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先端放射光イメージングによる循環器病の分子病態研究

循環器病の新たな治療・予防法の開発を進めるには、心臓・血管病態を分子から生体レベルにわたり統合的に理解することが重要です。マウス・ラットなどの小動物は、遺伝子改変技術が確立し、短期での病態モデル作成が容易であることから、遺伝子やタンパク質レベルの解析結果を生体で検証するためには現段階で最も有効な実験動物とされています。心臓・血管病態の統合的理解には人工的環境では再現が困難な循環動態の要素(血圧、血流、脈拍、心拍など)が必要であるため、生きた状態で小動物の心臓・血管運動や臓器血流を精度よく解析することは循環器病研究において重要な意味を持ちます。

従来、生きた小動物の血管運動や血流応答の観察にレーザー顕微鏡が多用されてきましたが、臓器の深部から表層にわたる大小血管ネットワークの観察は困難でした。特に、人間の7~8倍の心拍数(500~600拍/分)を持つマウスでは、心臓に合わせて拍動する冠動脈ネットワークを捉えることは不可能でした。また、心筋収縮機能を評価する心室圧‐容積関係や心臓エコーなどの手法は、心臓全体のポンプ機能や心室前壁・後壁などの部位ごとの機能の評価はできますが、mm単位以下の微小な局所ごとに高精度で心筋機能を評価することはできませんでした。

小動物におけるこれらの観察限界は、遺伝子改変や病態モデル作製などの高度な技術を分子病態解明や治療法開発に充分に活かせない一因となっていました。そこで、研究所の心臓生理機能部ピアソン・ジェームズ部長らはこの問題点を解決するため、大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用郡)の高輝度放射光X線を用いて、生きた小動物の心臓・血管運動機能をナノ・マイクロレベルで解析する新たなイメージング法を2種類開発しました。

一つ目は、透過X線を利用した高解像度微小血管造影法で、脳、腎臓、肝臓のような固定臓器の微小血管(内径約30μm)はもちろん、高心拍数のマウス心臓の冠細動脈(内径約50μm)の応答も、臓器を露出することなく撮影可能です(movie)。この方法のメリットは、臓器のあるがままの血管ネットワーク上において、大血管と小血管の応答の差異や局所的な血管攣縮などの検出、さらには臓器血流分布を一画面上で評価できることです。高脂肪食で早期に冠動脈硬化・閉塞を来すモデルマウス(SR-BI KO/ApoeR61h/h mouse、阪大提供)にこの方法を応用して得られた冠動脈造影像(図1)では、血管狭窄・閉塞の分布を冠動脈全体にわたって見渡すことができ、その分布は血管分岐部付近に多いことが分かりました。また、血管拡張因子のうちEDHF(内皮細胞依存性過分極因子)の機能は狭窄部付近でのみ強く低下し(図2)、一方NOの機能は冠動脈全体で低下するなど、血管の機能障害の範囲も確認できました。この方法は、臓器虚血時の血管新生の機序解明や血管再生治療の評価にも応用できます。例えば、下肢虚血モデルマウスに対して、当センターで発見・同定されたグレリンは、血管新生を促進するマイクロRNAを増加させることで、100μm径以下の細動脈の血管数の増大、血流改善を引き起こし、下肢骨格筋の線維化を抑制することが分かりました。(図3)。

二つ目は、散乱X線を利用した心筋X線回折法で、ナノレベルの心筋収縮タンパク質の分子動態が、心室壁の任意の心筋部位においてピンポイント(0.2 × 0.2 mm)で評価できます。つまり、病的心臓における収縮機能の異常の程度が、心室壁の異なる部位間や、同部位でも異なる心筋層間(外、中、内層間)で比較でき、心臓病態の極初期像や病態進行の心筋局所間差違などの検出に役立ちます。また、心臓の病巣に施した細胞移植や遺伝子導入の治療効果の評価にも応用できます。iPS細胞由来心筋を移植した心筋梗塞モデルラット(阪大提供)に応用し、移植iPS細胞の心筋収縮タンパク質分子が宿主心臓と同期して運動することを初めて確認しました(図4)。今のところ、拍動心臓から収縮タンパク質機能を非侵襲的にリアルタイムで計測できる手法はこの方法しかありません。

将来、2つの放射光技術を組み合わせれば、心不全の分子病態や心筋・血管再生治療に関する研究を、心筋と冠循環の両面から進めることが可能となります。同時に、分子生物学的手法による心臓の遺伝子・タンパク質情報や血管、心筋、自律神経、免疫系に関する発生学的情報のカップリング、さらには、心臓調節に関連する種々遺伝子の改変マウスへの応用が進めば、循環器病研究の飛躍的な進歩が期待できます。


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高脂肪食で早期に冠動脈硬化を起こすモデルマウスの麻酔下での冠動脈シネ撮影。大動脈に注入した造影剤によって、心臓全体の冠動脈ネットワークが可視化されている。2か所の血管分岐部に血管狭窄を認める。像画面右下に50μm径の金属ワイヤーが斜めに見える。この動画のスピードは実際の1/5にしてある。



図1 冠動脈硬化・閉塞モデルマウスの冠動脈シネ撮影から得られた1 msecスナップ写真。矢印は冠動脈硬化による狭窄像。1から4の黒いサークル部の血管を中心とした断面病理像(マッソン・トリクローム染色)を示す。心室壁に線維化巣(青い部分)が多発している(左下)。1では約85%、3では約65%の狭窄が見られる。



図2 対照マウス(左図)と冠動脈硬化・閉塞モデルマウス(右図)における、無処置時(上図)及び血管拡張因子(NOとPGI2)産生阻害後のアセチルコリン投与時(下図)の冠微小血管造影像。上図から下図への血管拡張性変化や血管数増大は、EDHFの血管拡張能を反映している。モデルマウスの冠動脈狭窄部(矢印)では拡張ではなく逆に収縮応答が起こった。



図3 マウス下肢動脈の微小血管造影像(上図)。グレリンを注射した下肢虚血マウスでは細動脈血流の増大(赤矢印)および骨格筋線維化の抑制が観察された。グレリンは血管新生を促進するマイクロRNAの増大も引き起こした。



図4 放射光ビーム(0.2 × 0.2 mm径)の移植iPS細胞層(Aの赤いサークル部分)へのピンポイント照射で、心筋収縮タンパク質の結合・解離を示すI1.0とI1.1の周期的変化(B, C, D)が検出された。また、 図D矢印で示したI1.0/I1.1低下の開始点(収縮タンパク質の結合開始を意味する)は宿主心臓左心室圧(赤線)の上昇開始点と一致しており、移植細胞と宿主心臓の運動の同期性が証明された。


最終更新日 2016年10月26日

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