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[112] 脳卒中の言語リハビリテーション - 家庭で効果を上げるには -

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

国立循環器病研究センター
脳血管リハビリテーション科
大畠 明子(主任言語聴覚士)

家族の団らんで言語リハビリ

もくじ


2015年1月、テレビで巨人軍終身名誉監督・長嶋茂雄さんのドキュメンタリー番組が放送されました。この年は現役引退40年目、脳梗塞発症10年目ということで、番組では長嶋さんの選手・監督時代だけでなく、リハビリテーションに取り組む姿も紹介されました。

長嶋さんはもっと良くなりたい、野球に関わり続けたいという強い希望と意志を持ち、長年リハビリテーションを続けられています。運動のリハビリテーションは、もはやスポーツ選手のトレーニングのようです。言語障害に関しても、あいさつの練習をひとりで何度も繰り返し、娘さんにも聞いてもらってアドバイスを受け、より明瞭で分かりやすい話し方になるよう努力されていました。

自分の言葉で感謝の気持ちを述べられた国民栄誉賞授与式でのあいさつは、まさにその成果だったと言えます。

さて、脳梗塞や脳出血など脳卒中の後遺症としての言語障害には「失語症」と「運動障害性構音障害(麻痺性構音障害)」があります。

失語症は一般的には大脳の左側(左半球)の言語領域という言葉の能力に関わる部分に障害が生じ、言葉がうまく使えなくなった状態です。話すことだけでなく、聞くこと、読むこと、書くことも難しくなります(左利きの人の中には、言語領域が右半球にある場合があります)。

一方、運動障害性構音障害は、脳卒中によって言葉を話すのに必要な舌や口唇、声帯などの発声発語器官の動きが悪くなったり(麻痺)、それらの動きをうまくコントロールできなくなったり(失調)したために、声が小さくなったり、かすれたり、ろれつが回らなくなったりして発音が不明瞭になる状態をいいます。

この冊子では、病院でのリハビリテーションを通じて回復した言語の能力や脳卒中後も保たれているさまざまな能力が、日常生活の中で活用できるよう、家庭でできる言語障害のリハビリテーションについて、いくつかの提案をしたいと思います。

言語障害のリハビリテーションの流れ

リハビリテーション(以下、リハビリと略します)は、〈図1〉のように急性期、回復期、維持期の3段階に分けることができます。一般に急性期は発症後3週まで、回復期は発症後3か月まで、維持期はそれ以降とされています。しかし、実際の経過は個人差が大きいため、人によって各期の長さは異なります。

図1 言語障害のリハビリテーションの流れ

言語障害のリハビリは発症後できるだけ早期に始めることが望ましく、急性期は全身状態に注意しつつ、過剰にならないよう適切な働きかけ(話しかける・文字を見せるなど)をしながら、言語機能の回復を促していきます。

回復期は全身状態が安定し、言語障害に対する多彩な訓練ができますので、訓練効果が上がりやすい時期です。この時期のリハビリは多くの場合、リハビリの専門病院・病棟で行います。

維持期のリハビリは主に、日常生活でのコミュニケーション能力を高めることと、周りの人との交流など社会参加を促すことを目指します。この時期は可能であれば家庭に戻り、介護保険サービスや病院・診療所の外来リハビリを利用することになります。

言語障害の回復は人によりさまざまです。詳しく検査をしなければ分からないほど言語障害が回復する人や、周りの人には、ごく普通にしゃべっているように聞こえるのに、本人はしゃべりにくさを気にしている場合もあります。その一方で、言語障害が重度のまま、あまり変化のない人もいます。

言語障害というと話すことだけが問題で、そのリハビリは話すことを集中的に行うのがよいと思われがちですが、失語症と運動障害性構音障害とでは、リハビリの内容や注意点が異なります。

家庭でのリハビリの基本的な考え方

病院でのリハビリが終わり、退院して自宅に戻ると、言語障害の本人も家族もほっとされる一方、今後の回復や生活がどうなるかについて不安を抱かれます。

言語障害を含め脳卒中後遺症は、病気になった直後は急速に回復しますが、その後の回復は次第に緩やかになります。このため、自宅に戻った頃には回復を実感しにくくなっており、できないことばかりが気になってしまうことも不安を招く一因となります。

言語障害になるとスムーズな会話が難しくなりますが、言葉を話すことだけがコミュニケーションの手段ではありません。表情やジェスチャーなども有効な手段です。正確に流暢に話すことだけがコミュニケーションのすべてではないという柔軟な考え方を、家族がまず、理解してください。どんな手段を用いても、思いが通じ合うことが大切で、それが言語障害の人のコミュニケーションを図る意欲や能力を高めます。

日常生活の何気ないやりとりが、言語障害のリハビリになります。一日に一回は、家族や親しい人とゆっくり過ごせる時間が持てるようにしましょう。何かについて話し合おうと意気込む必要はありません。食事をしたり、お茶を飲んだり、テレビを見たりといったごく普通のことを一緒に行うだけでよいのです。

可能であれば、言語障害の人に、簡単な家事など、家庭内の役割を持ってもらいましょう。家庭で役割があれば、そのことで家族とのコミュニケーションの機会や話題が増えます。

さて、以下がしっかり理解して、実践してほしい点です。失語症と運動障害性構音障害のそれぞれについて本人と家族が「家庭でできること」と「気をつけたいこと」をまとめました。

失語症:家庭でできること

本人の意向に沿い、無理なくできるものを選んでください。

1. あいさつ

強制する必要はありません。ただし「おはよう、いただきます、ただいま」など日常のあいさつは、失語症の人が家族の言葉をまねて言うことができたり、時にはとっさに言葉として出てきたりします。今まであまり意識しなかったあいさつでも、それを少し意識することが、コミュニケーションのきっかけとなります。

2. 会話

〈図2〉をご覧ください。失語症の人に話しかける時は、落ち着いた環境で、互いの表情が分かるような位置や目線に注意しながら、ゆっくりと、分かりやすい言葉で話しかけます。

図2 会話の進め方

しかし、失語症の人は子どもではないので、子ども向けの言葉を使う必要はありません。一方、失語症の人が話すときには、先回りをせず、言おうとしていることを待つ姿勢が大切です。

失語症の人が言葉につまった時に、どの程度待ってから助け舟を出すかは、日常生活の中で、試行錯誤する必要があります。

待っている間、失語症の人が出す何らかのサイン(表情、ジェスチャー、断片的な言葉)をよく見て、聞いて、「はい・いいえ」で答えられる質問をして、答えを選んでもらってください。

失語症の人の言いたいことがどうしてもわからない時は、正直に「一生懸命考えたけど分からない。ごめんなさい」と伝えるのがよいと思いますが、状況によります。

3. 書字

自分の名前や住所、生年月日、性別などを書く練習をしてみましょう。文字をなぞったり、模写したりすることから始め、自分で書ける文字の部分を増やしていきます。

何かの申込書などは時間がかかっても、自分で記入することを目標にしてみてください。また、自分の書いたものを見ながら、それを音読することで、言葉が言えることもあります。家族に、最初の音の口の形を見せてもらったり、最初の音を言ってもらったりすると言いやすくなります。

図

4. 日記

〈図3〉のように、その日の行動や世間の出来事を一言でよいので日記に書いてみましょう。失語症の人が書き込みやすいように、「散歩、買物、病院」など、よく使う言葉は、あらかじめ家族などが書いてあげてください。

新聞からひとつ記事を選んで書き写したり、スポーツが好きな人は、応援しているチームや選手の戦績を記録したりするのもいいでしょう。日記に何を書いているかで、話題が増えます。

図3 日記

5. はがき・メール

名前や住所が書け、文字を書き写すことができたら、家族や親戚、友人らに年賀状や季節の便りを出してみましょう。自分で文章を書くことが難しい場合は、定型文を書き写したり、家族らと一緒に文章を考え、自分で書けるところだけ書いたりしましょう。

操作の簡単な携帯電話やスマートフォンが増えていますので、自分で撮った写真を添付して、メールをやり取りするのも楽しみになると思います。

6. 手帳・カレンダー

失語症の人は、今後の予定など目の前には存在しない事柄や数字の理解が難しい場合があります。いつ、どこに、何をしに行くかなど予定は、手帳やカレンダーに書いておきましょう。

それを見ながら話をすると、理解の手がかりになり、本人が自分で予定を把握できます。携帯電話やスマートフォンのスケジュール機能を利用するのもよいでしょう。

7. コミュニケーションカード・ノート

話すことや書くことが難しい場合、〈図4〉のように、言いたい言葉をカードに書いておき、それを見せて伝えるという方法があります。

図4 コミュニケーションノート(イメージ)

タクシーに乗って運転手に行き先を伝える、食堂や喫茶店の店員に食べたいもの、飲みたいものを伝えるなど、活用できる場面はいくつもあります。このように日常よく使う言葉を書いたカードは、「場所」や「食べ物」などのジャンル別に分けて、自分用の辞書として、コミュニケーションノートにまとめることができます。

家族や親しい人の名前、自分の出身地や親戚の住所などの地名、地図、身の回りの物品など、失語症の人の生活に応じてノートに書く言葉を選び、増やしていきましょう。

8. 市販の教材

家庭でも何かの課題に取り組みたいという場合、ペン習字のテキストや小・中学生用の漢字ドリル、言語聴覚士が作成した失語症訓練ドリル集など、市販の教材が利用できます。

スマートフォンやタブレット端末の音声認識や読み上げ機能などもいろいろな使い道があります。失語症リハビリテーション用アプリの開発も進んでいて、今後は教材選択の幅が広がることでしょう。

9. 地域社会での交流

これまで家庭でできることを提案してきましたが、可能な限り外出を楽しむことも大切です。

失語症の人の中には、うまく話せないため人との関わりを避け、家に閉じこもりがちになる人がいますが、外出すれば、家族以外の人とのコミュニケーションの機会が増えます。

いきなり知らない人と話をするのではなく、近所を散歩中に咲いている花を眺めたり、買い物に行って旬の果物を選んだり、知り合いの人に会えば会釈をしたり、というようなことでいいのです。

デイサービスの事業所の中には失語症の人のためのプログラムを用意しているところもありますし、地域によっては保健・福祉センターや有志の人による「失語症友の会」が開かれています。このようなプログラムや会に参加することで、家庭生活だけでは得られない多様なコミュニケーションを育む機会が増えます。

失語症:気をつけたいこと

病院などでの言語聴覚士によるリハビリでは、失語症の人の言語能力を検査するために、絵を見せ、その名前を言ってもらったり、単語や文章を言ってそれらを復唱してもらったりします。

また、言語聴覚士は、失語症の人が病室で自主的に訓練するために漢字単語の練習プリントを用意することもあり、これらは一見、国語の勉強のようにみえるかもしれません。

家族は、家庭での失語症のリハビリとして、「これは何? これはメガネ、はい、メ、ガ、ネ」と、子どもに言葉を教えるような態度を取りがちです。失語症は言葉を忘れてしまったわけではなく、うまく言葉で言えなかったり、文字で書けなくなったりする状態です。周囲から、「言って覚えなさい、書いて覚えなさい」と何度も言われると、失語症の人には多大なストレスとなります。

失語症の人が、自分の言葉の能力を活用し、意思疎通できたという達成感を感じられるような心配りをしてあげてください。

もし、失語症の人が、病院での言語リハビリと同じ形での訓練に固執する場合、家庭でも十分できることを納得してもらう配慮が必要です。

失語症の回復は個人差が大きく、頑張れば頑張るだけうまく話せるようになるのではありません。「頑張れば話せるようになるのに、話せないのは努力が足りないせい」などと、失語症の人を責めてはいけません。

運動障害性構音障害:家庭でできること

この障害は失語症と異なり、話すことだけの障害です。すでに説明しましたように、声が小さい、ろれつが回らない、発音が不明瞭というのが一番目立つ症状です。まず声を出すための基礎となる姿勢や呼吸を意識しながら、口の運動を行い、発声・発音の練習に進みます。

1. 良い姿勢を保つ

姿勢が崩れていると、しっかりとした呼吸ができません。良い姿勢をとるには椅子に深く腰かけ、足の裏全体を床に着け、背筋を伸ばして、あごを引きます。

2. 首や肩の運動

脳卒中後の人は、筋肉が過度に緊張してしまうことがあります。特に首や肩など上半身の緊張は発声や発音に悪い影響を及ぼしますので、首を左右に傾けたり、肩を上げ下げしたりして、緊張をほぐしましょう。

3. 深呼吸

良い姿勢を保ちながら、なるべくゆっくり、息を鼻から吸って、口から吐くようにします。息を吸う時はおなかを前に出し、息を吐く時はおなかをひっこめるようにします。手をおなかの上に置いて、おなかの動きを確かめながら行うとよいでしょう。

4. 口の運動

〈図5〉を見ながら、それぞれの運動を3回程度します。

5. 発声

リラックスして、自然な声で「あー」と言います。声の出にくさを感じるようであれば、無理に大きな声を出す必要はありません。声の高さを上げ下げして、出しやすい声の高さを探してみましょう。

6. 発音

  1. 母音、50音、濁音・半濁音(ガ・ザ・ダ・バ・パ)、拗音(キャ、キュ、キョなど)を、できるだけ、ゆっくり、はっきりと言います。
  2. うまく言えるようになると、2音、3音とつなげて言ってみます。どの音もはっきり言えるように気をつけましょう。
  3. 短い言葉を言います。2音の言葉から始めて、少しずつ長い言葉を言うようにしていきます。言いにくい言葉は、ゆっくり丁寧に言うよう心掛けてください。
  4. 文章の練習をします。短いものから始めて、うまくいけば、長い文章や難しい文章へと進みます。物語やアナウンスの教則本などを利用されるのもよいでしょう。
図5 口の体操

運動障害性構音障害:気をつけたいこと

発音の練習は運動障害性構音障害の重症度によって、何が適切な練習かが異なります。難しいことばの練習を繰り返しても、発音の不明瞭さの改善につながらない場合もありますので、無理のないようにしましょう。また、話す速さを少しゆっくりするだけで、発音の不明瞭さの改善につながります。話す速さは常に意識するようにしてください。

障害がごく軽く、普通に話しているように聞こえるのに、「とてもしゃべりにくい」と気にする人がいることは、すでに触れました。

そのような場合は、しゃべりにくいと感じている本人の気持ちを受け止めたうえで、日常のコミュニケーションが良好に行われていること、気にすれば、よりしゃべりにくさを感じてしまうかもしれないことなどを伝えます。つまり、しゃべりにくいと訴える人の気持ちが、実際はそうではない、と気にしない方向に傾くように支援します。

また、重度の運動障害性構音障害の場合は、発声や発音の練習だけでなく、字を書いたり、50音表を指さしたりするなどコミュニケーションの補助手段も用いるようにします。

運動障害性構音障害の人が話す時に、先回りして言ってしまうのは、話す意欲を損ねてしまいます。これは失語症の人の場合と同じことです。運動障害性構音障害の人の話しにくさをどのように援助するかについても、日常生活の関わりの中で試行錯誤する必要があります。

おわりに

脳卒中後の言語障害の重症度とその回復は、いろいろな条件に左右されます。中でも病巣の大きさは重要で、病巣が小さければ言語障害の程度は比較的軽く、その回復もおおむね良好です。病巣が大きかったり、何度も脳卒中を繰り返したりすると、言語障害は重くなり、回復に時間がかかります。

言語障害が重度でも、言語障害の人と家族や周囲の人がそれぞれ、コミュニケーションのとり方を工夫し、コミュニケーションがとりやすくなれば、それも言語障害の回復ということができます。

たいていの場合、言語障害が完全に元通りになるのは難しく、言語障害の人は、何らかの不便さを感じながら生活していくことになります。

しかし、言語障害があっても、持っている能力を最大限活用してコミュニケーションを図ることができれば日々の生活の充実につながります。元通りにならないという現実への対応(障害の受容)は、極めてデリケートな問題であり、慎重に関わることが必要です。

まず、家族や周囲が現状をよく理解し、言語障害の人が障害をあるがままに受け止めるよう働きかけていくことが望ましいと思います。安易な気休めは避けながら、言語障害の人の状態に応じた助言、励まし(良くなってきている、うまく通じたなど)をするようにします。

言語障害の人が家族や周囲の人との関わりを通じて、さらに多くの人とつながるコミュニケーションが展開できるようになること、そして、それが楽しい時間・経験になることを願っています。

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