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[51] 心臓手術はどれほど「安全・安心」ですか?

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

元国立循環器病研究センター
心臓血管外科
医師 石坂 透
副院長 八木原 俊克

飛行機と同様に安全です

イラスト:飛行機と同様に安全です

もくじ

はじめに

医療の場で「安全と安心」を提供することが、私たち医療従事者にとって最も大きな目標になっています。心臓病は怖い病気、さらに手術は医療の中で最も危険な治療法だから、心臓手術は“危険な医療”の代表格ではないか、とお考えではありませんか?

確かに、疾患の種類や状態、手術の種類などによっては危険を覚悟しなければならない場合もあります。しかし、多くの心臓手術は必ずしもそうではなく、“安全な医療”になっています。まず最近の心臓手術についてご説明し、それがどれほど安全になっているかをお話しします。

心臓手術(開心術)とは

文字通り、心臓にメスを入れる手術が「心臓手術」ですが、大動脈や肺動脈など、心臓の近くにある大きな血管にメスを入れる手術も心臓手術の中に含まれます。

心臓は生まれてから死ぬまで、ずっと休むことなく動き続けている臓器で、血液を循環させる生命維持装置です。心臓にいきなりメスを入れると、血液が噴出してこれを循環させられなくなり、生命維持ができなくなります。そこで、心臓手術では、血液循環を一時的に代行する機械が必要で、それに用いられるのが「人工心肺」です。

心臓が動いたままでは手術がしにくいので、多くの手術では心臓をじっとさせることも必要です。心臓は生きている限り動き続けています。じっとさせるには心臓を仮死状態にする必要があります。そして心臓の手術が終了すると、仮死状態の心臓を蘇生させて元通りに動かします。

本来、心臓は生きている限り動き続けるように、大変タフな臓器です。回復力も絶大で、蘇生が可能なのです。

心臓の手術をしている状態は、飛行機が空を飛ぶのに例えることができます。重力の法則に反してあのような重い金属物が空に浮かんでいるのは大変危険な気がしますが、技術の進歩で飛行機はすっかり安全な乗り物になっています。「心臓手術は安全ですか?」という質問は、「飛行機は安全ですか?」と尋ねるのと、大まかには同じ種類の質問だと思ってください。

体力はもちますか?

小さな赤ちゃんやご高齢の方の手術に際して、体力はもつでしょうかと尋ねられることがよくあります。単に体が小さいからとか、年だからという理由だけで、手術を断念することは普通ありません。手術に、いわゆる体力は必要ないのです。

しかし、何か心臓以外の病気がある場合は、手術で病状が悪化したり、なんらかの合併症につながったりすることがあり得ます。そういった場合には、あらかじめ状態を把握し、先手を打って準備をしてから手術すると、無用な合併症を避けることができます。

病気の既往のある人はもちろんですが、たとえなくても、手術前に肺や腎臓、肝臓といった他の臓器の機能や、糖尿病その他の全身疾患の有無をしっかり評価しておくと、より安全です。冠動脈疾患などの動脈硬化性の病気では、心臓以外の血管にも病気があることもあり、脳血管病変や動脈瘤の有無なども調べておかなければなりません。

風邪を引いたときや、熱があるときに手術を受けるのも好ましくありません。心臓弁膜症で人工弁を使用する場合、未治療の虫歯があると術後に弁にばい菌がつくことがあり危険です。そんな時はよほど緊急の場合以外、予定を延期します。また、手術創の近くにおできや生傷などがあると術後の感染の原因になることがあり、注意が必要です。

どこを切りますか?

心臓はどこ? と尋ねたら、よく胸の左側を指さす人がいますが、実際には胸のほぼ真ん中にあって、ハート型のとがった先っぽ(心尖といいます)が左側の方を向いています。

心臓と肺は生命維持を担当する重要臓器ですから、胸骨と肋骨という沢山の骨でできたかごの中に納められています。したがって、心臓の手術は、まず胸の真ん中で皮膚を切開し、前胸部の真ん中を縦に走る胸骨をのこぎりで縦切りにして、骨のかごを開くことから始まります。

胸骨は縦割りにすると、ちょうどその人の握りこぶしの幅一つ分ぐらい左右に開くことができます。このすき間から手術の操作をします。さらに心臓は心膜と呼ばれる膜で袋状に包まれています。心膜を切り開くと、初めて拍動する心臓が見えてきます。

心臓に癒着がある再手術では時に出血の危険を伴うこともありますが、胸を開く前に足の付け根の血管を用いて人工心肺を取り付けておくという手段があり、急な大出血に対する安全対策が講じられています。

人工心肺って何ですか?

心臓の手術では、一時的に心臓の血液の流れを止めたり、心臓そのものの動きを止めたりする必要があります。そのために、まず心臓と肺を迂回する一時的な血液の流れを作ります。これが「体外循環」です<図1>。

まず体で酸素を使い果たした血液「静脈血」を、心臓への入り口のところにチューブ(脱血管)を差し込んで体の外に取り出し、人工の肺で酸素を与え、さらに小さなゴミを濾過し、きれいな血液である「動脈血」に変えます。次に、人工の心臓というべきローラーポンプで、心臓の出口である大動脈に差し込んだチューブ(送血管)からこの「動脈血」を体に送ります。このような人工の心臓と肺から成り立つ「人工心肺」という装置で体外循環が維持されます。

そして、心臓自身には全く血液が流れないようにしたうえで、仮死状態になって動かなくなった心臓にメスを入れて手術をします。このように人工心肺は心臓手術をしている問、心臓以外の体中に動脈血を送り込む大変重要な仕事をする、心臓手術には欠かせない生命維持装置です。世界で初めて開心術に成功して以来、半世紀の問に人工心肺の安全性は飛躍的に向上しました。まさに飛行機と同様、世界中で日常のこととして用いられており、現在では“大丈夫”と言える、本当に頼りになる装置になっています。

体外循環による血液循環は、通常の循環に比べて拍動が少ない「低拍動循環」で、体がむくみやすい欠点がありますが、小児の手術や長時間体外循環を要する開心術では、人工心肺装置に、人工腎臓のような血液限外濾過装置を組み合わせる方法が近年は広く行われ、赤ちゃんの開心術もほぼ安全にできるようになりました。このような人工心肺に付随した補助手段の開発も開心術の安全性をさらに向上させた大きな要因になっています。

高度な技術を必要とする人工心肺装置の操作は訓練された専門の臨床工学技士が受け持っていますが、近年はこのスタッフが多く配置され、人工心肺操作の安全確保に大きく貢献しています<写真1>。

図1 体外循環模式図
図1:体外循環模式図
写真1 人工心肺の操作に欠かせない臨床工学士
写真1:人工心肺の操作に欠かせない臨床工学士

心臓を止めてしまって大丈夫?

開心術では「心筋保護液」と呼ばれる薬を心筋に注入し、心臓の拍動を停止させます。これによって心臓は柔らかい状態で動かなくなるばかりか、心臓に血液がほとんど還ってこない状態になって、心臓内部の細かな操作が安全確実に行えるようになるのです。

心筋保護液は心停止中の余分な心筋の代謝を抑え、心筋細胞が低酸素状態に陥って障害されるのを防ぎます。心筋保護液が開発されるまでは、心臓の手術はまさに時間との戦いでしたが、心筋保護液の導入と改良により、現在では3~4時間程度なら安全に心臓を停止させておくことが可能になっています。現在の心臓手術は、20~30分くらいですむものから、2~3時間を要するものまで、いろいろですが、予定した手術手技を標準的に行えば、心停止時間が4時間を超えることはほとんどありません。

動いている心臓を止めると拍動が再開しなくなることはないのか、とよく患者さんから尋ねられますが、この心筋保護技術の進歩のおかげで、特別な問題のない心筋であれば、心臓を蘇生して元通り動かすのは安全で確実な操作になっています。

心筋保護や人工心肺の改良はさらに進んで、長期間使用可能な人工心臓が応用され始めています。また、最近では、手術器具の進歩や手術術式の工夫により、冠状動脈バイパス術などの心臓の表面を走る血管を縫う手術や、フォンタン手術という複雑心疾患に対する手術などで、人工心肺を使わずに心拍動のまま手術する技術も導入されています。心臓手術の安全性を向上させる多くの工夫がされているのです。

心臓手術で使う血液を固まらなくする薬は大丈夫?

血液が血管から外に出て空気や異物に触れると固まる性質を血液凝固といいます。けがをした時などに、血を止める大変重要な体の仕組みです。

ところが、人工心肺装置は体にとっては異物ですので、そのまま血液を人工心肺装置へ流すと、すぐに血液は凝固して回路が詰まってしまいます。そこで体外循環を行う前に、ヘパリンという血液凝固を起こさなくする薬を使用します。

少しでも凝固した血液ができ、その一部が体に流れてしまうと、脳梗塞などの重篤な血栓塞栓症を起こす危険があるので、十分な量のヘパリンを使用する必要があります。

体外循環が終了した後は、縫合した部分の止血処置をして創部を閉鎖する処置に移りますが、この時にいつまでも血が止まらなければ困ります。そのために人工心肺装置を取りはずした後は、プロタミンというヘパリンの作用を中和する薬を投与します。

心臓手術はヘパリンを使うため、ヘパリンを使わなくてよい腹部の手術や手足の手術などに比べて、どうしても出血量が多くなって輸血が必要になりやすく、また体外循環終了後、完全に出血を止めるために長時間かかることがあります。

しかし、ヘパリンの使用量を必要最小限にコントロールするために開発された検査器具が普及して、ヘパリン使用の安全性も大きく向上しています。さらに、血液凝固を起こしにくい材質で作られた人工肺回路が普及しつつあり、最近では体外循環がより安全確実に行えるようになっています。

また、手術中に出血した血液を回収して体に返す血液回収装置や、手術後の出血を最小限にとどめる各種の止血薬も多く開発されており、特殊な一部の手術を除いて、最近では確実な抗凝固と速やかな止血が可能になり、この点でも心臓手術の安全性は高まっています。

輸血について

人工心肺装置では<写真2>のように、人工肺やポンプと、それらを連結する回路の中はあらかじめ生理食塩水などの液で満たしておきます。体外循環が開始されてすぐの状態を考えますと、脱血管から血液が出て行き、代わりに送血管から生理食塩水などの水が体に入ってきますから、体の血液はかなり薄まります。

少し血液が薄まって、よりサラサラになった方が体外循環中の体での血液循環がよくなるのですが、薄まりすぎると酸素交換という重要な仕事に支障が生じます。そこで、体の大きさと回路の大きさの割合によっては、あらかじめ回路の中に血液を混ぜておく必要があります。

初期の人工心肺装置は非常に大型で回路の容積が2000~3000ccもあったため、人工心肺を使用するだけでも多くの人に献血してもらい、血液をためなければなりませんでした。しかし最近の人工心肺装置は小型化し、現在使用されている回路の容積は成人用の人工心肺装置で600~700cc、生まれてすぐの赤ちゃんに使う装置では牛乳瓶1本分(200cc)くらいになっています。ですから、短時間ですむ成人の心臓手術の多くと、小児の心臓手術の一部では輸血なしの「無輸血開心術」が可能になっています。

とはいっても、ある程度以上に体外循環時間を必要とする手術や、切開・縫合部分が多い手術、心臓の機能が十分でない場合の手術、生まれてすぐの赤ちゃんの手術、癒着のある再手術など、今でも輸血が必要になる心臓手術は少なくありません。

しかし、輸血用の血液製剤の安全性も近年は明らかに向上しています。これは、血液を血球、血漿、血小板などに分離し、それぞれの成分を別々にして、安全に一定期間保存する技術が進歩したこと、供血者から採血した後、ほぼ36時間程度で肝炎ウイルスなどの検査結果が出るNAT法という新しい検査法が導入されたことが大きな要因になっています。

さらに、特殊な血液フィルターを使用したり、放射線などを照射したりする方法が普及し、多くの輸血合併症が予防できるようになったことも輸血の安全性を高めています。

また、血縁関係にある供血者からの血液を輸血した場合に、GVHDという特殊な合併症が起こりやすいことが分かり、現在は病院に供血者に集まってもらって採血する院内血(いわゆる生血)は、あまり使わなくなっています。

もちろん、いくら輸血の安全性が高まったとはいっても、輸血による合併症の可能性が全くないとは言えません。できれば輸血を避ける、輸血をしても最小限にとどめるのは当然でしょう。これらの考え方は技術の進歩により変化してゆくものです。

心臓手術を行う多くの施設では、血液の専門家が血液の管理と使用に関するアドバイスをする輸血管理室が完備され、血液製剤の安全な管理と適正な使用を推進するシステムが導入されています。これによって輸血の安全性は大きく向上しました。

写真2 人工心肺、ポンプ、回路は生理食塩水などの液で満たしておく
写真2:人工心肺、ポンプ、回路は生理食塩水などの液で満たしておく

麻酔について

心臓の手術は全身麻酔をかけて行われます。手術室に到着したら最初に静脈注射用の回路を付けるときだけ細い針を刺しますが、あとは自然な感じで眠りに入り、痛みは全く感じなくなります。普段の睡眠中は息をしていますが、全身麻酔には筋弛緩薬という筋肉を動かなくする薬を使い、呼吸を止めて人工呼吸をします。

肺への空気の通り道である喉から気管まで管を挿入し、その管に人工呼吸器を接続、呼吸は完全に機械任せの状態になります。同時に血圧や静脈の圧、体温、心電図、場合によっては手術中でも心エコー検査ができる食道エコーなど、体の状態をモニターする器具が取り付けられます。

手術中の全身管理に用いる麻酔薬、人工呼吸器などの医療機器、そして各種のモニター類も近年は著しく進歩し、麻酔そのものの安全性と心臓手術の安全性向上に大きく貢献しています。これらのモニターを見ながら体の状態を最善な状態になるように管理するのが、麻酔の医師の大切な仕事です。麻酔医は手術中の安全管理者なのです<写真3>。

写真3 手術室風景。麻酔医は手術中の安全管理者
写真3:手術室風景。麻酔医は手術中の安全管理者

手術の後、ICUでは

手術法のみならず、人工心肺や心筋保護液、そして限外濾過法など手術中のすべての手段が進歩して、現在では患者さんは数年前と比べても格段に安定した状態で手術室からICU(集中治療室)に入室するようになっています。

心臓手術は比較的深い麻酔をかけて行われることが多く、手術が終了してICUに入室する時点でも、麻酔で眠った状態がしばらくは続きます。麻酔が覚めてくると再び自分で息をし始めます。意識が回復した時に、楽に息ができれば、だいたい手術した日のうちに喉の管が抜けて話ができる状態になります。しかし、人によっては麻酔薬からの目覚めに時間がかかることがあり、また、たんが多い時などには回復までしばらく鎮静薬を追加し、肺の状態をよくする治療をします。

これらのICUに帰ってきてからの呼吸の管理、使用する麻酔薬や鎮静薬、また回復しつつある心臓を補助する強心剤や血管拡張剤など、多くの薬を用いた治療も、大きく進歩しています。その結果、手術後の回復はとても早くなってきました。

現在はどちらかといえば早めに自分の呼吸を取り戻し、早めに一般病棟に帰ってリハビリを開始した方が合併症を起こす可能性が低いと考えられています。これら術後管理の進歩が、生まれてすぐの赤ちゃんや、高齢の患者さんでも良好な手術成績が得られるようになった大きな要因になっています。

また、合併症の予防対策の一環として、感染症が専門の常勤医師を中心にした感染対策室が院内に置かれています。院内感染などの感染症の予防対策を考えたり、職員を対象としたセミナー開催などの教育・啓発活動をしたりするのが主な仕事ですが、なんらかの感染症が発生した場合には抗生物質の種類や量についてアドバイスをするのも重要な仕事になっています。

こうした感染対策室との連携は、手術室での感染予防対策、ICUでの合併症回避と適切な早期治療に大きく貢献しており、心臓手術の安全性向上の要因になっています。

傷は痛みますか? 退院はいつごろになりますか?

手術の当日は、麻酔の影響があって傷の痛みを訴える方は少数です。麻酔が覚めてから、痛みの程度に応じて鎮痛薬を使用します。傷が痛くてせきができず、たんが出せなかったり、体が起こせなかったりすると困りますので、あまり我慢しすぎないことです。

痛む場所は、多くの場合、実際に皮膚を切った真ん中のところよりも、むしろ肩から脇腹にかけてや、背中側です。手術で胸骨を左右に開く際に、肋骨や肋軟骨がちょうつがいの働きをして力がかかるからです。

痛みは日を追うごとに確実に薄れてゆきますが、個人差があり、完全に消えるのに数か月かかる場合もあります。いずれにせよ、腹部の手術の後に比べると心臓の手術後は痛みが少なく、痛みが一番の悩みということは大変経過がよいことの証明でもあるのです。

溶ける糸で縫合した場合、抜糸する必要はありません。ただしドレーン(心臓周囲にたまった水や血液を体外に導くための管)が入っていたところは、抜いたときに管の通っていた穴を糸で結んで塞いでおきます。この糸は、結んでから1週間ほどして抜きます。糸やペースメーカーワイヤなどがなくなれば、全身にシャワーを浴びても大丈夫です。

人工心肺装置を用いた手術の後、しばらくは浮腫といって体がむくみやすくなります。このため塩分、水分の摂取を制限して体内の余剰水分を減らすようにします。また多くの場合、尿の出を良くする薬を飲んでもらいます。

手術後のリハビリテーションは、可能な範囲でできるだけ早期に始めるのがよいとされています。一般的には横になっているよりは座り、座ることができれば立って、立てれば歩き、その距離を伸ばすことが目標となります。

リハビリは無理せず病状に応じて進めます。しかしべッドに横になっている時間が長いと、無気肺という肺の背中側のところがしぼんで膨らまなくなる合併症を生じ、肺炎などを起こしやすくなったり、足腰の筋力が衰えて転倒しやすくなったり、おなかがすかず食欲が衰えたり、夜、眠れなくなったり…といろいろなことが二次的に生じてきます。

従ってできるだけ自発的、積極的にリハビリに取り組むことが、無用な合併症にならず、元気になって頂くための早道なのです。もとの病気や、手術の種類にもよりますが、術後2週間目ごろから、必要な検査が済めば退院可能となります。

仕事や学校にはいつから復帰できますか?

退院して1週間ほど自宅療養をしたら、家の近くの散歩を始めましょう。順調なら退院後1か月以内に職場復帰や復学が可能です。家事労働の場合もだいたい職場復帰と同じと考えられるでしょう。

胸骨正中切開のところは骨折後の治療と同じで、だいたい術後3か月間は骨同士をゆわえている針金か太い糸でつなぎ止められていますが、それ以後は元通りの自分の骨同士としてくっつきます。運動の開始はこの3か月ぐらいが目安になります。

術前に狭心痛や心不全などで運動が制限されていた場合、体の筋肉や足腰もこれに適応しているので、術後に心臓の状態がよくなってからも、それに見合った運動ができるようになるには時間がかかります。半年から1年すると、手術の影響を乗り越え、心臓手術の効果の分だけ術前よりも元気になれます。旅行に出かけたり、自由に運動ができるようになったりするのもこのころからです。

術後の外来通院は、最初は退院後2週間前後に来てもらうことが多く、そのあとは患者さんの病状に応じて決まります。疾患により通院の頻度は異なりますが、心臓手術で元気になっても、全く病院に通わなくてよいということはありません。必要な薬をきっちり服用し、受けた方がよいと勧められる検査はきちんと受けた方がよいのはもちろんです。心臓の手術を受けたからといって、そのあと四六時中心臓のことばかり心配していたのでは、逆にココロの病になりかねません。元気になるために受けた手術ですから、手術後は、主治医の意見を参考に、病状の許す限り、できるだけ元通りの生活に早く復帰しようと心がけることが大切です。

実際の心臓手術の成績は?

日本胸部外科学会では心臓手術を行っている全国の施設すべてを対象とした調査を行っています。手術件数の推移を見ますと、手術件数は年々増加し、この調査が始まった1986年からの17年間で全体の数は約2.7倍に増えました<図2>。細かく見ると、特に冠状動脈バイパス術などの虚血性心疾患に対する手術や胸部大動脈瘤の手術が数倍に増加しています。

この統計では、1996年以降、手術件数だけでなく手術成績(手術死亡率)も調査しています。2002年までの7年間の手術死亡率の推移は、<図2右側の折れ線グラフ>のように先天性心疾患、弁膜疾患、虚血性心疾患、大動脈瘤、すべての領域で確実に低下しています。

2002年の統計では、1年間に全国529施設で合計51,762件の心臓と胸部大血管の手術が行われました。このうちいわゆる心臓手術、つまり冠動脈疾患、心臓弁膜症、先天性心疾患に対する開心術の病院死亡率は3~4%でした。この数字は、非常に容態が悪いけれども緊急的に手術する以外に救命手段がないといった重篤な患者さんから、体調を整えてよい状態で待機的に手術を受ける患者さんまで、すべてを含めての数字です。

心房中隔欠損閉鎖術の場合、全国で年間約1,800件行われ、病院死亡は4例、0.2%と報告されています。この数値にしても、数万回に一回墜落する危険があると言われている現代の飛行機に乗ることと比較すると、数十倍は危険な行為ということになります。たとえ0.2%の確率であっても、一人一人にとっては「生きるか死ぬか」しかないわけですから、手術を受けますという決断は、医者任せ、他人任せにするべきではないと思います。

執刀する外科医の方も「よっしゃ、よっしゃ、まかしとけ」的な説明ではダメです。インフォームドコンセントといって病気の状態、手術を受けることで得られる良い点と危険性、手術を受けない場合ではどうか、といったことをすべてお話して、患者さん側が十分に理解し、納得したうえで手術に同意して頂くことが周知徹底されてきています。

図2 手術件数全国集計
図2:手術件数全国集計

最後に一言

ここまでの話で、少しは心臓手術について具体的なイメージを持っていただけたでしょうか? ここ10~20年間の医学の進歩は目覚ましく、心臓手術でも成績が大きく向上しています。これは手術技術や関連する機器開発などが進歩したことに加えて、内科的な治療や診断技術の進歩も大きく寄与しています。「心臓手術は安全ですか?」という質問は「心臓手術を受けなくても安全ですか?」という質問と隣り合わせです。安全の程度は病気の種類や程度、手術の種類によって千差万別であるのは当然です。心臓手術の安全性が高まっているのは確かですが、同時に病気の危険性も正確に理解したうえで、その危険との対比から、手術の安全性を再考することも、また必要なのです。従ってしっかり病状を把握して、最もよい時期に適切な手術を受けて頂くことが大切です。このページがそうしたことの理解の一助となれば幸いです。

イラスト:最後に一言

 

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