重症心不全

拡張型心筋症は原因不明の心臓病です。進行に伴い、心臓が拡張し、次第に血液を送り出す力を失って、最終的には重い心不全状態となってしまう病気です。

治療法として薬物療法が行われていますが、治療が困難な場合、細胞移植治療による再生医療が適応とされることがあります。国立循環器病センターでは、骨髄間葉系幹細胞を用いた細胞移植治療を行っています。

この治療法も現在研究段階にありますので、安全性、治療効果についての検討を今後行ってまいります。

イラスト:国立循環器病センターでは

終わりに

これまで治療が困難だった血管や心臓の病気に対し、血流を良くすること(血管新生)、心筋を再生して心臓の働きを取り戻すこと(心筋再生)を柱とした「心血管再生医療」は、この分野の治療に新たな光明をもたらしたと言えましょう。

しかし、多くの治療法は研究段階にあることを、よくご理解いただきたいと思います。期待されるような治療効果が得られない場合も考えられますので、治療を希望される場合は主治医の先生と十分にご相談ください。

今後できる限り早く、皆さまにより安全で効果的な治療法を提供できますよう一層の努力をしてまいります。

 

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