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[45] 妊娠・出産と心臓病

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

元国立循環器病研究センター
専門外来部長
千葉 喜英

心臓病でもママになれる!

イラスト:心臓病でもママになれる!

もくじ

成熟女性と妊娠

「この病気の場合、妊娠は禁忌である」という表現がよく医学の教科書に出てきます。「妊娠の許可条件」という言葉もよく目にします。これはとんでもない話で、成熟した女性は自然にしていれば妊娠するのが普通だということに気づいていない論理です。

成熟の範囲であれば、妊娠は年齢に左右されませんし、既婚、未婚も関係ありません。学生であるとか、OLであるとか、主婦であるとか、収入の有無など、社会的条件にも影響されません。未婚であることや、その他の社会的条件が妊娠に影響を与えているように見えますが、未婚であることや社会的条件を考えて本人が避妊をしているから妊娠しないだけです。

生殖は、衣食住よりも先に獲得した生物の本質であることをよく理解してください。統計的考察をしたわけではありませんが、産婦人科医の日常の経験からして「出来ちゃった結婚」は当たり前になったようです。だから、たとえ女性に心疾患があったとしても、妊娠は許可されて行うものでは決してありません。まして、禁止しようなどと考えない方がよろしい。

心疾患を持つ婦人が妊娠した場合、もしくは妊娠をしようとした場合、医師も含めて、周りの反応は二通りに分かれます。一つは、自分の身を守るのは人間の責任であり、心疾患がありながら妊娠するような危険なことはやめろ、という反応です。もう一つは、母親の自己犠牲の上に子供に命を授けることを称賛する反応です。

日本人は観念論的価値観に基準を置きたがる傾向が強く、実は、この二つの反応はどちらも正しくありません。

まず、心疾患といってもさまざまな種類とレベルがあります。さらに、心疾患を治療したり、心疾患妊婦やその胎児・新生児を管理したりする医療技術も、どんどん進歩しています。現実には、日常生活を普通に送っている心疾患女性の妊娠・分娩は、ほとんど問題にならない程度に安全です。わが国の産科医療や新生児医療の環境は世界のトップレベルにあり、地域による差、貧富による差、社会的地位による差はほとんどありません。

医者が心疾患妊婦の管理を引き受ける条件

もちろん心疾患の中には、妊娠が悪化の誘因となる場合もありますし、生命の危険が差し迫ることもあります。ですから、どんどん妊娠して子供をつくりましょうと勧めているわけでは決してありません。心疾患にもいろいろあって、健常な人とほとんど変わらない管理ですむ人もいれば、妊娠の全期間を入院して過ごさなければ危険な人もいます。こうした患者さんを受け持った場合、私は、妊娠前あるいは妊娠の初期に、本人にいくつかの点を確かめます。

まず、本人が子供をほしがっていること。「子なきは去れ」はまだ現実にあるようで、夫もしくは男の、あるいはその家族の要望に応えて妊娠しようとする場合があります。

重症の心疾患妊婦の場合、長期入院や長期の薬剤投与など、かなりの身体的負担となる場合があり、本人の希望や決心がよほど強くなければ、そのつらい状況に耐えられなくなる恐れがあります。この場合、妊娠の成立が男を引き留める条件になっていることもあり、話をする相手はあくまで患者さん本人です。配偶者を同席させての話はできません。

次に、患者の家族が妊娠中はもとより授乳期、それ以後も育児に協力することが必要です。人の母親は生み落とすだけでは任務は終わりません。少なくとも子供が成人するまで育児が必要です。また、授乳期間中の母親にかかる身体的負担は思いのほか大きいものです。妊娠中、医療側は十分に気遣っていますが、退院して授乳期になると、意外に管理がおろそかになる例もあります。何人かの患者さんがこの時期に心不全などの理由で再入院しました。

中等度以上の心疾患妊婦の家族に必ず指導するのは「夜の授乳は母親にさせてはいけません」です。父親がやるか、おじいちゃん、おばあちゃんを総動員してでも、母親をゆっくり休ませなくてはなりません。

母親もしくは胎児の健康状態が悪化した時は、「いかなる時期」でも妊娠を中断することに、前もって同意してもらっておきます。実はこの約束が、心疾患妊婦の管理上最も重要な、患者さんとの契約となります。その時になって患者さんが妊娠の中断を拒否したら、医療側に打つ手はありません。

「いかなる時期」とは、妊娠の初期では人工妊娠中絶となり、妊娠22週以後の児生存限界以降では人工早産未熟児出生を意味しています。このような説明をしますが、実は初期には心疾患の病態はほとんど妊娠の影響を受けません。心疾患が妊娠の影響を受けるのは、多くの場合、妊娠の30週前後から後です。ですから、妊娠初期の胎内死亡がない限り、継続を決めた妊娠を妊娠の前半期に人工妊娠中絶をすることはありません。

わが国の未熟児医療は世界のトップレベルにあります。500g以下の未熟児でも生存のチャンスがあり、750gを超えると障害のない生存が90%以上とも言われています。先にも述べましたように、心疾患が妊娠の影響を受けたり、胎児が心疾患の影響を受けたりする時期は妊娠30週前後の場合が多く、その時、胎児は1000gから1500gになっています。

未熟児医療の進歩で、明らかに心疾患妊婦の管理の幅が広がりました。未熟児を管理する能力がない病院は心疾患の妊婦管理をしてはなりません。それぞれの心疾患の早産率を見ると、どの疾患が妊娠の継続を困難にしているかがわかります。最も早産が多いのは、肺高血圧を伴うアイゼンメンジャー症候群と呼ばれる病気で、77%が早産でした。次いで心筋症、弁置換術後、弁膜疾患へと続きます。先天性心疾患の修復後や、不整脈、僧帽弁逸脱症などの早産率は、普通の妊婦と変わりません<図1>。

イラスト:医者が心疾患妊婦の管理を引き受ける条件
図1 心疾患の種類による早産率
図1:心疾患の種類による早産率

心疾患妊婦の分娩

心疾患があるからといって、必ずしも帝王切開をする必要はありません。分娩は普通の経膣分娩が行われます。帝王切開になることはもちろんありますが、その理由は、普通の妊婦さんが帝王切開になるのと同じです。例えば胎児の頭が骨盤より大きい場合は、心疾患であろうと健康な普通の母親であろうと、帝王切開しかありません。

ただし、先に説明しましたように、すでに母親の状態が限界にきて妊娠を中断する場合は、帝王切開にならざるを得ません。子宮口の開いていない妊婦の分娩誘発は、かなり時間がかかり、下手をすると1週間ぐらいかかることがあるからです。すでに限界がきている状態でそこまで待てません。また、複数の診療科が協力して分娩を行いますが、長期間複数の診療科が緊急対応できる体制をとり続けるのは現実には難しく、帝王切開を選択せざるを得ません。

心疾患妊婦にとって分娩の時の努責はかなりの負担となるので、努責はさせないようにします。努責をさせないと言っても、本人は気張ってしまうのがお産ですから、麻酔をかけて痛みを取ります。背中にチューブを入れ、持続的に硬膜外腔に局所麻酔剤を注入する「持続硬膜外麻酔」と呼ばれる方法で、これが効果的です。

心疾患にとって分娩の出血などによる急激な循環動態の変化、さらに出血などに対する急激な輸液による影響が怖いので、循環動態はさまざまな方法で連続して観察します。実際には母体の動脈圧、中心静脈圧、心電図、胎児心拍数、陣痛を監視します。動脈圧は母体の手の末梢動脈に、中心静脈圧は手の静脈から心臓近くの上大静脈までカテーテル(プラスチック製の細管)を挿入して、実際の圧を計測します。その測定中の結果は<図2>のように表示されます。

図2 分娩中の母体と胎児のモニター
図2:分娩中の母体と胎児のモニター

鉗子分娩

心疾患妊婦のお産で麻酔を行うことは、先に説明しました。いわゆる無痛分娩です。麻酔をかけてもお産は進行し、頭が出てくる直前まではちゃんと下りてきます。ところが、お産の最後の部分は、妊婦が気張ることによって進行するようで、努責が自然に起こらない無痛分娩では、最後の最後に分娩の進行が止まります。ですから、心疾患妊婦の無痛分娩の最後の部分は鉗子分娩となります。

鉗子分娩というと、お産の最中に骨盤の中で頭がひっかかり、力任せに引っ張り出されるお産で、赤ちゃんの側にも、お母さんの側にも、傷や障害を残すことがある、それは世にも恐ろしい分娩だと思われているかもしれません。

確かに、昔は産婦人科部長以外、鉗子分娩はさせてもらえず、部長はたいてい年配だったので、鉗子が外れて後ろ向けに転ぶと危ないから、産婆さんが部長の腰を後ろから支え、鉗子をかけたという話を聞いたことがあります。これは帝王切開が安全に行われる以前の話で、今は力を入れて鉗子を引くことはまずありません。

無痛分娩の時に行う鉗子分娩は、決して恐ろしい方法ではなく、そっと頭を出やすい方向に誘導してあげる程度のものです。いい例えとは言えませんが、患者さんには次のように説明しています。「靴を履くときに靴べらを使った方が履きやすいでしょう。靴べらのような使い方です」。正式には出口鉗子と呼びます。

鉗子分娩に用いる分娩鉗子のデザインやその使用技術は古典産科学の頂点にあると言ってよく、いくつかのデザインがあり、それぞれに開発した人の名前が付いています。中には作った人しか使えないようなものもあり、政宗とか、何とかと呼ばれる名刀と同じようなものです。使い方にはお作法があります。

最近の産科では鉗子分娩の機会が少なくなりました。産婦人科医に鉗子分娩のトレーニングの機会もほとんどありません。理由は、鉗子分娩による訴訟が多いので、大学病院でも鉗子分娩を推奨せず、帝王切開をしてしまうからです。そのうち鉗子分娩のできる医者は無形文化財になるかもしれません。

胎児の発育は「胎児生活環境」の物差し

胎児の発育が停止した状態を子宮内発育不全と呼びます。原因は(1)胎児そのものに病気がある場合と(2)胎児の生活環境が悪くなっている場合とがあります。(2)は動物の冬眠と同じような状態です。母親から酸素や栄養が供給されなくなった胎児は、じっと我慢の子、発育を止め、代謝を抑えて、何とか命を長らえようとしているのです。

母親の心疾患のため、胎児の発育不全が起こる疾患があります。最も多いのはアイゼンメンジャー症候群と呼ばれる病態です。母体の低酸素のために胎児の発育が停止します<図3>。母体の低酸素が高度の場合は、妊娠の継続ができず、胎児は初期のうちに死亡し、流産となります。

図3 心疾患妊婦の胎児発育
図3:心疾患妊婦の胎児発育

アイゼンメンジャー症候群と妊娠

アイゼンメンジャー症候群とは、心室中隔欠損などの心疾患があり、肺高血圧のために、左から右への血流の短絡より、右から左への短絡が優位になり、全身を回る血液が低酸素になっている状態をいいます。心疾患の手術は通常は行われません。余命は短く、従来から、妊娠はとても危険で、禁止とされてきた疾患です。

しかし、最近は管理が向上したので、無理しないように生活し、かなり長生きされる方もいます。この状態でも妊娠を望む患者さんはおられます。望むというより、既に妊娠した状態でやってこられます。他の病院から搬送されてくる場合もありますし、自分で外来を受診される場合もあります。

実は産科医は、患者さんの顔をあまりよくは見てはいません。ましてや聴診などもしません。患者さんの方も産婦人科へ出かける時はなぜか、きれいにお化粧をしてこられるので、意識的に病状を隠されると、アイゼンメンジャー症候群と見破るのは、産科医にはとても難しいことです。

ある病院で、妊娠の継続を中止するよう言われたアイゼンメンジャー症候群の女性が、病気を隠して他の大病院の産科を受診された例があります。妊娠の後半期に入って、「実は・・・」と病気の存在を話され、私どもの病院へ搬送されてきました。どうにか事なきを得ましたが、そこまでする人がいるなら、最初から診たほうがましだと思うようになり、以後、どうしても妊娠を継続したい人がいる場合は診療を引き受けています。

しかし、低酸素症があまりにも強いと妊娠は継続できません。具体的には動脈血の酸素飽和度と呼ばれる指標が80%以下になると、妊娠の初期で胎芽死亡から流産に至ります。このような病態の妊婦さんは、いつ何が起こるかわからないので、管理はすべて入院の状態で行い、必要ならば酸素吸入を持続します。

こうした患者さんの診療を経験して、初期の流産の時期を乗り切った人が、何らかの変化を見せてくるのは妊娠30週前後であることがわかりました。子宮内発育遅延が高度になる、母親の肺出血、心不全、低酸素血症の悪化、胎児仮死などが妊娠30週前後に現れます。この時期に未熟児として出生させても、ほとんどの場合、障害のない生存を期待できるので、逃げるが勝ちと帝王切開分娩を決定します。

イラスト:アイゼンメンジャー症候群と妊娠

弁置換術後の妊娠

生体弁置換の場合は、妊娠管理は比較的容易です。しかし、妊娠とは関係なく、生体弁は長持ちしないことが難点です。ですから、弁の機能が良好なうちに妊娠出産を終えることが肝心です。

機械弁が使われている場合が問題になります。機械弁には血栓が付くので、血栓が付きにくくするように血液凝固を防ぐ薬剤を投与します。この薬剤は大きく分けて2種類あり、一つはヘパリンと呼ばれる注射薬で、もう一つはワーファリンと呼ばれる内服薬です。ヘパリンは分子量が大きく胎盤を通過しませんが、ワーファリンは胎盤を通過し、胎児にも影響を与えます。

したがって、最も簡単に対応するには、「機械弁を置換された婦人の妊娠を禁忌とする」と決めれば終わりです。事実、教科書にはその記述が多いのです。何回も言っていますように、実際には「禁忌」の一言では解決しないので、機械弁を入れた人の妊娠管理の方法を考えることになります。

妊娠中のワーファリンの服用は胎児に影響があり、妊娠初期の器官形成期では胎児奇形の原因となります。妊娠中期や後期であっても、胎児の出血傾向によって頭蓋内出血が起こることがあります。では、ワーファリンをやめて胎児に移行しないヘパリンを用いればよいかと言えば、そうはいきません。

まず、ヘパリンは注射薬なので、標準的な投与方法は点滴です。量的管理がけっこう難しく、普通は入院してもらい投与します。ただし患者さんが入院していると、かなりの工夫をしなければ妊娠しません。

機械弁を使っている患者さんの妊娠中の管理には二通りの意見があります。

一つは、妊娠とわかった時点でなるべく早くヘパリンに切り替える。器官形成期が終わる妊娠の12週以後ワーファリンに戻して、胎児の低酸素症から頭蓋内出血が発生しやすい妊娠の後期(37週以降)、再びヘパリンにする、という方法です。二番目は、妊娠中期にワーファリンに戻すことなくヘパリンを続ける、という意見です。この両意見は論争が続いており、どちらがよいか結論は出ていません。

まず、妊娠してからワーファリンに切り替えて大丈夫かという疑問があります。どうやらこれは大丈夫そうです。その根拠は、妊娠の極初期は、胎芽はまだ器官を作っていないからで、もし影響を受けるとしたら、全部だめになるか、全部異常なしかになります。この現象を「オール・オア・ナッシング」といいます。つまり、もし影響を受ければ、胎芽死亡となり流産となるからです。

妊娠の中期の取り扱いも、どちらが正しいかは結論が出ていません。ワーファリンを投与して胎児の頭蓋内出血を経験したことがある一方、コントロールの難しいヘパリンによる子宮出血や母体の頭蓋内出血を経験したことがあるからです。

ある施設で機械弁置換術後の妊娠の継続が危険であることを患者さんに説明するのに、ワーファリンの危険性の話をしました。医師は妊娠の継続をやめさせようとしたはずですが、患者さんは妊娠をやめずに、ワーファリンの服用をやめてしまい、弁に血栓が付いて動かなくなるという最悪の事態に陥りました。やはり、子供をほしがる気持ちは、人間の原点のようで、そこまでやるのだったら最初から管理下においた方がよいのです。

機械弁であれ生体弁であれ、妊娠中に弁機能不全が起こった場合は、再弁置換術になります。実は妊娠中の再弁置換術の胎児への安全性は全く保証されていません。妊娠初期にたまたま生存した例はあるそうですが、妊娠後半以降は全例が胎内死亡でした。もし、未熟児として助けられる可能性があれば先に産ませた方がよいのです。

イラスト:弁置換術後の妊娠

先天性心疾患の母親から生まれる子どもたち

母親が先天性心疾患の場合、その胎児が先天性心疾患である確率は、一般の妊婦から心疾患児のできる確率より高くなります。一般の先天性心疾患の発生率は1000分娩に対して7。つまり0.7%です。先天性心疾患妊婦からの発生率は3.5%で確率は5倍になっています。ですから、母親が心疾患のとき胎児の心疾患のスクリーニングは入念に行います。

一方、次のような議論があります。病気の母親の妊娠分娩管理を行うのは、病気の遺伝素因を将来に伝えることになり、病気の人が増えるではないかという考え方です。先天性心疾患でも言えるし、若年糖尿病などにもこの議論があります。確かに病気の遺伝素因は継承されていくかもしれませんが、それをコントロールする技術も継承されるので、技術継承が社会的に行われる人間社会では問題にはならないはずです。

おわりに

心疾患の患者さんを治療する目的は、患者さんの余命を延長するだけではありません。学校に行き、仕事もし、遊び、有意義な生活を過ごしていただくことにあります。女性の患者さんにとって、妊娠・出産・育児は、間違いなく有意義な生活の部類に入っています。

繰り返しますが、心疾患といっても、さまざまな種類とレベルがあり、心疾患を治療したり、心疾患妊婦やその胎児・新生児を管理したりする医療技術はどんどん進歩しています。わが国の産科医療や新生児医療は世界のトップレベルで、日常生活を普通に送っている心疾患女性の妊娠・分娩はほとんど問題にならない程度に安全になっています。

心疾患だから、子どもは望めないと悩む前に、病気の状態はどうなのかをよく知ってください。そして専門医によく相談してください。

イラスト:専門医によく相談してください

 

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