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[142] 大動脈解離治療の最前線

「知っておきたい循環器病あれこれ」は、「公益財団法人 循環器病研究振興財団」が循環器病に関する最新情報を分かりやすく解説した発行物を、国立循環器病研究センターが許可を得てHTML化したものです。
文章・図表・イラスト等の転載・引用のご相談は循環器病研究振興財団までご連絡ください。

国立循環器病研究センター 血管外科
部長 松田 均

スムーズな連係プレーで助かる人が増えてきた

もくじ

  1. はじめに
  2. 大動脈に起こる病気
  3. 心臓と動脈と血液の流れ
  4. 大動脈解離とは
  5. 大動脈瘤との違いは?
  6. 大動脈解離の症状
  7. 大動脈解離の診断と治療
  8. 大動脈解離手術は大きく分けて三つの方法
  9. おわりに


はじめに

大動脈解離といえば、突然死につながる深刻な病気です。その大動脈解離が最近増えています。高齢化社会が進んできたことが原因の一つ。もう一つ、見過ごされることが少なくなかったこの病気が、医療技術や知識の普及で、早期に診断され、かなりの率で救命できるようになったことも、増加の原因になっているようです。
医療関係者の間でも大動脈解離に対する認識が広まり、救急医療システムの中で適切な治療を受けることができるように、医療体制の整備が進められています。(循環器病対策基本法:2019年12月施行)
こうした流れを踏まえ、大動脈解離治療の最新の状況と成果、自分は健康で大動脈の病気など無縁と信じている方にも、万一の場合に知っておいてほしい情報を解説したいと思います。

大動脈に起こる病気

心臓から全身に血液を送り出す太い血管を大動脈と言います。血管の病気には、血管が狭くなったり詰まったりして流れが悪くなる病気と、血管が大きくなる病気がありますが、大動脈の場合はほとんどが大きくなる病気です。
最も多いのは大動脈全体が徐々に大きくなる大動脈瘤ですが、もう一つの重要な病気が大動脈解離です。大動脈瘤はほとんどの場合、まったく無症状のまま徐々に拡大するのに対し、大動脈解離は発症した時点で激烈な痛みを伴います。

心臓と動脈と血液の流れ

次に、心臓の働き、動脈の構造、血液の流れについて、復習しておきましょう。
心臓の拍動(収縮運動)によって、左心室から酸素を豊富に含んだ血液が、体中の隅々に送り届けられ、生命は維持されています。
その通り道の血管が動脈で、内側に薄いスベスベの膜(「内膜」)があり、血液が流れています。内膜の周りを柔らかく弾力性のある「中膜」と呼ばれる分厚い膜が覆っていて、左心室の拍動を伝えながら血液を体の隅々まで送り届ける原動力になっています。その外側を「外膜」という強い膜が覆い動脈の構造を保っています。
〈図1〉の左側(正常な大動脈)をご覧ください。動脈の壁はこのように三層構造になっているのです。

図1 大動脈の構造

大動脈は心臓から出ると、〈図2〉のように、まず体の上(頭の方向)に向かい、すぐに大きく左後ろに向かって曲がった後、背骨の左横を体の下(足の方向)に向かいます。上に向かう部分を「上行大動脈」、曲がる部分を「弓部大動脈」、下に向う部分を「下行大動脈」と言い、下行大動脈は横隔膜を通過して「腹部大動脈」と名前が変わります。

図2 大動脈と主な動脈

〈図2〉を見てもらいながら話を進めます。
上行大動脈の、心臓から出てすぐのところから心臓自体に栄養を与える「冠動脈」が2本(右と左)分岐し、弓部からは「腕頭動脈」、「左総頸動脈」、「左鎖骨下動脈」が分岐します。腕頭動脈はすぐに「右総頸動脈」と「右鎖骨下動脈」に分かれ、これらの動脈から脳や上半身に血液が流れます。

大動脈解離とは

心臓から出てすぐの上行大動脈は、左心室から送り出される高い圧を受けています。また、弓部大動脈は分岐する3本の動脈でゆるく固定され、全体としては曲がった構造になっています。このため、上行・弓部大動脈から下行大動脈の上の方(心臓に近い方)にかけては、ズレが起こりやすいと考えられ、内膜に亀裂が入ることがあります。
亀裂が外膜にまで及んでしまうと、大動脈の外に出血して大動脈破裂となり、生命に直結します。ただし、これはそれほど多くはありません。多く見られるのは、〈図1〉の右側(大動脈解離)のように、外膜にまでは亀裂が広がらない、つまり内膜の亀裂が中膜の中に広がる状態で、これを大動脈解離と言います。
中膜の中に血液が流れこんだ部分を「偽腔」と呼び、元々血液が流れていた内膜に囲まれた部分を「真腔」と言います。〈図1〉と〈図3〉をご覧ください。偽腔は内膜の亀裂から先の方(心臓から遠い方)に広がりますが、偽腔が大きくなって真腔が狭くなると、行き場を失った血液が偽腔の中を逆向きに心臓に近い方に進むことがあります。
また、偽腔が広がると、真腔に戻るように別の内膜の亀裂ができることがあります。このように大動脈の壁(中膜)が裂けた状態を「解離」と呼びます。
解離がだれに、いつ発症するかを予測するのは困難です。〈グラフ〉のように、60歳以上、特に70歳代での発症が最も多く、全身の器官や組織の結合を支える結合組織が弱くなるマルファン症候群や、類似した遺伝性疾患を持っている方では、若い人でも発症する確率が高くなりますが、いつ発症するかは予測できません。

グラフ 急性大動脈解離の発症年齢

大動脈瘤との違いは?

胸の中にある胸部大動脈は直径が20~25㎜、腹部大動脈は16~20㎜です。胸部で45㎜、腹部で30㎜以上に大きくなった場合、こぶ(瘤)ができたように見えるので「大動脈瘤」と呼びます。
「大動脈解離」は壁が解離した状態で大きさとは関係ありませんが、解離して薄くなった大動脈の壁が次第に膨らんで大きくなった状態を「解離性大動脈瘤」と言います。

大動脈解離の症状

大動脈解離は発症時に激痛を伴います。胸や背中のほか腰や腹部の激痛で発症する場合がほとんどですが、他にも様々な症状があります。大動脈の壁が解離して薄くなり、破裂すると直ちに生命に関わります。
解離して薄くなった壁から滲み出るように出血する場合もあります。滲み出た血液が心臓の周りの袋(心嚢)の中にたまると、心臓が十分に広がらないために全身から心臓に戻ってきた血液が心臓に流れ込まなくなり、結果として心臓から出ていく血液が減ってショック状態になる「心タンポナーデ」になります。
大動脈解離の大きな特徴として、血液が血管から出ていく「出血」の他に、血液の流れが悪くなる「虚血」を起こすことがあります。
内膜の亀裂が入り口になって偽腔の中に血液が流れ込みますが、別の内膜の亀裂ができると、偽腔の出口となって真腔と偽腔の両方に血液が流れます。しかし、出口ができないと、偽腔が膨らんで真腔を圧迫してしまうことがあります。どんな状況か難しい説明になりましたが、〈図3〉を見ていただきながら話を進めます。

図3 偽腔による真腔の圧迫

下行大動脈で真腔が圧迫されると、それより下の腹部や下半身への流れが完全に途絶えてしまいます。また、大動脈から枝分かれする動脈の真腔が圧迫されると、その先の臓器の働きに影響が出ます。
圧迫される血管が冠動脈であれば心筋梗塞を起こして胸痛が現れ、重症だと心停止に陥ります。頸動脈であれば脳梗塞による意識障害や麻痺が現れます。鎖骨下動脈なら上半身の痛み、腸間膜動脈なら腹痛、腎動脈であれば腎不全になって無尿になり、下半身につながる腸骨動脈だと下半身に痛みが生じます。
心筋梗塞や脳梗塞の治療が開始された後に、大動脈解離が原因になっていたことがわかったり、手や足が急に痛くなって大動脈解離がわかったりすることもあります。

大動脈解離の診断と治療

ほとんどの患者さんがCTで大動脈解離と診断されます。日本は世界でも有数のCTの保有国なので、発症してから早いうちに大動脈解離と診断されて、治療の行える専門病院に搬送されています。
大動脈解離の治療は、解離の起きた場所によって大きく異なります。上行大動脈に解離がある場合を「A型」、下行大動脈から腹部大動脈にかけて解離がある場合を「B型」と言います。〈図4〉。
(注:A型とB型に分類するのはスタンフォード分類で、厳密にはA型でもB型でもない場合がありますが、ここでは省略します。別に、I型、II型、IIIa型、IIIb型に分類するドゥべィキー分類がありますが、I型とII型はA型に相当し、IIIa型とIIIb型がB型に相当します)
上行大動脈に解離のあるA型では、心タンポナーデを起こしたり、冠動脈や頸動脈といった重要な動脈に解離が及んだりして生命に直結する場合があり、緊急手術が原則です。

図4 大動脈解離の分類

上行大動脈に解離のないB型では、血圧を下げて、激痛を和らげる治療をまず開始します。これで痛みが和らぎ、CTで大動脈の拡大がなく安定した状態になったとわかれば、厳重な血圧管理を行います。
しかし、B型でも破裂・ショック状態であったり、腹部や下半身に臓器の虚血が起きている時や、痛みが続いたり、CTで大動脈が急速に大きくなっていることがわかれば緊急手術が必要です。
緊急手術は、ショック状態であればA型、B型を問わず、すぐに開始。A型ではショック状態でなくてもできるだけ早く(発症してから数時間以内)手術を開始します。国立循環器病研究センターでは、A型の患者さんは緊急外来から手術室に直行します。ショック状態の時には救急車やCT室から手術室に直行することもあります。
B型でも、臓器の虚血に対してはすぐに手術となります。救命のための手術が分単位、時間単位で行われることになります。
大動脈解離を発症してから2週間までを「急性期」、2週間から3か月までを「亜急性期」、3か月以降を「慢性期」と呼んでいます。急性期に適切な緊急手術や内科的治療を受けることが最も大切ですが、急性期を乗り越えた後に、次第に大動脈が大きくなって「解離性大動脈瘤」となり、手術が必要になることがあります。

大動脈解離手術は大きく分けて三つの方法

大動脈解離の手術は、救命のみを目的とした最小限度の手術しか行えない場合もありますが、解離の原因となった内膜の亀裂を取り除くか、閉鎖することが最も重要です。大きく分けて次の三つの方法があります。

1)人工血管置換術

大動脈を切除して人工血管に置き換える、従来から行われている手術方法です。
A型大動脈解離では胸骨を縦に切開して、上行大動脈から弓部大動脈のすべて、もしくは一部を人工血管に置き換えます。
人工心肺装置を使い、患者さんの血液の循環と酸素供給を維持しておいて、25℃から28℃に体を冷やしてから、脳以外への血流を一時的に停止し、心臓から全身に送られる血液が通る上行大動脈から弓部大動脈を切除します。
解離している大動脈をフェルトと人工血管でサンドイッチのように挟んで縫い合わせたり、生体用の〝のり〟を塗って固めたりして補強し、人工血管と縫い合わせます。〈図5〉

図5 急性A型大動脈解離に対する人工血管置換術

解離が心臓の近くまで進んでいると、冠動脈や大動脈弁も一緒に作り直すこと(基部置換)があります。最近は、人工血管置換術と同時に下行大動脈の中に、ステントグラフト(後で説明)を入れておき、将来の下行大動脈の拡大を防ぎやすくする場合が増えています。
B型大動脈解離では、左胸の肋骨と肋骨の間を切開して下行大動脈を人工血管に置き換えます。
慢性期に入って解離性大動脈瘤が腹部大動脈まで続いているときには、横隔膜と腹部も切開して腹部大動脈まで置き換える大変大きな手術になることもあります。人工心肺を使い、腹部の内臓や下半身の血流を保ちながら手術する必要があります。
人工血管はポリエステル(ダクロン)製で、十分な耐久性があります。20~28㎜ぐらいの人工血管に8~11㎜の枝別れした血管が付いている、弓部大動脈や胸腹部大動脈専用の人工血管もあります。
さて、ここで一息、入れましょう。わかりやすく重要な二つの話です。

水道管取り換え工事に似ている
人工血管置換術は水道管を取り換える水道工事と似ています。体の深い所にある長い血管を取り換えるためには道路を深く掘るのと同じく、開胸したり開腹したりする必要があります。
大動脈を切除するときは、血液の流れを止める必要があります。水道管のバルブを閉めて断水にするのと同様、血液の流れを止めるので、下流には血液が流れなくなります。血液が流れない間に、内臓や筋肉がダメージを受けないよう、体を冷やしたり(低体温法)、部分的に血液を流したり(選択的臓器灌流法)します。

長い歴史
人工血管置換術には長い歴史があり、手術後の経過や起こりうる合併症などについてデータの蓄積があります。体を大きく切開して、人工心肺装置を使い、体を冷やすので、体の負担は小さくありませんが、様々な改良が加えられて、安全性の高い治療になっています。
A型急性大動脈解離の手術後に亡くなる人は10%前後ですが、急性大動脈解離は放置すれば48時間以内に50%以上の方が亡くなるため、救命救急手術以外に確実な救命法がないのが現状です。
次は2番目の方法を説明します。

2)ステントグラフト内挿術

解離の原因となった内膜の亀裂をステントグラフトで閉鎖する治療が広まっています。ステントグラフトは細い管のカテーテルを使って大動脈の中に入れることができるため、足の付け根を小さく切開するだけで手術ができ、素早い治療と、体の負担が小さいのが特徴です。

図6 B型大動脈解離に対するステントグラフト術

ステントグラフトは、ステントといわれる金属のバネを取り付けた人工血管です。この人工血管が収納されている直径6~9㎜の太めのカテーテルを、足の付け根にある大腿動脈から大動脈の真腔内に挿入して、内膜の亀裂を覆うように広げます。〈図6〉
バネの力と血圧によってステントグラフトが広がり真腔内に固定されると、内膜の亀裂が覆われるので、心臓から流れてきた血液はステントグラフトの中を通っ て先に流れ、偽腔に流れ込むことがなくなります。
ただしこの内挿術はすべての患者さんに行えるのではなく、内膜の亀裂の場所や解離の広がり具合によってできない場合があります。ステントグラフトを確実にセットするには、大動脈の太さ、長さ、位置、曲がり具合など、多くの状況に合わせねばならないからです。
ですから、急性A型大動脈解離のほとんどの患者さんはこの内挿術で治療することができません。一方、急性B型大動脈解離で緊急手術を要する場合には、ほとんどの患者さんをステントグラフト内挿術で治療できるようになり、治療成績も上がってきました。
また、慢性期の解離性大動脈瘤をステントグラフトで治療することも試みられていますが、必ずしも第一選択となるわけではなく、症状や全身状態とステントグラフト内挿術で治療できるかどうかのバランスを考えて選択されています。
なお、ステントグラフト内挿術は日本ステントグラフト実施基準管理委員会で認定された指導医か実施医が、認定された施設で行っています。国立循環器病研究センターは認定施設で、指導医5名、実施医2名が胸部大動脈のステントグラフト内挿術を担当しています。

3)新しい考え方の治療

これまで説明してきた手術は、急性大動脈解離のために生命に関わる状態となっている方や解離性大動脈瘤が拡大して破裂の危険性が迫っている方に行われますが、解離性大動脈瘤となる前に予防的にステントグラフト内挿術を行うことをお勧めすることがあります。
B型大動脈解離の急性期を内科的治療で乗り越えた後や、急性A型大動脈解離の手術後に下行大動脈に解離が残っているような場合に、あらかじめ下行大動脈にステントグラフトをセットして内膜の亀裂を覆うことで、慢性期に大動脈瘤に進むのを予防するのが目的です。
少ないながらも危険性はありますので、大動脈の大きさや解離の広がり具合、偽腔の血流の状態などを慎重に検討して、効果が期待できる患者さんに行われています。

おわりに

繰り返しますが、大動脈解離は、ある日突然発症し、即座に生命に関わる事態を引き起こしますが、いつ、誰に起こるかは予測できません。重篤な状態の患者さんが自身で対応できることはほとんどありません。しかし、これまで説明しましたように、患者さん・家族からの救急車要請、救急搬送中の対応、病院の救急部、心臓血管外科の連係プレーがスムーズにいけば、確実に助かる場合が増えてきました。
ただし、解離が胸部から腹部にかけての広い範囲に及ぶことが多く、その場合、一回の手術で治療が完結しないため、複数回の手術になることもよくあります。急性期を乗り越えた後も、専門医による診療を継続して受けることが肝心です。

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