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[25] 循環器病と遺伝子の話

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

-“オーダーメード医療”への道-

元国立循環器病研究センター
研究所 病因部 
部長 加藤 久雄

循環器病の診断・治療に、ゲノム理論の応用研究がすすむ

イラスト:循環器病の診断・治療にゲノム理論の応用研究がすすむ

もくじ

発病の下地に遺伝子も

20世紀の半ばから遺伝子の正体や働きを探る研究が急ピッチで進み、病気と遺伝子の関係も、病気によってははっきりとわかるようになりました。他の病気についても、その関係の解明が期待されています。

一部のがんでは発がんを進める遺伝子や、逆に発がんを抑える遺伝子があることがわかり、遺伝子治療への応用研究が進められています。

脳卒中や狭心症、心筋梗塞など循環器病の場合はどうでしょうか?

循環器病に生活習慣や高血圧、動脈硬化などが「危険因子」として深く関係しているのは、よくご存じと思います。

最近では、こうした生活習慣などの「危険因子」と、循環器病に関係する遺伝子の双方が、いわば重なり合う形で循環器病の“下地”になっていると考えられるようになりました。

となると、21世紀は循環器病も遺伝子との関係に目を向け、重視しなければならない時代になったといえます。

それでは、今後、循環器病と遺伝子の関係がはっきりすれば、この病気の予防と治療にどんなメリットがあるのでしょうか。

こうした点を、できるだけわかりやすく解説したいと思います。

遺伝子の正体は?

まず遺伝子についておさらいしておきましょう。遺伝とは親の体質(顔、形、体つき、病気にかかりやすいかなど)が子供に伝わることで、それは遺伝子によって伝わります。

私たちの体は、約60兆個もの細胞からなっています。それらの細胞は<図1>をご覧いただくとわかるように、いろいろな部分から構成されています。

細胞の中には「核」と呼ばれる大切な部分があって、その中に遺伝子を乗せた24種類の「染色体」があります。遺伝子の情報を蓄えた短い“ひも”のような形のものと思ってください。

染色体は具体的にどんな形かを<図2>に示しました。男性も女性も46本の染色体を持っています。そのうち「性染色体」は男女で違いますが、ここでは詳しくは触れません。(この点を詳しく知りたい方は<図2>の説明や、巻末の<注>と<図7>を参照してください)

染色体は遺伝子を乗せた“ひも”のようなものと説明しましたが、このひもはDNA(デオキシリボ核酸)という「長い鎖」でできています。長い鎖は三つの部品(塩基、糖、リン酸)がワンセットになってつながっています。<図3>を参考にしてください。

さて、遺伝子の働きをしているのは4種類の「塩基」で、いわば4種類の塩基が“暗号文字”になっているのです。これらの暗号文字でつづられた文章が、遺伝情報といえます。

その4種類の暗号文字(塩基)は、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)と呼ばれています。

次々、専門用語が並んでしまい、皆さんから頭が痛くなったという声が出そうですが、要は遺伝情報は「四つの“暗号文字”でつづられた文章である」と覚えておいてください。

図1 人体を構成し遺伝情報を担うもの

人の体は60兆個もの細胞からできていますが、細胞の一つ一つの中は、いろいろな部分、例えば、核やミトコンドリヤと呼ばれるものなどがあります。核のなかに染色体があって、遺伝情報を担っています。

図1:人体を構成し遺伝情報を担うもの
図2 これが人の染色体

染色体のうち、番号で呼ばれる常染色体は22種あり、それらが1対ずつ示されています。その他にXおよびYと呼ばれる性染色体があります。
染色体の数は以下のとおりです。

●体細胞・・・ 男:22対の常染色体+XおよびY性染色体 合計46本
女:22対の常染色体+2本のX性染色体 合計46本
●卵子・・・・ 22本の常染色体+X性染色体
●精子・・・・ 22本の常染色体+XまたはY性染色体

図2:これが人の染色体
図3 DNAの構造

DNAは塩基と糖とリン酸という三つのパーツからなり、それがつながって、長い鎖となり、このうち4種類の塩基(A、T、C、G)が遺伝情報の暗号文字となっています。

図3:DNAの構造

個人差がある遺伝情報

一人分の遺伝情報のことを「ゲノム」と呼んでいます。

ゲノムは一人ひとり、ごくわずかですが異なっており、そこに個人の独自性があります。これを「遺伝情報(ゲノム)の多様性」といいます。

外見や性格、病気になりやすさ、薬の効き方や、副作用も人によって違ってくるのは、この「多様性」のためです。

こうした差は、遺伝の“暗号文字”の違いによって生じますが、その違いを「遺伝子多型」と呼んでいます。その中には

  • 一つの暗号文字が、他の暗号文字に置き換わっている場合
  • 一個から数十個の暗号文字がなくなっていたり、別の暗号文字に置き換わっている場合
  • 二個から数十個の暗号文字がセットになって繰り返し並んでいる部分の、繰り返し回数が異なる場合

などがあります。

病気と遺伝子との関係は2タイプあって

  1. ある遺伝子の暗号文字が異なっていると、非常にかかりやすくなる病気(「単一遺伝性疾患」といいます)
  2. 暗号文字が異なっていても、必ずしも病気にならず、生活習慣が関系することによってかかりやすくなる病気(生活習慣病など)
    があります。

遺伝子の働きの違いによって、正常とは異なったたんぱく質ができたり、たんぱく質ができすぎたりすると、体に必要なさまざまな物質にアンバランスが生じ、結果として病気になるのです。

1. の「単一遺伝性疾患」には、進行性筋ジストロフィー、血友病A、家族性高コレステロール血症、嚢胞性線維症、ハンチントン氏舞踏病などがあり、まれですが重篤な病気です。

2. については、まず<図4>をご覧ください。高血圧や、がん、心臓病、糖尿病などは、遺伝情報の違いといった遺伝的要因に加えて、喫煙や食生活、飲酒、ストレス、生活環境などの生活習慣や環境が組み合わさって発症すると考えられています。

だから、これらの病気に関係する「遺伝子の違い」(個人差)がはっきりすれば、生活習慣・ライフスタイルを変えることによって病気の予防や治療に役立てることができます。

図4 原因が重なって発症する

染色体のなかにある遺伝子に書き込まれた設計図に従って、遺伝子がいつ、どこで、どれだけ働けばよいか、非常に厳密にコントロールされています。遺伝子の暗号文字の違い(遺伝的要因)や生活習慣(環境要因)により、この調節機構に異常が生じると、必要なたんぱく質が必要なだけつくられなくなり、結果として病気になります。

図4:原因が重なって発症する
(中村祐輔著「先端のゲノム医学を知る」羊土社を基に作成)

遺伝子研究が必要なわけ

では、どのようにして遺伝子を調べれば、循環器病に関係する「遺伝子の違い」がわかるのでしょうか。高血圧を例に説明しましょう。

人の血液から、遺伝子の暗号文字がつづられているDNAを取り出し、いくつかの遺伝子の構造を他の人と比較してみます。

<図5>をご覧ください。それぞれ、同じ遺伝子でも個人によって異なる暗号文字に置き換わっているところ(丸の部分)があります。つまり、それぞれの遺伝子の構造は、どの人も同じというわけではないのです。

こうした違いは、遺伝子によってはすでに明らかになったものもありますが、わかっていないものもたくさんあります。

すでにわかっている遺伝子でも、日本人については調べられていない場合があり、現在、日本人の「遺伝子の違い」に関する研究がどんどん進められています。

しかし、実際には「遺伝子の違い」のほとんどは、病気とは関係がありません。ですから、病気にかかっている人と、そうでない人の遺伝子を比べてみないと、どの「遺伝子の違い」が病気と関係しているか分からないのです。

高血圧症の原因と考えられる遺伝子(「候補遺伝子」といいます)は、<表1>のようにたくさん知られていますが、はっきりと明らかになったものは、残念ながらまだありません。

図5 遺伝子が三つ(遺伝子1、2、3)あった場合

いま仮に、高血圧の発症に関係のある遺伝子が三つ(遺伝子1、2、3)あったと仮定し、それらの文字が違っている個所を、丸で示しました。(実際には、もっとたくさんの違っている個所がありますが、分かりやすくするために、ここでは病気と関係するものだけ示しています)しかし、三つの遺伝子のうちの一つまたは二つが丸になっているBさんやCさんは高血圧にはならず、三つの遺伝子がともに丸になっているDさんだけが高血圧にかかりやすくなると考えられています。

図5:遺伝子が三つ(遺伝子1、2、3)あったと仮定
表1 高血圧の発症に関係すると考えられる候補遺伝子
  • ナトリウムやカリウムを細胞のなかに取り込んだり、排せつしたりするたんぱく質に関係する遺伝子
  • 血圧を上げる作用をもつ生理活性物質を作る酵素に関係する遺伝子
  • 血圧を下げる作用をもつ生理活性物質を作る酵素に関係する遺伝子
  • 活性酸素を分解する酵素に関係する遺伝子
  • 高脂血症や動脈硬化に関係する遺伝子
  • イラスト:高血圧の発症に関係すると考えられる候補遺伝子
    細胞の増殖やその調節に関係する遺伝子
  • 細胞の接着に関係する遺伝子
  • 糖代謝に関係する遺伝子
  • 脂質代謝に関係する遺伝子
  • 肥満に関係する遺伝子
  • 交感神経系に関連する遺伝子
  • 血栓の形成と溶解に関係する遺伝子

もう少し詳しく説明しますと、いくつかの「遺伝子の違い」の組み合わせが、高血圧の発症に関係していると考えられますので、はっきり特定することが大変、難しいのです。さらに、いままでに知られている「候補遺伝子」のほかに、まだ知られていない新しい遺伝子(新規遺伝子)も見つけなければなりません。そのために高血圧になりやすい動物を用いて、新しい遺伝子を探し出す研究が進められています。

高血圧と「遺伝子の違い」との関係を明らかにするためには、高血圧患者さんの遺伝子を調べなければなりません。

しかし、高血圧症の患者さんには高脂血症を合併している人が多く、糖尿病の患者さんでは約半数が高血圧といわれています。さらに腎疾患、虚血性心疾患、肥満を伴う高血圧も多いのです。

ですから、<図6>のように、高血圧と他の疾患を合併している患者さんも調べなければなりません。

これらの患者さんたちのさまざまな情報(例えば<表2>に示すような情報)と遺伝子解析の結果とをつきあわせれば、「遺伝子の違い」が高血圧とどう関係するかを知ることができます。

もう一つの重要なことは、健康な人の遺伝子を調べることです。

現在、高血圧ではない人の「遺伝子の違い」と、すでに高血圧になっている人の「遺伝子の違い」を比べると、高血圧の発症に関係すると思われる「遺伝子の違い」を見つけることができるからです。

こういったことが分かると、どのような生活習慣を守れば高血圧が予防できるかを明らかにすることも期待できます。

すでに病気になっている患者さんに対しては、どのような薬が最も有効か、また、薬の副作用はどのようにして防げるかを明らかにするために、薬剤に反応する遺伝子(薬剤応答遺伝子)についての研究も必要です。

高血圧、動脈硬化、心筋梗塞などに使われる薬は多くの種類がありますが、これらの薬のうち、どの薬の組み合わせが、それぞれの患者さんに最も有効かを調べるには、患者さんの治療効果を見ながら、遺伝子解析研究を進めることが大切です。

こうして、一人ひとりが持つ遺伝情報の違いと病気との関連がはっきりすれば、病気の予防、早期発見、治療も、各個人に応じた“オーダーメードの医療”ができるようになります。個人個人の特徴に応じた医療は、高齢化社会ではとくに必要になっているといえます。

繰り返しになりますが、健康な人でもかかりやすい病気が分かるようになりますから、例えば、禁煙する、食塩をとりすぎない、太り過ぎにならないようにするといった生活習慣を若いころから守ることで、循環器病を予防することができます。

さらに、病気の原因遺伝子が明らかになると、その遺伝子がつくりだすたんぱく質を調べることによって、新しい薬をつくることも可能になります。

図6 高血圧の遺伝子解析の対象となる集団
図6:高血圧の遺伝子解析の対象となる集団

 

表2 高血圧患者の臨床情報収集項目

年齢・性・病名・合併症・既往症・家族歴

発症年齢・身長・体重(初診時および途中経過)

生活習慣(飲酒・喫煙・運動習慣など)

投与薬剤とその変遷および血圧の価・投与薬剤による副作用

臨床検査検査値(レニン濃度、アルドステロン濃度、電解質など)

特殊ホルモン検査・心エコー頚部エコー検査(治療前後)

24時間血圧計測定 など

どうする?倫理的問題

こういった遺伝子診断や遺伝子治療について検討するためには、とりわけ倫理的な配慮が必要です。

というのは、ある人の遺伝情報は、その人のすべての血縁者にある確率で共有されていますから、例えば病気に関する遺伝情報が漏れた場合、生命保険への加入を断られたり、就職差別を受けたりといった人権侵害が起こる可能性があるからです。

遺伝的な特性(病気など)は、発症していなくても、遺伝子検査によって確かめることができます。ですから、治療法や診断法の確立していない病気の遺伝情報を調べるときは、検査を受ける人が、その結果について知りたい場合の「知る権利」と、逆に、知りたくない場合の「知りたくない権利」が保証されていなくてはなりません。

「遺伝子解析研究についての倫理的問題に対応するための指針」は厚生科学審議会先端医療技術評価部会が昨年4月28日に、また、「ヒトゲノム研究に関する基本原則」は科学技術会議生命倫理委員会が昨年6月14日に作成しています。これらの研究を対象とした国全体の「倫理指針」は平成12年度中に作成される予定です。

「倫理指針」の基本方針をまとめますと以下のようになります。

  1. 血液提供者の意思の尊重(インフォームド・コンセント)
  2. 専門家および市民の立場の人から構成された倫理審査委員会による承認と外部委員による実地調査
  3. 血液提供者の人権保護
  4. 個人情報管理者による厳格な個人情報の保護
    「連結可能匿名化」あるいは「連結不可能匿名化」の後、遺伝子解析を行う
  5. 遺伝カウンセリングの整備
  6. 研究の情報開示

「連結可能匿名化」とは、個人を特定できる情報(氏名、住所、生年月日など)と匿名化された番号との関係を対応させたリストを厳重に保管し、匿名化された番号だけで遺伝子解析を行うことです。

一方、「連結不可能匿名化」とは、個人を特定できる情報を取り除いたあと、匿名化された番号だけで遺伝子解析を行うことです。この場合、個人情報が漏れる危険はなくなりますが、個人に解析結果をお教えすることはできません。

国立循環器病センターの取り組み

国立循環器病センターでは、「ミレニアム(新しい千年紀)・ゲノム・プロジェクト」の重要テーマである「高血圧疾患遺伝子」の解明を担当し、昨年4月から研究を開始しました。

人の遺伝子情報を解読する計画「ヒト・ゲノム計画」が世界の研究者の協力で進められ、遺伝の暗号文字がどんな配列で並んでいるかがほぼ解明されてきたのは、ご存じのことと思います。

暗号文字の配列の違い、つまり「遺伝子の違い」を比較して、病気に関係する遺伝子を明らかにする国家的事業が「ミレニアム・ゲノム・プロジェクト」で、昨年から始まりました。

対象となるのは5大疾患である痴呆、がん、糖尿病、高血圧、ぜんそくに関係する遺伝子で、薬剤反応性関連遺伝子も解析して、先に説明しました“オーダーメード医療”の実現と、新薬の開発を目的にしています。

この事業は、人類の直面する課題解決のために、大胆な技術革新をめざして産官学が共同して挑む国家的事業「ミレニアム・プロジェクト」の一環です。

国立循環器病センターでは、「高血圧疾患遺伝子」の研究を通じ、どのような「遺伝子の違い」を持っていると高血圧になりやすいか、高血圧の合併症(例えば心筋梗塞)を起こしやすい「遺伝子の違い」はどのようなものか、どの薬を使うと効果があり、副作用が少ないかなど、患者さんだけでなく、多数の健康な人にも協力してもらって精度の高い遺伝子の解析を行い、それぞれの個人に応じた“オーダーメード医療”の開発に貢献することを目的にしています。

この研究を行うためには、血液を提供し、ご協力いただくたくさんの方の十分な理解を得なければなりません。とくに、個人情報の保護など、倫理面での徹底した配慮と管理が必要であり、そのために様々な対策を講じています。

<注>染色体と遺伝

細胞には、体を構成する「体細胞」と精子や卵子のような「生殖細胞」との2種類があります。

体細胞には◇男性の場合、22種類の「常染色体」が1対ずつと、XおよびYと呼ばれる「性染色体」の合計46本の染色体が、◇女性では、22種類の「常染色体」が1対ずつと、Xと呼ばれる「性染色体」が2本の計46本の染色体からなっています。

一方、「生殖細胞」である卵子には、22本の「常染色体」と「X性染色体」の計23本の染色体があり、精子には22本の「常染色体」と、XまたはYの「性染色体」のいずれかの計23本の染色体があります。

卵子と精子が受精すると、46本の染色体からなら受精卵ができ、それが分裂を繰り返して、私たちの体ができあがります。<図7>

図7 生殖細胞から人体ができるまで

精子と卵子が受精して受精卵ができ、細胞分裂により体の細胞ができる様子を模式的に示したもの。

図7:生殖細胞から人体ができるまで
(中村祐輔著 「先端のゲノム医学を知る」 羊土社から引用)

 

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