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[68] 認知症を理解するために

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

2008年5月1日 発行

元国立循環器病研究センター
内科 脳血管部門
部長 成冨 博章

私は ぼけないぞ!

イラスト:私は ぼけないぞ!

もくじ

歳をとると誰でも忘れっぽくなる

「最近、何でもよく忘れるのですが、認知症ではないでしょうか」と心配して来院される中高年の方が少なくありません。ちなみに認知症とは痴呆(ちほう)に対してつけられた新しい病名です。

確かに、物忘れは認知症の最も中心的で最も早くからみられる症状です。忘れっぽくなった人が「認知症ではないか?」と心配されるのも無理はありません。しかし、脳に異常がなくても、人は歳とともに多少忘れっぽくなるのが普通です。これを「生理的な健忘」と呼んでいます。

生理的な健忘で訴えが多いのは(1)物をどこに置いたか忘れてしまう(2)人の名前や物品の名称がすぐに出てこない(3)用事をするためにある場所まで行ったが、何をしに行ったのか忘れ、そのまま帰ってくる、などです。忘れっぽいといっても、その大半がこれに似たようなものである場合は、生理的な健忘の可能性が大で、あまり心配する必要はありません。

脳の発育・老化と認知機能の変化

脳は、18~20歳ぐらいになるまでは加齢とともに大きくなり、それとともに知的機能も発達していきます。

記憶する能力、時間や場所や人を認識する能力、計算する能力、読み・書き・話を聞き取り・しゃべる能力、いろいろな出来事の内容や類似点や相違点を理解する能力、道具や器具を使いこなす能力、物事の適否や状況を判断する能力などを認知機能といいます。これらの認知機能は18~20歳ぐらいまでにほぼ完成に近づきます。

20歳を超すと脳は発育をやめて、逆に加齢とともに少しずつ小さくなり始めます。40歳ごろからはCTやMRIなど脳の画像をとってみると、前頭葉と呼ばれる部分を中心に脳の萎縮(いしゅく)が認められるようになります。また無症候性病変(白質病変や無症候性脳梗塞(こうそく):自分がまったく気づかないうちに機能しなくなっている脳の部分)も少しずつ認められるようになります。これらは、加齢とともに誰にでも起きる変化で、白髪やしわが出てきたりするのと同じような現象なのです。

このような脳の変化とともに、認知機能の一部(例えば記憶力)も加齢とともに少しずつ退化します。だから60歳や70歳を超した人が「以前に比べて忘れっぽくなった」と感じるのは当たり前のことです。

実際には、記憶力の低下を自覚していなくても40歳のころの記憶力は20歳のころに比べて劣っているはずです。ただし、認知機能の中でも理解力や判断力は20歳を過ぎてからも発達し続けて60歳ごろにピークに達し、80歳ぐらいになるまであまり退化しないとされています。

イラスト:歳とともに、脳は発達をやめて、だんだん小さくなる

認知症とは

認知症とはどんな状態のことでしょうか。少し難しい表現になりますが“いったん獲得された正常な知的機能が脳の器質的病変により障害され、その結果、自立した生活が困難になった状態”のことです。知的機能が正常に発達した人に起きる現象なので、幼小児期からの脳の発育障害のために知能の発達が十分でない人の場合は、認知症とは言いません。脳の器質的な病変とは、変性疾患(アルツハイマー病など)、脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍(しゅよう)、中毒、感染症などによって生じる多数の脳細胞の死、または異常化を意味します。

通常、この障害は「不可逆的」(元に戻ることがないこと)で、治療しても正常な状態には戻りません。ただし、原因が慢性硬膜下血腫(頭部を強打した後に脳の表面に徐々に血がたまる病気)や正常圧水頭症(脳脊髄(せきずい)液を収容する脳室という部分が少しずつ拡大する、原因不明の病気)の場合は、脳外科手術によって脳の働きが復活する可能性があります。

国際的な精神障害の診断基準であるDSM-IVによると、認知症と診断する際には<表1>のAからGまでの7項目が満たされていなければなりません。

A~Gは、最低限これらが満足されないと認知症とは呼ばないという、認知症の必要条件です。その他、周辺症状として徘徊(はいかい)、妄想、不潔行為、暴言などがみられる場合もあり、身体症状として尿失禁(おしっこをもらすこと)、歩行障害などが認められる場合もあります。

認知症の原因になる疾患として最も多いのは、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)で、次いで多いのが脳血管障害(脳血管性認知症)です。原因疾患がどれであれ、認知症の症状が明らかになった時には、通常、脳の障害はかなり進行しており、これを元の正常な状態に戻すことはできません。

現在、初期の認知症に対して、ある程度治療効果を発揮する薬剤がありますが、その効果はまだまだ十分ではなく、特に進行した認知症に対してはほとんど効果がありません。そこで、認知症を克服するには、なるべく早期に、できれば認知症の前段階で、異常をとらえ、治療を開始すべきだと考えられています。

表1 認知症であることの必要条件
表1:認知症であることの必要条件

認知症の診断

しばしば用いられるのは、MMSE(mini-mental state examination)と呼ばれる簡易認知機能テストや長谷川式簡易知能評価スケールです。これらのテストは記憶力、時間や場所に対する見当識(正しく認識する機能)、計算力、失語・失行・失認の有無などを簡単に評価できるようになっています。

MMSEは30点満点で、23点以下は認知機能障害の疑いがあるとされるテストです<表2>。ただし、今まで家庭内でできていたいろいろなことができなくなり、家族からみると明らかに認知機能障害があるにもかかわらず、MMSEでは29点という高得点をあげた人もいます。従って、このようなスクリーニングテストだけで認知症が診断できるわけではありません。

イラスト:あの人の名前は…出てこないなあ……
表2 認知機能のスクリーニングテスト(MMSE)
表2:認知機能のスクリーニングテスト(MMSE)

<図1>は、時計描画テストの結果を示したものです。時計描画テストには、(1)A4サイズ程度の白紙を渡してそこに時計を描いてもらうテスト(2)直径8cmの円を描いておいて、そこに時計の数字を書き入れてもらうテスト(3)円の中に時計の数字を書き入れてあるものを渡し、そこに時計の針が10時10分になるように書き入れてもらうテストの3種類があります。

このテストは、教育年数や文化の違いに左右されず、テストを受ける人のプライドを傷つけることもないので行いやすい方法です。認知症の人の約半数は時計描写が完ぺきにできますので、完ぺきに描けたといっても、認知症ではないという根拠にはなりません。しかし、時計描写が完ぺきにできなかった場合は、認知症である可能性が非常に高いと言われています。

図1 認知症患者の時計描写
図1:認知症患者の時計描写

脳のCTやMRIを撮影しても、残念ながらその所見だけで認知症を診断することはできません<図2>。ある程度診断の参考にはなっても認知症診断の決め手にはならないのです。

図2 認知症患者のMRI(脳を水平に切った画像)
図2:認知症患者のMRI(脳を水平に切った画像)
健常高齢者に比べて脳室の拡大や脳表面の萎縮が著しい。しかし、この画像だけでは認知症の判断はできない。

脳の血流分布や代謝分布の異常を調べるSPECTやPETの検査をするとアルツハイマー病に特有な脳血流・代謝分布異常が見つかることがあり<図3>、その場合は診断の有力な決め手の一つになります。

しかし、アルツハイマー病の患者さんであっても初期には特有な分布異常を示さない場合が多いので、SPECTやPETで明らかな異常が認められなくてもアルツハイマー病やその他の認知症を否定する材料にはなりません。

図3 認知症患者の脳血流(SPECT)(脳を水平に切った画像)
図3:認知症患者の脳血流(SPECT)(脳を水平に切った画像)
側頭葉・頭頂葉の血流が低下(矢印部分。アルツハイマー病に特有)している

すでに説明しましたDSM-IVによる認知症の基本的な診断基準の項目<表1>をもう一度、見てください。AとBは、たとえ患者さんが一人で病院や医院に来院された場合でも、医師がいろいろな検査を行ってその有無を判定できます。

しかし、Cの項目は日ごろの患者さんの行動を熟知している家族や友人、同僚などからの情報がなければ容易に判定できません。その意味でも認知症の早期発見には家族や友人・同僚からの情報が極めて重要です。

<表3>は、主に家族や友人・同僚が気づいて指摘し、認知症診断のきっかけとなった症状です。家族や周囲の人から<表3>のような症状があると聞いた場合は、認知症の可能性を強く疑いながら諸検査を進めます。

表3 早期発見のてがかりとなる症状
表3:早期発見のてがかりとなる症状

認知症の治療法

認知症であることが明らかになった場合、これを根本的に治療して元の正常な状態に戻すことは困難です。

脳血管障害を原因とする脳血管性認知症の場合は、脳梗塞に準じた治療を行い、認知機能障害がさらに悪くならないように努めます。アルツハイマー型認知症の場合は「ドネペジル」という薬剤が認知機能障害の進行をある程度遅らせることができると言われており、これを中心とした治療を行います。その他、徘徊、幻覚・妄想、興奮などの症状に対しては種々の向精神薬を用いた対症療法をします。

軽度認知障害

認知症になってしまってからでは治療が難しいので、最近では、その前段階で認知症をとらえようとする動きが強くなってきました。

軽度認知障害とは、明らかに生理的な健忘とはいえない、強い物忘れがあるが、他の認知機能障害は著明ではなく、認知症と診断できない状態、つまり正常と異常の中間の状態を意味する診断名です。

物忘れは、本人が自覚するだけでなく、家族など周囲の人が「以前に比べて明らかに忘れっぽくなった」と指摘する程度のものです。

軽度認知障害と診断された人は、そうでない人に比べて、やがて認知症になる可能性が高いことが知られています。しかし、軽度認知障害の人がすべて認知症になるわけではなく、いつまでたっても認知症にならない人も少なくありません。どのような人が軽度認知障害から認知症に進み、どのような人が認知症に進まないのかは、まだ明らかになっていません。

うつ状態と認知症

うつ状態とは、やる気がでない、関心がない、集中できない、人と接触したくない、悲観的であるなどが主な徴候となる精神的に落ち込んだ状態をいいます。

家が火災で焼けたとか、奥さんが急に亡くなったなどのストレスがあれば、誰でもうつ状態に陥る可能性があります。しかし、そのような原因がなくても中高年者はうつ状態に陥ることが少なくありません。

うつ状態に陥った人は、忘れっぽくなることが多く、また日常行動でしばしばミスしたり、閉じこもりがちになったりして、認知症と間違えられることが多いので要注意です。ただし、これら認知症もどきの症状は抗うつ治療によってうつ状態が改善すると、うそのように消失してしまいます。

なぜ、うつ状態の人が忘れっぽくなるかというと、それには注意力障害や無関心が関係しているからです。<図4>のように、記憶は3段階から成り立っています。

第1は、覚えるべきことを脳という引き出しの中にしまいこむ段階(覚えこむ段階)、第2はそれを脳の中に保存しておく段階、第3は保存しておいたことを脳から取り出してくる段階(思い出す段階)です。

うつ状態の人は、第1段階に問題があり、覚えこむべきことを脳にしまおうとしても、集中力に欠けているか、またはいろいろなことに関心がなくなっているので、脳の中にキチンとしまいこんでいないことが多いのです。脳の中にしまえていないので、後で脳から何かを取り出そうとしても何も出てこないのは当たり前です。

うつ状態であっても、それを自覚していない人は大勢います。「自分は精神的に落ち込んでなんかいない」と思うからです。しかし、精神的に落ち込んではいなくても身体がそれを訴えてくることが多く、うつ状態の人の大半は、不眠(寝付きはよくても早く目がさめてしまって、それから眠れないタイプが多い)、フラフラする、頭が重いなどの身体症状を持っています。もしも、不眠、フラフラ感、頭重感のうち二つがある場合は、自分はうつ状態ではないかと疑ってもよいぐらいです。

うつ状態は認知症とよく似た症状をつくりだすので、慎重に見分けないと認知症と間違えられてしまう危険性があります。一方、認知症の初期には、うつ状態が合併していることが多いのも事実で、<表3>にあげた症状のうち三分の一ぐらいはうつ状態によるものなのです。

図4 記憶の3段階
図4:記憶の3段階

治りうる認知症

現時点では、認知症は治らない病気といえます。しかし、頻度は低いものの、中には脳外科手術によって治るタイプの認知症もあります。

その一つは、慢性硬膜下血腫です。転倒などで頭を強打すると脳の表面の静脈が切れてそこからジワジワと少しずつ出血することがあります。脳の表面の静脈は脳脊髄液という液体に接しているために切り口がふさがりにくく、出血は長期間持続します。出血が2週間、1か月と続いて徐々に血のかたまりが大きくなったのが慢性硬膜下血腫です。

この血腫ができていても、まったく無症状で気がつかない人も大勢いますが、中には忘れっぽくなったり、種々の認知機能障害が起きたりして認知症と診断される人もいます。慢性硬膜下血腫は、頭部CTやMRIを撮影すれば一目でわかります。血腫は比較的簡単な脳外科手術で取り除くことができ、その後、認知機能も回復するのが普通です。

慢性硬膜下血腫は頭部の打撲で起きる疾患で、症状が出てくるまでに少なくとも2週間ぐらいはかかります。高齢者や大酒家は頭を打ったことを忘れてしまっていることが少なくなく、ある時期から急に忘れっぽくなったり、異常行動が起きたりした場合、本人が頭を打った覚えはないと言い張っても慢性硬膜下血腫を疑ってみる必要があります。

このほか、正常圧水頭症という病気でも、脳外科手術(過剰な脳脊髄液を脳の外に排出させる手術)によって認知機能障害が改善することがあります。正常圧水頭症は、認知機能障害の他に、尿失禁と歩行障害を特徴とする疾患ですが、脳の中にたまっている水分をシャント手術によって排出させると症状がよくなることがあるのです。ただし、よくなるのは歩行障害や尿失禁だけで、認知機能障害は変わらないことも少なくありません。

認知症は予防できるか?

認知症の原因疾患は一つではありません。原因疾患の中には頭部打撲がきっかけで起きるもの、大酒が誘引であるもの、生活習慣病の一つである脳梗塞が主体のものなどがあります。これらによる認知症を予防することは可能で、頭を打たないように、大酒を飲まないように、高血圧・糖尿病・脂質異常症があればそれを十分に管理するように心がければよいことになります。

一方、認知症の原因疾患の中でも最も重要なアルツハイマー病は遺伝的素因が関係すると言われています。遺伝的なものが主役を演じるのであれば、どんなに注意してもアルツハイマー病を予防することはできないことになります。

しかし、最近、アルツハイマー病の発症や進行に、高血圧や脳梗塞が重要な役割を演じることが明らかにされていますので、決して遺伝的素因だけで発症の有無が決定されるわけではないようです。

高血圧を十分管理し、脳梗塞にならないように生活習慣に気をつければ、アルツハイマー病もある程度予防できるのかもしれません。いったん認知症になってしまったら治すことは極めて困難ですが、認知症にならないように気をつけることはそれほど難しいことではなく、効果もあると言えます。

脳に楽をさせないように

脳は、要求されればされるほど一生懸命働くのに、要求されなければサボって働かなくなる臓器です。

脳が一生懸命働く際には、脳細胞は多量のエネルギーを消費します。その多量のエネルギーはどうやって産生されるかというと、脳に多量の血液が流れてきて脳細胞に十分な酸素とブドウ糖を供給し、脳細胞がその酸素とブドウ糖をもとにエネルギーを生み出すのです。

つまり、脳が一生懸命働いていれば、否が応でも脳には十分な血液が流れてきて、脳を若々しい状態に保ってくれるのです。

脳を一生懸命働かせるとは、例えば、ある程度ストレスがかかる環境にいて、責任あるポストについている場合などが良い例になります。失敗しないよう、損をしないよう、脳は細かく気を配り、状況を把握しながら迅速に判断を下してフル回転で働いているはずです。

会社を経営している人や政治家などがこれに相当します。そういう人の大半は70歳や80歳を超しているとは思えないほど若々しく見えます。ちなみに、見かけが若々しい人は脳も若々しく保たれているのが普通です。そのような環境にいた人が、引退して、何の責任もストレスもなくなり、訪ねてくる人もほとんどいなくなったら、数か月ないし数年のうちに忘れっぽくなり認知機能が低下する場合がよくあります。

最も好ましくないのは、朝遅く起きて、朝食後はテレビの前でコックリ、コックリと居眠りし、一日中ほとんど居眠りしながら過ごすケースです。これは認知症に到達するための近道を歩いているようなものです。

イラスト:楽ばかりせずに、働け!働け!

脳が働きすぎてパンクすることはありません。できる限りいろいろなストレスや緊張感を与えて脳を刺激し、脳が働くように仕向けるのが認知症にならないための秘訣です。<表4>に、ぼけ予防協会が推奨する「認知症予防の10か条」を示しておきます。

表4 認知症予防の10か条
表4:認知症予防の10か条

 

最終更新日 2014年03月12日

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