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[9] 心臓移植のあらまし

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

国立循環器病研究センター
名誉総長 北村 惣一郎
移植部門長 中谷 武嗣

「心臓移植」延命だけでなく、社会復帰をめざす

イラスト:心臓移植をすることで、延命だけでなく社会復帰を目指すこともできるのです

もくじ

臓器移植法が1997年10月に施行されてから初めての脳死移植が、1999年2月に行われ、いよいよわが国でも臓器移植が末期的臓器不全患者に対する医療として開始されました。移植医療は善意の臓器提供があって、はじめて成り立つ医療です。今後さらに移植医療への理解が深まっていくことを願っています。

世界で30年間に4万6千例

生涯、一刻も休むことなく、ひたすら働き続ける血液ポンプ・・・・それが心臓です。

このポンプは、全身の臓器や組織から戻ってきた炭酸ガス(二酸化炭素)を含む血液(静脈血)を肺に送り込む一方、肺で炭酸ガスが取り除かれ、酸素を多く含むようになった血液(動脈血)を全身に送り続けるという生命の鍵を握る極めて重要な働きをしています。

心臓病が進んで、このポンプの働きが悪くなると、十分に血液を送り出せない状態、つまり心不全になります。

心臓移植は、重い心臓病のために、従来の薬による治療や手術をしても心不全が改善せず、近い将来、自分の心臓では生きていけないことが予想される時に行われます。

1967年、世界で初めて南アフリカで心臓移植が行われて以来、多くの国で広まってきました。1998年の国際心臓・肺移植学会の統計では、過去30年間に全世界で約4万6千例の心臓移植が行われています。

最近13年間に心臓移植手術を受けた40,775人のうち、約8割は1年以上生存し、半数が約9年以上生存しています。

移植手術が成功した場合、退院後、社会復帰・復職・復学が可能で、従来の治療では、なすすべもなく死に至るはずの多くの人々が、元気な生活を取り戻しています。

おかげで元気、元気
イラスト:心臓移植のおかげで元気、元気
半数が9年以上生存、8割が1年以上生存

「移植適応」の判断は

これまでの治療法では、救命を期待できない重い心臓病の患者さんが心臓移植の適応となります。

代表的なものとして

  1. 拡張型心筋症および拡張相肥大型心筋症
  2. 虚血性心筋疾患

があります。このほかに心筋の障害が強い弁膜症や、外科手術が困難な先天性の心臓病などが含まれます。

わが国の心臓移植適応患者の数は、日本胸部外科学会の委員会による検討では、年間228~670人と推計されています。これは心筋症と虚血性心筋疾患の患者を対象としたものです。

また、現在の臓器移植法では、臓器提供を行うことができるのは15歳以上であるため、わが国では小児の場合、心臓移植が必要であっても対応できない状態です。

心臓移植の適応と判断される時期は、循環器が専門の内科、小児科、外科の医師の間で慎重に、総合的に検討して決められますが、次に挙げるような場合に限られます。

  • 長期間、もしくは繰り返し入院治療が必要な心不全
  • 最近、用いられるようになった新しい薬(「ベータ遮断薬」や「アンジオテンシン変換酵素阻害薬」)を含む従来の薬による治療法では改善されない心不全、または安静時にも息苦しさやむくみがとれないか、胸の痛みがおさまらない人、さらに血圧や尿量を維持するため強心剤の持続点滴を必要とする人
  • 危険な重症の不整脈

移植を受けるには、年齢は60歳未満が望ましく、本人と家族が心臓移植について十分理解し、治療に積極的に参加する意欲のあることが欠かせません。

ただし、次に挙げる場合は、より厳重に経過を観察し、移植の適応かどうかを評価します。

  1. 腎臓や肝臓の機能が低下している場合(心臓移植後に服用する免疫抑制薬の「シクロスポリン」「アザチオプリン」などによって悪化する可能性があるため)
  2. 治っていない胃かいようや十二指腸かいようがあったり、治療を受けていても血糖値が高い糖尿病の場合(免疫抑制薬として使う「ステロイドホルモン」によって悪化することがあるため)
  3. 重い感染症、がんなどの悪性腫瘍、脳出血や脳血栓などの脳血管の障害がある時、さらに薬物中毒、精神神経症、肺の血管に病変がある場合、膠原病などを合併している場合

4時間以内にすべて終える

心臓移植は、自分の心臓の代りに、ドナー(臓器提供者)から提供された病気のない心臓を植え込み、その働きによって延命だけでなく、社会復帰をも目指す治療法です。

<図1>は、移植を受ける患者(レシピエント)の心臓が取り除かれた後に、ドナーから提供された心臓が移植された状態を示しています。

この手術は、移植を受ける患者を全身麻酔し、人工心肺によって血液循環と呼吸を維持しながら行います。

ドナーの体から取り出した心臓の保存時間には限界があるため、心臓を取り出してから患者に植え込むまでの処理のすべてを、原則として4時間以内に終えなければなりません。このため、ドナーから取り出す手術と移植手術を時間的にうまく連携して行うことが成功の必須条件です。

図1 移植された心臓
図1:移植された心臓

移植される人の選び方

現在、欧米を中心に年間3,500~4,000例前後の心臓移植が行われ、移植に用いられる心臓(「ドナー心」といいます)は、すべて脳死者から善意で提供されたものです。

移植直後から血液の全身循環を維持するため、移植された心臓は正常か、それに近い状態で働かなくてはなりません。だからドナー心は心臓病のない人から提供されます。

脳死者がいつ出るか予測することはできませんし、その数も限られていますから、移植が必要になった患者は、提供があるまで待機する必要があります。

ドナー心が提供されるとき、当然のことですが、その心臓に最も適した人が移植手術に選ばれます。この選定は、移植希望者として「日本臓器移植ネットワーク」(本部・東京)に登録された患者の中から、ドナーとの血液型や体重が適合しているかどうか、移植手術の緊急性、さらに登録後の待機期間の長さなどをもとに、公平に行われます。

橋渡し役に補助人工心臓

心臓のポンプ機能を代行する手段として補助人工心臓<写真1>があります。

現在、わが国で使用されている補助人工心臓は、ポリウレタン製か金属製で、駆動装置を体外に置いて作動させるものです。

ポンプ機能が著しく低下した心臓を、一時的に補助して負担を少なくし、機能の回復をはかるのを目的にしていますが、長期間、使用した場合は、いくつかの合併症(感染症、血栓塞栓症など)が生じることがあります。

最近では米国で開発された体内埋め込み型の補助人工心臓の臨床使用が始まっています。

欧米では「体外設置型」と「体内埋め込み型」の2タイプの補助人工心臓が、心臓移植までの橋渡し役(ブリッジ)として積極的に使用されています。

移植待機中に心臓の働きが低下し、どのような治療をしても全身の血液循環を維持できない場合には、補助人工心臓が移植への橋渡し役として使用されることになります。

写真1 補助人工心臓
写真1の1:補助人工心臓
制御駆動装置
写真1の2:補助人工心臓
補助心臓用血液ポンプ (左:成人用、右:小児用)

移植後の治療は

無事、移植手術が終わっても注意すべき点が少なくありません。4つの項目に整理して解説しましょう。

信頼度高い心筋生検
[その1]拒絶反応の予防と治療

他人の心臓は自分の体にとって異物となりますから、移植すると程度の差はあっても、必ず自己の免疫反応によって、移植された心臓を排除しようとします。これが「拒絶反応」です。

もし拒絶反応が起これば、移植した心臓の機能は低下し、重症の心不全になるおそれがあります。これを防ぐために、移植手術後は免疫抑制剤の服用を続けなければなりません。

明らかな拒絶反応が起きたときは、治療のために入院が必要になります。この反応が疑われる場合でも、入院して各種の検査を受けなくてはなりません。

拒絶反応の診断には、現在、定期的に行う「心筋生検」が最も信頼度が高いとされています。この検査は<図2>のように、静脈(普通、首の右側の右内頚静脈が用いられます)を通じてカテーテルを右心室に入れ、心室の筋肉の一部を採取して、顕微鏡で心筋や細い血管に異常がないか調べるものです。

心筋生検は、心臓移植手術後の3週間は1週間ごとに、その後は2週間、6週間、8週間後に検査し、経過が良好であれば、1年後まで3か月ごとに行います。1年を過ぎると拒絶反応の兆候がなくても6か月ごとに検査を続けます。

拒絶反応の発生が疑われ、医師が心筋生検が必要と判断した時はすぐに検査を受けてもらいます。

拒絶反応の治療は、免疫抑制剤の量を増やすか、他の免疫抑制剤を加えることによって行います。ときには血しょう交換もします。

いかなる治療をしても拒絶反応がおさまらず、心機能が低下して心不全になり、そのままでは生命の維持が困難と判断された場合は、再び移植が必要になります。

図2 右内頚静脈からの心筋生検(バイオプシー)を行っているところ
図2:右内頚静脈からの心筋生検を行っているところ

3剤併用が一般的
[その2]免疫抑制療法

拒絶反応を予防する免疫抑制剤<写真2>は、現在、「シクロスポリン」(サンディミュン/ネオーラル)、「タクロリムス」(プログラフ)、「アザチオプリン」(イムラン)、「ステロイドホルモン」(プレドニン、メチルプレドニン)、「T細胞抗体」(OKT3、ATGなど)があります。

これらが併用されるようになってから、拒絶反応が起きてもその程度が軽くなり、心臓移植の成績は向上してきました。

予防的免疫抑制療法として世界の多くの施設で行われている方法は、「シクロスポリン、アザチオプリン、ステロイドホルモン」の3剤併用です。この予防的療法をしても拒絶反応が生じた時には、普通、メチルプレドニンを短期間に大量使用しますが、十分な効果が得られない難治性の拒絶反応の場合はT細胞抗体が使われます。

免疫抑制剤の副作用には、感染を起こしやすいこと、顔が満月のような容貌になること、高血圧、腎臓や肝臓の機能低下、骨がもろくなる骨粗しょう症などがあり、これらに対する治療が必要になる場合があります。

写真2 免疫抑制剤
写真2:免疫抑制剤

生活制限、徐々に緩める
[その3]感染症対策

心臓移植手術のあと、しばらくは手術による傷口や点滴部位から感染症が起こりやすくなります。また、移植直後には強力な免疫抑制療法が必要となります。免疫抑制療法は、体内に入ってきたウイルス、細菌など「異物」から体を守る反応を抑え込むわけですから、拒絶反応が防げる反面、いろいろな感染症にかかりやすくなります。感染症の原因はウイルス、細菌のほか真菌、原虫などの病原体です。

このため、移植直後や急性拒絶反応を認め強力な免疫抑制療法を行う時は、無菌室などを使ったり、マスクをかけたり、感染予防対策を実行することが必要で、厳重な生活制限を受けることになります。普通は移植手術後、徐々に生活制限を緩めていきます。<写真3>。

写真3 無菌室
写真3:無菌室

3か月以上経過すると、ほぼ普通の生活に戻ることができますが、拒絶反応が出た時は、手術後と同様、厳しく感染を予防し、強力な免疫抑制療法をしなくてはなりません。

感染症にかかったとき、もしくは感染症が疑われる場合は、検査と治療のため入院が必要になることもあります。感染症の予防・治療で最も大切なことは早期発見・早期治療で、「微熱、全身倦怠、咽頭痛、せき」などの体調の変化に細心の注意を払うことがかぎとなります。

怖い感染症
イラスト:怖い感染症
免疫抑制療法をすると、ウイルス、細菌、原虫が侵入しやすくなる

全身の定期検査が必要
[その4]「除神経心」の影響

移植された心臓と、移植を受けた患者の体の神経はつながっていません。神経がとり除かれた心臓という意味で「除神経心」といいます。

患者の体の神経とはつながっていないので、心臓に対する神経系の調節は働きませんが、内分泌系(ホルモン)による支配は受けています。

運動したとき、脈拍数は正常な人に比べ遅れて増加しますが、普通の運動能力は保つことができます。

移植後、長期間経過してから心臓に栄養を与える冠状動脈が硬くなる「冠動脈硬化症」が起き、病状が進む場合があります。このとき、狭心症や心筋梗塞症の胸痛を感じることはできませんから、全身状態の定期的な検査が欠かせません。

イラスト:移植心臓と患者の神経はつながっていないが・・・
移植心臓と患者の神経はつながっていないが・・・

心臓移植手術をしてから、状態が安定し、拒絶反応も軽度以下であれば、2~3か月で退院することができます。その後、徐々に外出などを進めていけば、半年程度で社会復帰が可能となります。しかし、移植手術を受け健康を取り戻した後も、一生、免疫抑制剤を服用しなければならず、常に感染と拒絶反応の危険と隣り合わせにいることになります。さらに、心筋生検を含む種々の定期的検査を受けなければならない煩わしさがあります。

移植医療に伴うこうした特殊性を、患者と家族がよく理解し、日常生活の注意事項を守ることによって、社会復帰や復職・復学が可能になるのです。

イラスト:手術後、2~3か月で 退院できる場合も
手術後、2~3か月で退院できる場合も
イラスト:薬(免疫抑制剤)の服用と 定期検査が欠かせない
薬(免疫抑制剤)の服用と定期検査が欠かせない
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