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[136] 循環器病治療の麻酔...重要性と進歩

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

国立循環器病研究センター
麻酔科 医師  金澤 裕子
副院長     大西 佳彦

麻酔科医は手術中も見守っています

循環器病治療の麻酔...重要性と進歩

もくじ

  1. 麻酔とは
  2. なぜ麻酔が必要なのでしょう?
  3. 手術中のからだの変化
  4. 手術前から術後まで
  5. 循環器病治療での麻酔
  6. 麻酔の進歩と循環器病治療
  7. 手術が決まったら
  8. おわりに

「手術をしましょう」。主治医の先生にいきなり告げられたら、きっとびっくりされると思います。先生から手術の詳しい説明を聞くうち、痛いのだろうか? 自分のからだはどうなってしまうのだろうか? 果たして手術に耐えられるのか?...など、不安がどんどんつのっていくかもしれません。

麻酔なしで手術はできません。その手術のあいだ、患者さんを全力で守るのが、わたしたち麻酔科医のたいせつな役割になります。

手術や麻酔によって、からだにはさまざまな変化が起こります。これを避けることはできません。しかし、このようなからだの変化を、あらかじめ予測することはできます。その変化に素早く対応することによって、安全に手術を終えることができます。

この冊子は、手術が決まって、おそらく不安を抱えておられる患者さんやご家族のみなさんに向けてつくりました。

手術室の中で、なにがどのような手順で行われるのか、患者さん本人にもご家族の皆さんにも、わかりにくいのですが、患者さんのそばに常に寄り添っている麻酔科医の存在を知り、少しでも安心していただけたら幸いです。

難しい内容も出てきますが、気軽に読み進めてください。

麻酔とは

手術はからだにとって大きなストレスや負担となります。これを「侵襲(しんしゅう)」といいます。侵襲に耐え、無事に手術を終えるために麻酔が必要となります。

手術による痛みを感じないようにし(鎮痛)、精神的な不安を取り除き(鎮静)、主治医の先生が手術しやすいように身体を動かなくする(不動化)。この三つは麻酔にはきわめて重要で、「鎮痛・鎮静・不動化」をあわせて「麻酔の3要素」と呼びます。どんな手術でも、この3要素を満たすことを第一の目標とします。

麻酔とは

麻酔の方法には、大きく分けて「全身麻酔」と「区域麻酔」とがあります。
手術の部位や時間、侵襲の大きさといった手術にかかわる問題、さらに患者さんの年齢や手術前のからだの状態などを考慮して、その時に一番良いと思われる麻酔法を選択します。

〈図1〉をご覧ください。全身麻酔と区域麻酔の大きな違いは、意識があるかないかです。全身麻酔は脳に作用するお薬(全身麻酔薬)を使うため、手術中に意識はありません。区域麻酔は脊髄やそこから全身に広がっていく末梢神経と呼ばれる部位に作用するお薬(局所麻酔薬)を使うので、手術中も意識はあります。自分で呼吸し、会話することもで きます。

図1 全身麻酔と区域麻酔の違いは?
図1 わが国の死亡原因のうち循環器病の割合

日本麻酔科学会HPを改変

全身麻酔では、「鎮静」には全身麻酔薬、「鎮痛」には医療用の麻薬、「不動化」には筋肉の動きをとめる筋弛緩薬などを、点滴から、時には肺から、からだに投与します。お薬を続けているあいだは、何時間でも、からだのどの部位でも、麻酔の3要素が満たされます。

区域麻酔には、脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔、末梢神経ブロックといったものがあり、局所麻酔薬を投与する場所が、それぞれ違います。
どの方法も、痛みが脳へと伝わる経路を途中で断ち切るので、しっかりとした「鎮痛」が得られます。区域麻酔の種類、局所麻酔薬の種類や量などによって、「鎮痛」が得られる範囲と持続時間が変わります。

この麻酔を行う時には、患者さんが手術中に安静でいられることが必要で、通常は「鎮静」や「不動化」のためのお薬は使用しません。患者さん自身にご協力いただくことになります(麻酔の効きぐあいによって、手や足が動かしにくくなることはあります)。下半身や手足など、せまい範囲の手術や、時間の短い手術で用いられることが多い麻酔です。

循環器病研究センターで行われる手術の多くは、心臓や脳といった、からだの中で中心的な役割をしている臓器を対象にしているため、全身麻酔で行われています。

妊婦さんに対する帝王切開術は、赤ちゃんへのお薬の影響を最小限にするため、原則として区域麻酔で行なっています(全身麻酔が選択されることもあります)。このほか、おなかを大きく切開する手術では、全身麻酔と区域麻酔が併用されることもあります。小さなお子さんの手術では、全身麻酔が選択されます。

どちらの麻酔にも利点と欠点はありますが、いずれにしても、患者さんの手術中の安全を第一に、麻酔の方法を考えます。

なぜ麻酔が必要なのでしょう?

痛いから麻酔をする。それだけではありません。

わたしたちのからだは、肺で取り入れた酸素や、腸で吸収した栄養素を利用して、生きていくために必要なエネルギーをつくります。その過程でできる、いらなくなったもの(老廃物)を、尿や便としてからだの外に出します。肺からは二酸化炭素を吐き出します。また、皮膚は汗をかくことによって、体温を調節しています。

この一連の動きを仲介しているのが血液です。血液は、ポンプの働きをする心臓から全身の血管へ送り出され、からだのすみずみをめぐり、酸素や栄養素をいろいろな臓器へ届け、不要なものを持ち去ります。

これらの活動は、脳をコントロールセンターとして、神経やホルモンによって繊細に調節されています。そして、絶妙なバランスで、水分や電解質や体温といった、体内の環境を一定の状態に保っています。

毎日の生活では、周囲の環境の変化や体外からの刺激などにより、このシステムにゆがみが生じます。しかし、ちょっとしたゆがみならば、自分で調節して、もとどおりの体内環境に戻すことができます。こうしてわたしたちは生きています。

しかし、手術のような、とても大きなストレス(侵襲)をまともに受けてしまうとどうでしょう。先ほどのシステムに大きなダメージが生じ、きちんと機能できなくなって体内の環境が破壊され、生命を維持することが難しくなってしまいます。

そこで、手術の時にはしっかりと麻酔をかけて、痛みや不安などをはじめとする手術の侵襲から、からだを守る必要があるのです。

手術中のからだの変化

ここからは、全身麻酔で行う手術を中心に話を進めます。

手術の侵襲から患者さんを守るための全身麻酔ですが、実は、全身麻酔そのものによっても、からだに変化があらわれます。どんなことが起こるのでしょう?

全身麻酔は脳に作用するお薬を使うため、意識がなくなってしまうことは、前にも説明しました。この「鎮静」の状態はとても深い、つまりからだへの影響力がとても強い状態なので、意識のみならず、呼吸や血圧、脈拍などにも影響をあたえてしまいます。

しかし、ストレスなく安全に手術を終えるためには、この状態まで「鎮静」することが必要です。そのため、わたしたち麻酔科医は、器具や人工呼吸器を使って呼吸を支えたり、血圧や脈拍をお薬や点滴で調整したりしています。

手術前の患者さんに「以前、全身麻酔を受けたことがありますか?」と質問をすると、「胃カメラの検査のときにしました」などとお答えになる方が時々いらっしゃいます。

眠くなるお薬を使っていたので、検査中の記憶がなかった、ということなのですが、これは全身麻酔ではありません。

全身麻酔よりも、かなり浅いレベル、つまりからだへの影響力が弱い「鎮静」状態になります。全身麻酔をかけると、先ほどお話したような呼吸や血圧などの変化は、程度の差はあれ、かならず起こります。そのため、人工呼吸などの対応が必要となるのです。お薬でちょっと眠くなった程度では、全身麻酔とはいえないのです。

手術によって生じる体内環境は、通常の生活では出会うことのない特殊なものです。麻酔がかかっていて、ストレスを抑えている状態でも、自分のもつ調節の力だけでは、体内の環境を一定に保つことが難しくなります。

手術が進むにつれて、からだの状態は刻々と変化していきます。手術による出血や術野(手術が行われている部位)からの蒸発で、体内の水分量が変化したり、熱が奪われて体温が低下したりします。心臓と肺の働きを肩代わりする人工心肺を使って行う手術では、それらの変化はさらに大きくなります。

そこで、からだの外からの調節が必要になってきます。手術の種類や内容、手術にかかる時間、患者さんの状態(もともとの病気の状態や、手術前に脱水や貧血がある場合など)によって、対応の内容や程度は変わりますが、患者さんのからだが、通常の状態から大きく逸脱しないよう調節していきます。

では、こうしたからだの変化をどうやって知ることができるのでしょうか?

手術中に患者さんとお話することはできませんから、「つらい」とか「苦しい」などと教えてもらえません。そこで、患者さんのからだから発信される情報をキャッチし、読み解いて、現在の状況を推測する必要があります。

そこで、〝モニター〟と呼ばれるさまざまな装置を利用します。

麻酔の前に、〈図2〉のように、胸には心電図、腕には血圧計、指先には体内の酸素濃度をはかるセンサー(パルスオキシメーター)をセットします。麻酔がかかった後には、体温計や、必要に応じて、脳の活動状況を予測できるモニターも使用しています。

これらはどんな手術にも用いられる基本的なものです。しかし、情報

図2 からだの状態をモニターする装置
図2 からだの状態をモニターする装置

日本麻酔科学会HPを改変

が足りない場合も多いので、患者さんごとに必要なモニターを追加しています。(詳しくは、担当の麻酔科医におたずねください)

わたしたち麻酔科医は、モニターを使って、患者さんの状態を常に見守り、術野を観察しながら状況を判断し、さまざまな対応をしながら手術を支えています。

手術前から術後まで

麻酔科医が患者さんと接する時間は、主治医の先生とくらべると、ほんの一瞬です。しかし、その時間は、手術の時だけではありません。

手術の数日前から患者さんの状態を観察し、手術をする病気の状態、そのほかの病気やアレルギーの有無、今までかかった病気などを把握し、手術の内容について主治医の先生と相談します。

こうしたデータを総合して麻酔の方法を考え、使用するモニターを選び、起こりうる状況を予測し対策をたて、当日にそなえます。

手術の後も、痛みはないか、呼吸や循環の状態はどうか、麻酔が原因の合併症は起きていないかなどを診察します。

このように、患者さんやご家族の方には、ほとんど目にふれないところで、麻酔科医は手術前から手術中、手術後も患者さんにかかわり、支えているのです〈図3〉。

図3 手術前から手術後まで支える麻酔科医
図3 手術前から手術後まで支える麻酔科医

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循環器病治療での麻酔

心臓や血管は、からだのすみずみに血液を〝循環〟させる臓器です。
体内環境を一定に保つうえで、最も基本となる、大切な働きをしています。麻酔や手術の際には、どんな時でも、まずはこの〝循環器〟が正しく機能するよう心がけます。

循環器病の患者さんは、心臓や血管など重要な場所に病気があり、それが治療の対象となっているため、麻酔や手術によって起こるからだの変化が、ほかの方よりも大きくなる可能性があります。

しかも、病気の〝循環器〟には、予備力が少ないので、極端な変化には耐えられません。そのため、通常よりも手厚い対応が必要となります。

麻酔や手術によって起こる変化ができるかぎり小さくなるよう、使うお薬の種類や量を工夫し、モニターの種類をいつもより多くして、得られる情報量を増やします。これでどのような変化が起こりうるのかを予測し、戦略をたてて、実際に対応していきます。

手術の内容によっても、状況は変わってきますので、主治医の先生と積極的にコミュニケーションをとっていきます。

麻酔の進歩と循環器病治療

日本での全身麻酔の歴史は、1804年の華岡青洲(はなおかせいしゅう)にはじまります。青州はチョウセンアサガオから「通仙散(つうせんさん)」という飲み薬をつくり、これを使って乳がんの手術に成功しています。

効くまでに時間がかかったり、呼吸のサポートをしていなかったりと、現在の麻酔とはかなり異なりますが、それまでは痛みを抑える手段がなかったことを考えると、画期的なことだったといえます。

その後、1950年に、現代につながる麻酔がアメリカから導入され、麻酔のお薬やモニターなどの進歩とともに、今にいたっています。

麻酔によって患者さんの安全が確保できるようになると、複雑な手術が可能になります。こうして手術の方法もどんどん進歩しました。

心臓手術では、1970年代に心臓と肺の働きを代行する人工心肺の装置が安全に使えるようになり、心臓を止めて手術することが可能になりました。心臓内部の手術が安全に行えるようになったのです。

今では、生まれながら心臓に病気を持ったお子さんも、95%ほどが大人になることができます。高齢の方の手術も安全に行えるようになっています。小さな傷口をつくり、この穴から手術器具を入れて操作する、患者さんにとって負担(侵襲)が少ない手術や、血管からカテーテル(細い管)を入れて行う治療など、手術の内容は日進月歩です。

麻酔を行うためには、こういった手術の内容を理解することは不可欠ですし、手術が進歩すれば、麻酔もそれについていかなくてはなりません。麻酔のお薬も新しいものがどんどん増え、より安全に、より確実に〝麻酔の3要素〟が達成できるようになっています。

また、モニターの発展もめざましく、手術中に脳や脊髄の状態を監視できる装置の使用で、まひなどの合併症を減らすことができています。

手術中に、動いている心臓の内部を観察することも、可能になりました。経食道心エコー〈図4、5〉は、心臓血管手術のほぼ全例で使われ

図4 経食道心エコー(本体)

図4 経食道心エコー(本体)

図5 経食道心エコー(プローブ)
図5 経食道心エコー(プローブ)

口からプローブを挿入すると、本体のモニターに心臓の超音波画像が表示されます。
最新の機種では3D画像の表示が可能となっています
フィリップスジャパン提供

ています。手術の出来上がりを評価したり、手術中の心臓の動きを観察したりすることで、より良い状態で手術を終えることができます。

このように、循環器病の手術では、麻酔科が手術中に用いるモニターの数は多くなります(ここに記していないものもたくさんあります)。

繰り返しますが、からだにとって最も基本となる〝循環〟が手術の対象となりますから、たくさんの情報から状況を判断し、適切な対応をすることで、患者さんを手術から守ることができるのです。

手術が決まったら

まずは、心配しすぎず、主治医の先生の指示にしたがって、入院の準備を進めてください。

麻酔科からお願いしたいことの一つは禁煙です。

喫煙者では、手術中のたんの量が多く、術後の合併症が増えることが明らかになっています。傷が治りにくかったり、細菌感染が増えたり、肺炎などの肺合併症が増えたりします。受動喫煙でも同じことが起こることがわかっています。

喫煙者に起こる合併症の確率を、たばこを吸わない人と同じ程度まで下げるには、4週間以上の禁煙が必要です。手術までに時間がある場合は、ぜひ長期間、禁煙してください。

手術が差し迫っている場合でも、禁煙のメリットはあります。短期間の禁煙でも、たばこによって低下していた、血液が酸素を運ぶ能力と、酸素を組織に受け渡す能力が回復します。たんの量を減らすこともできます。たばこは百害あって一利なし。手術の予定にかかわらず、禁煙することは大切です。ぜひ、ご家族の皆さんと一緒に、日頃から心がけてください。

もう一つは歯のことです。

これで手術準備はOK

全身麻酔のときに、器具を使って呼吸のお手伝いをしますが、そのためには、口から気管に向けて管を挿入する必要があります(気管挿管といいます)。ぐらぐらした歯があると、気管挿管の時に抜けてしまうことがあります。その歯が気管に入り込んでしまうと、呼吸に支障をきたします。

歯から血液中に細菌が入れば、重い感染症を起こすこともあります。

また、お口の中を清潔にしておくと、術後の肺炎を少なくできる可能性があります。歯石のクリーニングやこまめな歯磨きなどを日頃から心がけてください。

グラグラした歯がある方や、虫歯がある方は、手術前に歯医者さんを受診することをお勧めします。しかし、循環器病の患者さんは、血をサラサラにするお薬を飲んでいることが多く、その場合は、歯科治療の時に血が止まらなくなる危険性があります。歯医者さんを受診する前に、かならず主治医の先生と相談してください。

また、特にお子さんの場合には、風邪の症状がある場合、麻酔をかけると危険なことがあります。手術までの間、風邪をひかないように、また、ご家族が風邪の場合にはうつることがないように、気をつけてください。
ワクチンを打った後は、麻酔を避けた方がいい期間があります。ワクチンの種類によっても違うので、主治医の先生にご相談ください。

そのほか、手術前日や当日に必要なことは、入院後にお伝えします。

おわりに

わたしたち麻酔科医は、主治医の先生や手術室の看護師さん、臨床工学技士さんたちとチームを組んで、手術中の患者さんの安全を守っています。この「チーム医療」の中心にいるのは患者さんご自身です。手術が決まって不安も多いとは思いますが、手術の成功に向けて一緒に頑張りましょう。

不明な点や疑問点などには、いつでもお答えします。入院後に担当の麻酔科医があいさつに伺いますので、遠慮なくおっしゃってください。

また、日本麻酔科学会のホームページには、一般の皆様に向けた情報がご覧いただけるコーナーがあります。こちらもぜひ、参考にしてください。(https://anesth.or.jp)

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